40
アイデアの数は、移動距離に比例する
40
アイデアの数は、移動距離に比例する
島田さんがマーケティングを考える時にヒントとなっているのは、雑誌編集者時代を含めて国内外で培ってきた豊富な経験だ。では「引き出しを増やす」ために、普段はどんな努力をしているのか。
「行って、見て、聞いて、体験する。これを超える行動は何もありません。インターネットで見た、テレビで見た、雑誌に出ていましたじゃ、ぜんぜん意味がない。それらのものでは、五感の中の、匂いまでは伝わってこない。
例えば尾道のプロジェクトでヒントとなった、スペインのサン・セバスティアン。そこが世界一の美食の街だと言われているなら『行って、見て、食べて酔っ払ってこい』という話です(笑)。
そして実際に行ってみると、さまざまな街の営みが見えてくる。サン・セバスティアンは人口たった18万人の小さな街ですが、食ばかりではなく、スポーツやコンベンションなど、さまざまな複合要素があることがわかる。それらは、行かないと決して見えてこない。引き出しを増やす上では、行って、目的の背景にあるさまざまなものを、五感をフル稼働させて感じて考えることが、何より大切です」
VR(仮想現実)のヘッドセットをかぶって、世界のどこの映像を見ようとも、優れたアイデアは生まれない。
「結局、アイデアの数は移動距離に比例するのです。例えば、目的地に足を運ぶ過程で予期せぬこと、思いもよらぬ発見や、そこから生まれる閃きがあったりする。自宅から目的地まで行って帰るまで、すべてがアイデアの源になっていくのだと思います」
この考え方は、2015年に手がけた京都市動物公園のリニューアルでも同様だ。
「日本全国、そして世界のいろいろな国からも来てほしいし、京都の地元の方にも来てほしい。『動物園は何十年ぶり』と語る人にも来てほしいし、今まで1年に1回だけ見に来て下さっていた人には、月1回来てほしい。そのためにはどうすればいいか、という発想でアイデアを詰めていきました。
もちろん上野動物園や北海道の旭山動物公園の他、シンガポールのナイトズーに行ったり、ニューヨーク、フランクフルトなども視察。仕事で海外に行くたびに、その街の動物園を見ていました。動物園を見ると、その街の文化力や民度がわかるんですよ。というのは、動物園はどこの街でも、それほどお金をかけずに楽しめる。つまり、訪れる人の多くは庶民です。彼らのふるまいから、その街が非常によく見えてきます」
動物園の入り口手前に、無料のライブラリとカフェを併設したことが、京都市動物公園の大きな特徴だ。
「入場が2段階になっていて、手前のライブラリとカフェは入場無料です。つまり本を読むだけ、お茶を飲みに来るだけでもOKなので、地域のコミュニティスペースとしても使うことができます。
動物を見る以外の付加価値をいかにつけて、来園者数を上げるか。それを考えた結果、このような造りにしました。リニューアルまで最高の年間来園者数が80万人なのですが、おそらく、目標としている100万人をクリアできると思います」
このプロジェクトはもともと、島田さんが「伊右衛門サロン京都」を手がけたことが大きなきっかけだった。
「動物園側から『伊右衛門サロンのようなカフェを入れてほしい』という要望があり、私に話が来たという経緯があります。キャリアにおいて、目に見える、わかりやすいものを示すことはとても大切。要は『島田といえば○○』と一言で言えるものを、アウトプットすることです。そして、それはハイエンドなものじゃなく、誰もが知る日常に近いもので、生活者の目線に近いところにあってほしい。みんながよく知っていて、楽しんでいるというレベルのものが一番です。『名前はよく聞くけど、よくわからない』じゃ、やっぱりリアリティに欠けますからね。目に見える形のものを示す。これは日常生活からビジネスシーンに至るまで何よりも大切だと感じています。
そして多くの人に親しんだもらうため、学びの要素を盛り込みながら、コンセプトを練っていきました。例えば上野動物園の大きな特徴が、パンダという珍獣を見せること。そして旭山動物園の特徴は、ペンギンやシロクマなど、動物が実際に生活しているところを見せる『行動展示』。その上で京都市動物公園が提案するのは『共生展示』。文字通り『ともに生きる』ということ。人間と動物、それぞれの命の大切さを学ぶことを、大きな目的としています。
常に大事にしているのが、コンセプトを誰にでもわかる言葉に落とし込むこと。『共生展示』のようなシンプルな言葉に落とせば、関わる人達の共通理解が進み、同じ感覚を共有しやすい。逆に言えば、どんなに知的な言葉でもわかりにくければ、関わる人達の理解が深まりません。その点は、どのプロジェクトを手がける時にも気をつけています」
最終回となる次回は、伝統産業を再生するためのコラボマーケティングの考え方、そして今後の展開について、お話をうかがっていく。
1964年京都府出身。着物に家紋を手描きする紋章工芸職人の家庭に育つ。大学卒業後は日経BP社を経て、文藝春秋のスポーツ総合誌『Number』編集部に10年間在籍。多くのアスリートの取材を行う。
2005年に「京都、日本のモノ、コト、文化を世界に、世界の人を日本、京都に」をキーワードに、ヒト、モノ、コト、文化をコラボレーションしブランディングする企画会社、株式会社クリップを設立。伝統とモダンをキーワードに、京友禅×アロハシャツpagongなどのユニークなコラボ商品の他、「伊右衛門サロン京都」、デザインホテル「The Screen」、「尾道新開Bishokuプロジェクト」や京都市動物園のリノベーションなど、多数のプロジェクトを手がける。
※ 会社、役職、年齢など、記事内容は全て取材時のものです