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大きく広がるスポーツマーケティングの可能性

石井 宏司 いしい こうじ さん (株)スポーツマーケティングラボラトリー 執行役員

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2020年東京オリンピック・パラリンピックを前に、多くの企業がスポーツのマーケティング活用に注目している。プロ野球の他、JリーグやBリーグなど多くのプロスポーツリーグが存在する今、スポーツを使ったプロモーション活動は今や、限られた大手企業だけのものではない。ますます広がりを見せるスポーツマーケティングの新たな可能性について、スポーツマーケティングラボラトリーの石井宏司さんにお話をうかがう。

写真=矢郷桃


Part.1

 

■チーム増とともに細分化されたスポーツマーケティングの手法

 

石井さんが執行役員を務めるスポーツマーケティングラボラトリーは、スポーツマーケティングに特化したソリューションカンパニー。プロスポーツのビジネスサポートやリーグやチームに対する戦略コンサルティング、スポーツ領域への参入を検討する一般企業に対するマーケティング戦略の提案などを行う。

 

 

「弊社はもともと、プロ野球チームの集客増のためのマーケティング活動をサポートしていました。そして実績を重ねるとともに、そこで得たノウハウをさまざまな企業のマーケティング活動に応用してきました。そんな中で昨今、スポーツマーケティングの手法は大きく進化し、より細分化されてきた印象があります」

 

 1993年のJリーグ開幕から25年。プロスポーツが日本国内において大きな広がりを見せるとともに、スポーツマーケティングの門戸はより多くの企業に開かれるようになった。

 

「30年前にはプロスポーツは野球だけ。Jリーグができてしばらくまでは、ヴェルディとマリノスぐらいしか人気チームはなかった。でも今は違います。JリーグはJ2、J3とカテゴリーを拡大し、バスケでは2016年、Bリーグがスタート。他にも卓球のTリーグがこの10月に開幕するなど、ここ25年でプロスポーツチームの数は全国単位で大幅に拡大しました。

 

それに伴い、プロ野球全盛のころは高額だったスポンサーフィーには幅が生まれ、プロスポーツチームを支援したいと考える企業は、ある程度手の届く金額で参画できるようになりました。現在は全国に数多くのプロスポーツチームが存在し、彼らがソーシャルメディアなどを活用し、さまざまな発信を行っている状況です。

 

 

これまでも社会人スポーツチームは多数ありましたが、その多くは実業団チーム。そのため企業とのマッチングが難しく、ビジネスを拡大することは難しい状況でした。でも時代の変化の中でチームの形が変わり、プロチームが増えたことで、企業は投資がしやすくなった。

 

これらの状況からわかるのが、中小企業やベンチャーであっても、スポーツを自社のマーケティング・ブランディングに上手く活用したいと考える企業にとって、今は大きなチャンスだということです」

 

 その一方で、特定のプロスポーツチームに話題が集中していたかつての時代と異なり、今は人気チームとマスメディアに頼ったリーグ運営は難しくなっている。例えばプロ野球は昨今、巨人戦を中心にテレビ中継が激減。理由は消費者のテレビ離れとファンの意識の変化だろう。そんな状況の中、危機感を覚えた各チームは集客増を目指し、地道な努力を重ねてきた。

 

「その結果、すごく"濃い"熱狂的な空間を作り上げるチームが出てきました。そして、この流れの中で、マーケティング手法はより細分化。かつてのように、スタジアムに大きな看板を掲げたり、電光掲示板に企業広告を出す、電光掲示板にクライアントのCMを流す、といったものから一歩進み、他企業とコラボグッズを作ったり、イベントに企業の冠をつけてプロデュースしたり、というように、より細かく多彩な形に進化しています」

 

 

■「モノ」から「コト」への価値観の変容

 

 スポーツをマーケティング・ブランディングに活用したい、スポーツに投資したいと考える企業にとって、大きなチャンスが来ているのは確か。しかしそこには、今の世相を反映した独特の難しさがあるのも間違いないことだ。

 

「15~16年前でしょうか。情報の需給バランスが変化し、供給が需要を上回るようになりました。その傾向はここ最近特に顕著になり、今や完全に情報過多の状態。その結果、日本の多くの消費者は『企業の広告はもういらない』という心理状態になっています。それを反映し、例えばfacebookのようなソーシャルメディアでも、広告自体が敬遠されつつあります。

 

そして今、若い世代がモノに興味を示さなくなっています。彼らの多くは両親に大切にされ、幼少時代からモノを十分に与えられて育ちました。中学生にもなれば、たいていの子は服も十分持っているし自分の部屋もあり、スマホも持っている。そんな状態です。そして大人の中で生きてきた世代ゆえ、大人とのつき合い方は巧み。だから商品についてアンケートや市場調査をすると『買いたい』と言ってくれたりはするものの、実際の購入にはなかなか結び付かない。つまり、なかなか本音を見せようとしないわけです。

 

同時に、企業がビジネス目的で入り込めない空間が今、インターネットの中にたくさんできています。例えばソーシャルメディアがそうで、今、若い人達はアカウントを複数持つのが当たり前。社会的にオープンにする表のアカウントと、プライベートな本音のやり取りをする裏のアカウントがあり、企業は裏のアカウントにはなかなかアプローチできない。そんな彼らは、本当の人生の時間をマーケティングできない場所で、こっそりと生きている。つまり、企業が若い人達にアプローチするのは非常に難しいのが現状です」

 

 

 このような消費者の価値観の変容に対し、企業やマーケターは、イベントやフェスなどの体験を通じて自社製品をPRする方向性へとシフト。マスメディアで認知を上げるよりも、消費者とのダイレクトのタッチポイントを持ち、さまざまな体験を通じて自社製品やサービスを知ってもらうことを意識し始めている。モノへの欲求が少なく、どこか満ち足りた彼らが求めるのは「モノ」ではなく「コト」。成熟したこの国で、人は高額なブランド品より「かけがえのない体験」に重きを置くようになっている、と言われてはいるが…。

 

「じゃあ『コト』って何でしょう? その答えはしっかりと持つ企業は、意外なほど少ないです。確かに体験が大事だと言われますが、企業が自らお膳立てしたコトを消費者に提供しても、見透かされてしまう。彼らは器用ですから、一応乗ってはくるでしょう。でも『結局は何か買わせたいんでしょ? 何か契約してほしいんでしょ?』とわかっていて、最後は丁重に断ってきます。

 

では、どうすれば彼らを購買へといざなうことができるのか。そのヒントになるのがロイヤリティの醸成と、スポーツのライブコンテンツとしての大きな価値だと思います。

 

人がモノを買う時や消費する時、トリガーになるのは欲求や感情の起伏です。これは人間を相手に商売する以上、決して外せない要素といえます。つまり企業が消費者に対してビジネスを行うには、喜怒哀楽や何かをしたいという欲求、地域やコミュニティに対するロイヤリティなどを作り出す術を持たねばなりません。

 

 

それを考えた時、欲求や感情の起伏を作り出すために有効なのがスポーツです。例えばドラマティックな逆転勝利をした時は、知らない同士がハイタッチし合って喜ぶ。つらい負けを喫した時は、悔しさのあまり涙を流す。そのような、成熟した現代社会ではなかなか成立しにくい感情の動きを、スポーツでは普通に感じてしまう。そして情報過多の世の中であっても、スポーツだけはいっさいの筋書きがなく、ライブコンテンツとしての価値が非常に高い。
だからこそ、プロスポーツチームと一緒に『スポーツが身近にある、素晴らしい人生を送りませんか?』という提案を消費者に対して行うことが、マーケティング戦略として有効なのは間違いありません。

 

ただし、難しいのはその方法。試合の強烈な印象とともに、自社の商品を思い出として上手く残すことができれば、最終的に購買や商品のファンになることにつながる可能性は高まります。
しかし前述の通り『企業の広告はもういらない』と思っている人達や、本音をなかなか見せない若い人達に対し、モノやサービスを売ることは容易ではありません。素の状態で喜怒哀楽を謳歌している彼らに対し、いかなる方法で『僕らも一緒に応援しています』というスタンスで近づいていくか。今のスポーツビジネスにおける重要な課題は、そこにあります

 

 このような時代背景の中、街が企業そしてプロスポーツチームと組み、スポーツを活用したブランディングを行うケースが増えている。Part.2ではその事例について、話を聞いていく。

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プロフィール
石井 宏司

石井 宏司 いしい こうじ

(株)スポーツマーケティングラボラトリー 執行役員

1969年大分県生まれ。1997年リクルート入社。インターネットの新規事業、他社との事業アライアンス交渉、企業再生コンサルティングなどに従事。
2009年に野村総合研究所に経営コンサルタントとして入社。経営改革、新規事業、企業再生などのテーマでコンサルティングを行う。
2015年に日本女子プロ野球リーグ事業理事に就任。
2017年より現職。

※ 会社、役職、年齢など、記事内容は全て取材時のものです

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