61
世界一のブランドを作りたい
樹齢100年を軽く超える日本産の樹木から切り出した一枚板。かつて外資系企業の営業担当だった坂口祐貴さんはその素晴らしさに魅せられ、2年前にプロダクトメーカー『ワンダーウッド』を立ち上げた。木材の知識はまったくなかった「ミレニアル世代」の坂口さんの心を大きく動かした、木の魅力とはいったい何なのか。そして彼は一枚板にどんな思いを込め、何を実現しようと考えているのか。
写真=三輪憲亮
ワンダーウッドは銘木の一枚板の他に、まな板の販売も手がけている。古くから日本の料理人の仕事を支えてきたイチョウのまな板。坂口さんはこれを「贈り物に最適なまな板」として販売している。実はもともと、ベルリンでひらめいたアイデアだった。
「昨年11月、向こうの小売店にイチョウのまな板を提案しに行ったら、『すごくいい時期に持ってきてくれてうれしい』と喜ばれたんです。意味がよくわからず『まな板に時期なんてあるのかな?』と思っていろいろ聞いてみると、ドイツでは男性が女性にクリスマスプレゼントでまな板を贈る人が多いのだそうです。今ヨーロッパでは日本食への関心が高まっていて、和包丁がブームになっていたりします。それもあって、日本のイチョウのまな板を提案したら、すごく喜ばれたわけです。
考えてみると、日本でまな板をプレゼントすることはほぼない。じゃあ、まな板はなぜ日本では贈り物として選ばれないのか。調べたら、すぐにわかりました。日本には、贈りたいと思わせるようなまな板が一つもない。ホームセンターでも百貨店でも、つまらないビニールの袋に入っているようなものばかり。お世辞にも贈りたいとは思わない見た目なんです。じゃあ贈り物にふさわしい装いって何だろう? 思い浮かんだのが、箱入りにすることでした。シンプルなアイデアですが、ちゃんとした箱入りのまな板は日本にほとんどなかった」
そこで贈り物用に、しっかりとコストをかけてパッケージを製作してセットにした。おそらく、日本初の試みだ。
「イチョウのまな板は1~2万円する高級品ですが、新築祝いや結婚祝いなど、贈り物に最適だと思っています。僕が思う、贈り物として選ばれるものの条件は『自分で買うには少し高いと感じるけれど、毎日使うもの』。イチョウのまな板は自分のために買うには少々手が出しづらいけれど、毎日使うものですし、趣味嗜好もそれほど問われないから便利なんです。
そして予算。贈り物の値段は高すぎても安すぎてもダメなので、みんなだいたい1万円ぐらいで考えますよね。それもあって、ウチのまな板の価格は一番大きなもので1万5千円に設定しています。3人で1人5千円ずつ、みたいなイメージもしやすいですし」
また前述したように今、欧米を中心に和包丁がブームになっている。その流れで、海外向けにもまな板の販売を拡大していきたいと考えている。
「家で寿司を握りたい、刺身を切りたいという人が今、ヨーロッパを中心に増えていて、和包丁がすごく売れているんです。パリには専門店ができていますし、イタリアでも人気だと聞いています。
では皆さんどんなまな板を使っているかというと、ウォールナットやオリーブ、チェリーなどの、すごく硬いまな板が多いのだそうです。ところが和包丁は繊細ですから、硬いまな板を使うとすぐに刃こぼれして、切れなくなってしまう。
まな板は野球のポジションで例えると、キャッチャーみたいなもの。試合を決めるのは実はピッチャーではなく、ピッチャーをリードするキャッチャーだったりしますよね。それと同じ。何かと包丁に注目が集まりますが、大事なのは実はまな板なんです。それを世界の人達に知ってほしい。ヨーロッパにこれだけ和包丁が広まっているのだから、合わせてまな板もイチョウの良いものに代えてもらえるよう、伝えていきたいです」
現在、国内ではホテルやレストラン、寿司店、バーなどのカウンターを多数手がけているが、同時に海外への進出も考えている。今年の4月には、ミラノで開催される世界最大級のデザインフェスタ「ミラノ・デザインウィーク2018」に初出展を果たした。
「この時はまな板を持っていきました。単独出展ではなかったのですが、すごくいい場所でやらせてもらってうれしかったですし、人脈が大きく広がったことも収穫でした。実際に世界に触れたことで、得られたものがたくさんあった。
実は起業当初から『ミラノに出す』と言っていたんです。最初から本気でそう思っていました。でも周りの人達の反応は『はあ?』で(笑)。ミラノ・デザインウィークって、ファッションで例えるならパリコレです。ついこの間サッカーを始めた子供が『まずワールドカップに出る』と宣言するようなもの。要は『バカじゃないの!? そんなの無理だよ』というのがみんなの本音だった。
すごく気になっていたことなのですが、みんなよく『世界一になるためには、まず日本で天下を取れ』と言いますよね? 僕はこの言葉の意味が、さっぱりわからないんです。日本一にならなきゃ世界一になれないなんて、おかしいですよね? インターネットがなかったころの発想だと思うんです。
だからもう、先にミラノ行っちゃえと。僕の目標は、世界一のブランドを作ること。そこから逆算して今を考えたら、まず世界の舞台でデビューしちゃったほうが早い。最短距離で考えて、まずはミラノをやっちゃおうと。先に世界で認められれば、日本もいけると思ったんです」
また今、ミラノでできた縁をきっかけに、フランスへの進出も検討している。
「あるフランスのディベロッパーさんと、ミラノでつながることができた。彼はフランスでマンションをたくさん手がけている方で、ぜひ僕らが扱う一枚板を使いたいと言ってくれています。彼と組んで、今後フランスで動いていけたらと思っています。
こういった方々と出会うことができたのも、最初から世界を意識していたからだと思います。ミラノに行ってなかったら、絶対に何も起こっていない。世界ナンバーワンの舞台に立つことによって、世界トップクラスの方とご縁ができる。そこからスタートすれば、話は早い」
ではどうやって、世界一のブランドを作り上げていくのか。銘木の一枚板は、坂口さんの表現方法の一つに過ぎない。
「木は何にでも化けるもの。だから今後についてはいろいろな可能性があると思っています。家具作りなのか、レストランなのか、ホテルなのか。今はいろいろなプロジェクトが進んでいてまだ何も言えない状況なのですが、木をベースにして、既存のルールにとらわれることなく、積極的に仕掛けていこうと思います。
至近の目標としては、やはりヨーロッパへの本格的な進出ですね。パリにショールームを作るぐらいのことをしてみたいし、歴史があってトップクラスのモノ作りをしている北欧やイタリアでも、勝負してみたい。
ヨーロッパで活躍している日本人といえば、サッカーの香川真司ですよね。僕は彼と同学年で、勝手にライバル視しているんです(笑)。シンジ・カガワは世界中の人が知っているのに、ユウキ・サカグチはまだ誰も知らない。それが悔しいなと(笑)。彼に負けないぐらいの存在になりたいです」
ナンバーワンのブランドを築き上げ、世界で輝くミレニアル世代の一人になる。その思いが、今の坂口さんを動かす原動力である。