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本物の木には、世の中の負の部分を解決する力がある

坂口祐貴 さかぐち ゆうき さん (株)WONDERWOOD 代表取締役

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樹齢100年を軽く超える日本産の樹木から切り出した一枚板。かつて外資系企業の営業担当だった坂口祐貴さんはその素晴らしさに魅せられ、2年前にプロダクトメーカー『ワンダーウッド』を立ち上げた。木材の知識はまったくなかった「ミレニアル世代」の坂口さんの心を大きく動かした、木の魅力とはいったい何なのか。そして彼は一枚板にどんな思いを込め、何を実現しようと考えているのか。

写真=三輪憲亮


Part.2

 

■ボロボロだった自分を、木が受け止めてくれた

 

坂口さんは鳥取県生まれ。父は公務員で母は主婦。特に木と縁がある家庭に育ったわけではない。

 

「実家は鳥取砂丘から車で10分ぐらい。山も近かったので、子供のころ、夏は親父とカブトムシやクワガタを獲りに森に入ったり、近くの川で魚を獲ったりしていました。大学で東京に出てきたのですが、学校が八王子にあったので、授業終わりにバイクで奥多摩を攻めに行ったり。もともと自然に接することが好きでした」

 

 大学卒業後、P&Gに入社すると生活は一転した。営業の仕事はとても厳しく、疲労困憊。ご飯を食べても、好きなお酒を飲んでもおいしくない。人と会っても楽しくない。そんな無気力状態に陥ってしまった。

 

会社にはいい面もたくさんありました。世界の消費をリードする存在で、多くのことを学ぶことができた。でも今思うと、僕は自分に嘘をつき続けていた。自分が取り扱っている商品は本当に心から売りたいものなのか。情熱を持って商品と接して、人にその魅力を語りたくなるようなものだったか。
決してそうじゃない。僕は『自社製品を好きにならなくてはいけない』と自分に言い聞かせていたわけです。それなら、この仕事をするのは坂口祐貴じゃなくていいのでは? そんな思いでモヤモヤし続けていました」

 

 

 結局、2年で会社を辞めて鳥取に戻った。起業に至ったきっかけは、鳥取のカフェで一枚板を使ったテーブルに出合ったことだった。

 

気づいたらそのテーブルに抱きついて、大きく深呼吸していました。当時のボロボロだった自分を、しっかりと受け止めてもらったような気がして…。その一枚板には、熊に引っかかれたのか人に蹴とばされたのか、雷が落ちたのかわからないけれど、たくさんの傷や穴があり、それらが時間の重みを感じさせてくれました。
雨風にさらされ、自分よりもはるかに長い年月を生きてきた木。その存在の大きさに五感のすべてが刺激され『お前よりも、俺の方がずっと苦労してきているんだぞ』と、語りかけられているような気がしました。そして、いかに自分がちっぽけだったかを痛感しました。

 

やはり、本物に出合った時の感動はすごい。何千年も生きてきた命に触れた時、本物の木には、今の世の中にあるさまざまな負の部分を解決する力がある。自分のような人間にとって、すごく大きな力になる。『これだ!』と、モヤモヤしていた気持ちが一気に晴れました。

 

そもそも僕が生きてきたのは、大量生産大量消費の時代。本物よりも、本物に見せかけた偽物ばかりが流通していて、もはやそれが当たり前になっている。そして東京という都市は、さまざまな問題を抱えている。
例えば、誰もあんな満員電車になんて乗りたくない。まったく知らない人に囲まれて押し合うなんて、人間の本来の姿からは、あまりにもかけ離れている気がします。他にも心の病やアレルギーなど、現代社会は問題だらけ。そのほとんどは結局、人間が自然から離れすぎてしまったことが原因ではないでしょうか」

 

鳥取のカフェのテーブル

 

■モノの中にあるコト

 

 コンクリートのビルの中で味気ないオフィス家具に囲まれて働き、化学調味料にまみれたインスタント食品を食べる。それが人間本来の生活なのだろうか? 坂口さんはサラリーマン時代から、そんな疑問を抱き続けていた。

 

「日本人にはかつて、出汁をきちんと取る文化がありました。それがいつの間にか化学調味料に切り替わってしまった。他にも、手で触れたり身体に入れるようなものがどんどん不自然になっている。何より僕自身がそうで、会社勤めをしているころはカップラーメンが大好きでした。

 

でもそんな僕も、古い木の一枚板のテーブルを手に入れたら変わることができた。まず最初に変わったのは器でした。以前から使っていた大量生産品をテーブルの上に置くと妙な違和感があり、まるでゴミのように感じてしまった。そこですべて捨てて、作家さんが心を入れて手作りした陶器に変えました。

 

 

すると、次に何が変わるか。器に入れる食べ物が変わるんですね。インスタント商品をいっさい買わなくなり、代わりに自分で昆布や煮干しから出汁を取るようになった。すると体の状態がよくなり、メンタルも健やかな状態になった。そして気づけば、心も体も元気になっていました

 

 元はといえば、テーブルを代えただけ。でもそれがきっかけとなり、心も体も以前の健康な状態を取り戻すことができたのだ。

 

「このような銘木の一枚板を、本物の自然と接する機会が少ない人達に売っていこう、と思いました。何も、毎日自然の中で暮らさなくたっていい。身の回りに何か一つ、本当に大切に扱えるものを持ってほしい。それによって、少しだけでも生活を変えていってもらえたら…。そう思いました。

 

生活を変えれば、人生が変わる。大事にすべきものを一つ一つ大事にする。器など身の回りのモノ一つ一つを大事できれば、目の前にいる人にもっと優しくできる。しばらく会っていなかった故郷の両親に連絡を入れてみたり、というような、心の余裕につながってくる。そう思いました」

 

 

 ちなみに坂口さんは1988年生まれ。いわゆるミレニアル世代だ。今後アメリカで最も大きな購買力を持つといわれるこの世代の考え方と、そこから生まれる消費構造の変化について、坂口さんはこのように語る。

 

「今、モノが売れない時代だとしきりに言われます。でも、ちゃんと売れているものもたくさんある。だから、モノが売れないというのは違う。今の時代の人達が買いたいと思うモノが、どんどん減っているということだと思います。

 

特に自分達の世代は、ブランド名とかネームバリューでモノを買うことがなくなっている。シャネルだからこれ、グッチだからこれ、という時代では、もはやない。いや、別にモノに興味がないわけではないし、ブランドも好きなんです。でも、ただ名前だけで妄信的に選ぶのではなく、ブランド名の一つ先を見る。
例えば機能。この商品は何年間使えるのか。素材は何を使っているのか。あとは社会貢献。ブランドが社会で何をしているのか、これを買うことで社会貢献ができるのか、自分は何に一役買っているのか。このブランドが大事にしているものは何なのか。それらを見ています。

 

今、企業もそこに気づきつつあります。例えばアディダスがプラスチックゴミからシューズを作っています。特に僕らの世代は、そういうノリが好きです。大事にしているのは、モノの背景にあるストーリー。消費の変容を『モノからコトへ』という言葉でよく例えますが、僕は『モノの中にあるコト』が重要だと思います。

 

 

今、断捨離やミニマリズム、シンプルライフといった言葉が時代のキーワードになりつつあります。極力モノを減らし、長く使えて飽きのこない本物だけを残す。そんな人達が、僕らの世代を中心に増えつつある。そして、偽物が徐々に弾き出されつつあるのは間違いありません」

 

 次回Part.3では、ワンダーウッドの立ち上げと販売戦略について、深く話を掘り下げていく。

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プロフィール
坂口祐貴

坂口祐貴 さかぐち ゆうき

(株)WONDERWOOD 代表取締役

1988年鳥取県生まれ。大学在学中にガーナに留学。卒業後、P&G ジャパン株式会社に入社。営業を担当し、2014年に退職。
当時、偶然入った地元・鳥取のカフェで一枚板のテーブルに出合い、心を奪われる。木に関する知識はほとんどなかったが、2016年に「ワンダーウッド」を起業。2018年春には、イタリア・ミラノで開かれる世界最大級のデザインの祭典「ミラノ・デザインウィーク2018」に初出展を果たした。

※ 会社、役職、年齢など、記事内容は全て取材時のものです

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