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真似できないブランドをともに築き、長期的にビジネスを育てる

石井 宏司 いしい こうじ さん (株)スポーツマーケティングラボラトリー 執行役員

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2020年東京オリンピック・パラリンピックを前に、多くの企業がスポーツのマーケティング活用に注目している。プロ野球の他、JリーグやBリーグなど多くのプロスポーツリーグが存在する今、スポーツを使ったプロモーション活動は今や、限られた大手企業だけのものではない。ますます広がりを見せるスポーツマーケティングの新たな可能性について、スポーツマーケティングラボラトリーの石井宏司さんにお話をうかがう。

写真=矢郷桃


Part.3

 

■SNSやメディア運営ではなく「ブランドを育てる」

 

様々な球団、クラブのメディアやSNS運営を手がける石井さんたちは、そのビジネスのエッセンスをこう語る。

 

「プロスポーツは今、ホームページやtwitter、facebookなどを活用してファンを増やそうとしている。ところが公式アカウントを立ち上げたものの、なかなか登録者数が増えない、ファンからの返信への対応などで意外と手間がかかる、などのことに悩まされています。メルマガ、LINEや他のSNSとどう使い分けをすればいいかわからないまま、ファンからinstagramもやってくれと要望が来て、どこまでやればいいのかわからなくなっているケースもあります。

 

従来のメルマガのように「情報を発信する」という目的だけに立ってしまうと、結局全てにおいて同じ情報を発信することになってしまい、手間が増えるだけになって、効果はそれほどない、ということにもなりかねません。

 

大事なことは、プロスポーツは何が楽しみなのか、というそもそもの原点に戻ること。スポーツの価値は公式戦の熱い戦いと筋書きの無いストーリーですが、もう一つの価値は、昔の王、長嶋のストーリーにファンが胸を熱くしたように、選手の生き様、そこにある人間的ストーリーなのです。選手たちの一人一人の個性、例えばずっとスター街道を歩んできた選手がいれば、そういった選手を支える裏方で実直な選手がいる。一見クールだけど実はユニークで創造性に富んだプレーを行う選手もいる。一人一人をまずはきちんとキャラクタライズし、その人生のストーリーを伝えることで、キャラクターが立ってきます。

 

例えば我々がプロスポーツのSNSを手がける場合は、練習風景やベンチ裏でのシーン、試合後の表情を密着して撮影し編集。キャラクターを立たせるような編集をかけてSNSで継続的にコミュニケーションをしていく。すると徐々にファンの中でキャラクター認知が定着していきます。」

 

 それによってファンが「この選手はこういうタイプだ」「こいつ俺に似ているな」「彼は俺にはない才能を持っているな」といった感情移入をすることによって、試合観戦がより楽しく、深いものになる。

 

「そしてこのキャラクタイズ手法は、企業のマーケティングにつながる可能性も大いにあります。選手一人一人のキャラクターの特性や持っている雰囲気が、企業の新商品や新サービスのブランディングに大きく関わってくるわけです。

 

例えば、ボールは速くないけれども慎重で計算されたピッチングをする投手がいれば、そういった緻密さやクレバーさを大事にしている保険会社のようなところのブランディングに役立つかもしれない。ファンもそれを理解しているから、例えば広告に起用された時に『ああ、なるほど』となる。

 

つまり、企業はよりターゲットにフォーカスしたマーケティングができるようになるわけです。単にプロの選手を使いましょうというのではなく、このチームのこの選手を使って、こういうマーケティング施策を打っていきましょう、というような、より具体的な戦略を作ることができるのです。そのことによって、自社の商品のファンになるカスタマーに対して、より効果的にブランディングできるようになります。

 

私達がしているのはソーシャルメディアの運営ではなく、選手のキャラクタライジングと、それによるストーリードラマの提供です。そしてこのキャラクタイズ手法は、企業のマーケティングにつながる可能性も大いにあります。選手一人一人のキャラクターの特性や持っている雰囲気が、企業の新商品や新サービスのブランディングに大きく関わってくるわけです。それによってスポンサーに共感していただきやすくなりますし、それがもちろんチームやリーグの収入にもつながる。スポンサーは提供したいバリューにより近い選手を活用して、有効なマーケティングやブランディングができる」

 

■短期的な施策では、消費者の心は離れていく

 

 レスリング、アメリカンフットボール、アマチュアボクシング、体操…2020年東京オリンピック・パラリンピックに向けて注目が集まる中、昨今、スポーツ界でのさまざまな不祥事が明るみに出ている。この現状について、石井さんはどう考えているのか。

 

スポーツ庁ができるまで、スポーツは産業として分類されていなかった。お金を生み出すものとは、まったく考えられていなかったわけです。そんな中で、オリンピックや国際大会で勝ってメダルを獲ることだけを考える小さな世界がいくつも生まれ、それらが世間にさらされることのないまま、何十年も放置されてきた。
そんな状況の中でスポーツ庁が誕生し、東京オリンピック・パラリンピックが2年後に迫ってきた今になり、長年放置されてきた小さな世界を表に出してみたら、すべてが古い常識のまま何も変わっていなかった、ということだと思います。

 

今、ワイドショーを騒がせていることは、50年前なら普通に行われていたのも確かです。彼らはそれを粛々と続けてきたわけですが、組織の閉鎖性とガバナンスの欠如によって、時代の変化に対応してこなかった。
そして、その状況をおかしいと思う人はいても、なかなか声を上げることができなかった。でも今、スポーツを産業化させていこうという考えの中、これまで放置され続けてきた部分が今、やっと表に出つつある。それが今です。だから時間はかかるでしょうが、すべての膿を出す。その後はきっと、正しい方向に向かうと思います。

 

 

今後、体質が改善されれば、企業がもっとスポーツに関わりやすくなる。競技団体がコンプライアンスを遵守し、公正な会計処理をするなどブラックな体質を改めるなどの自浄を行っていけば、企業も堂々とそこに投資できる。そうすれば、国からの補助金にばかり依存していた競技団体も変わっていくはずです」

 

 そして最後に石井さんは、スポーツに携わるマーケターの心得として「早急に結果を求めないこと」を強調する。

 

スポーツを使ったマーケティングやブランディングは時間がかかる。ショートスケールで小さなマーケティング施策を打っても、スポーツの場合、もしかするとブランドやアセットを削ってしまうことになりかねない。今はどんな情報も入りますし、消費者も賢くなっているので、短期的な施策ではおそらく消費者の心は離れていくだけ。多くのマーケターは今、そのことに気づき始めている気がします。

 

スポーツをマーケティングやブランディングに活用することの魅力は、他に真似ができないブランドをともに作り上げ、長期的な目でビジネスを成長させていけること。その中で一人のマーケターとして大事なことは、マーケットや顧客とまっすぐに向き合うことだと思います。

 

 

そもそも、デジタルプラットフォームを作ってKPIを設定し、アナリティクスを回して数字が~%上がりました、という部分を必死に追いかけることが、マーケターの仕事の本質ではありません。もっと原点に帰るべきだし、それらは今後、AIの業務領域になっていくでしょう。
人々のライフスタイルをより豊かにする、社会を変える、日本という国をもっと発展させる。それがマーケターの本当の仕事。何より、自分自身が面白くて仕方ないと感じることと、しっかり対峙してほしいです」

 

 それがマーケティングという仕事の本当の醍醐味であり、スポーツとは、その核になり得るものだろう。今や、世界で最も強い発信力を持つ存在となりつつあるスポーツの魅力を正しい目線でとらえ、上手く活用する。そのスタンスが、マーケティングの新たな可能性を切り拓いていく。

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プロフィール
石井 宏司

石井 宏司 いしい こうじ

(株)スポーツマーケティングラボラトリー 執行役員

1969年大分県生まれ。1997年リクルート入社。インターネットの新規事業、他社との事業アライアンス交渉、企業再生コンサルティングなどに従事。
2009年に野村総合研究所に経営コンサルタントとして入社。経営改革、新規事業、企業再生などのテーマでコンサルティングを行う。
2015年に日本女子プロ野球リーグ事業理事に就任。
2017年より現職。

※ 会社、役職、年齢など、記事内容は全て取材時のものです

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