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スポーツで価値を上げた都市は、世界から投資を呼び込む

石井 宏司 いしい こうじ さん (株)スポーツマーケティングラボラトリー 執行役員

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2020年東京オリンピック・パラリンピックを前に、多くの企業がスポーツのマーケティング活用に注目している。プロ野球の他、JリーグやBリーグなど多くのプロスポーツリーグが存在する今、スポーツを使ったプロモーション活動は今や、限られた大手企業だけのものではない。ますます広がりを見せるスポーツマーケティングの新たな可能性について、スポーツマーケティングラボラトリーの石井宏司さんにお話をうかがう。

写真=矢郷桃


Part.2

 

■アメリカ型の新たな都市再開発モデル

 

スポーツをマーケティング・ブランディングに活用したい、スポーツに投資したいと考える企業にとって、特に意識すべきポイントがロイヤリティだ。

 

「例えば高校野球の甲子園大会で、地元の学校が健闘し、出身高の選手が活躍するのを見ると、思わず応援してしまうものです。これが地域や学校に対するロイヤリティです。

 

前回、特に若い人を中心に消費者がモノをあまり欲さなくなり、コト、すなわち体験を重視するように変わりつつあると言いました。そんな時代の中で企業が消費者にモノを売るために、彼らがロイヤリティを発露させる場で出会い、愛するものを一緒に応援するスタンスを作るという手法は、非常に有効です。

 

 

正直、昔と比べて遠回りな手法ともいえます。でも上手くいけば『僕らが好きなチームを一緒に応援してくれるなら、この企業は仲間だ』と思ってもらえる可能性がある。もしそれができれば、彼らの強い信頼を得ることができ、簡単には揺るぎません

 

 そしてロイヤリティの重要性を理解する上でのもう一つの大きなポイントが、グローバルな企業ほどローカルを大事にしていること。世界に名高いグローバル企業には、それぞれのルーツに紐付いた拠点がある。

 

「例えばコカ・コーラは本社をジョージア州アトランタに置き、ニューヨークにもロサンゼルスにも決して動かしません。ナイキの本社はオレゴン州ポートランド、アンダーアーマーの本社はメリーランド州ボルチモアにあります。どの会社もグローバルな目線を持ちながら、ローカルを大切にしている。都市とそこにある企業が一体となり、グローバルブランドを形成しています。この感覚はきっと今後、日本にも波及するでしょう

 

 そんな時代背景の中、街が企業そしてプロスポーツチームと組み、スポーツを上手く利用した街のブランディングを行う事例が増えている。企業とプロスポーツチームが街のブランディングに積極的に関わり、 街の象徴としてスタジアムやアリーナを作る。このアメリカ型の新しい都市再開発モデルが、日本にも生まれつつある。

 

 

「前提として、都市そのものの経済的価値が世界的に上がっていることを理解してほしいと思います。そして価値が上がり続ける都市に対し、企業はさまざまな投資を行っていきます。その動きの中で、人と人をつなげる力のあるプロスポーツチームが、街のフラッグシップとしてますます重要な存在になっていくわけです。

 

実はアメリカもヨーロッパも、いわゆる第二次産業が衰退した後の都市再開発を、スポーツを上手く絡めながら進めてきました。
例えばマンチェスターと聞いて、何を思い浮かべますか?おそらく、世界的なサッカークラブのマンチェスター・ユナイテッドとマンチェスター・シティですよね。今のマンチェスターに、昔のイメージはまったくありません。かつての薄暗い工業都市は、今や憧れの街です。
スペインのバルセロナもそう。国自体は経済的に苦しんでいるけれど、バルセロナは観光客も投資も増えている。その中で、世界ナンバーワンの人気を誇るサッカークラブ、FCバルセロナが果たしている役割は大きい。

 

 

日本のスポーツチームと自治体も、こういった世界の動きに注目しています。例えば北海道日本ハムファイターズは、パ・リーグの球団で唯一、スタジアムとの一体経営をまだ行えていません。本拠地としている札幌ドームは札幌市の所有物で、ファイターズは指定管理者になっていませんので。
しかし今、2023年春に新スタジアムを建設する予定で動いています。北海道にとって観光は一大収入源であり、その部分でもっと地域に貢献できる球団のあり方を考えた時、新たな観光名所として自らスタジアムを所有し、運営することを考えた結果といえます」

 

 

■都市のグローバルな認知度を上げる

 

 都市のグローバルブランディングの象徴としてプロスポーツチームとスタジアム、アリーナがある。そこに多くの企業が投資し、新たな商品やサービスが生まれていく。そんなサイクルが今後、日本の多くの都市でも生まれる可能性がある。では今後、注目を集める可能性のある街はどこだろう。

 

「北から見ていくと、まずは先ほどお話しした札幌市とその周辺、そして仙台市には、プロ野球の東北楽天ゴールデンイーグルスが本拠地としている楽天生命パークがあります。ここは球団と市民が一体となって作り上げたボールパークです。
そして南に行って、鹿島アントラーズのある茨城県鹿嶋市。アントラーズを中核とした町おこしを以前から行っています。特に何もなかったこの町にチームを作ったのは、大英断といえます。

 

 

忘れてはいけないのが東京です。オリンピックによって再開発が一気に進み、中でも新国立競技場が建てられる神宮周辺は大きく変わっていきます。そして先ほど挙げた横浜市。DeNAは横浜市にしっかりと入り込んでおり、ベイスターズは『コミュニティーボールパークプロジェクト』のもと、横浜スタジアムを、多くの人達がつながり合う地域のランドマークにすることを目指しています。

 

また千葉市も面白い地域になると思います。特に幕張近辺は、千葉ロッテマリーンズが本拠地とするZOZOマリンスタジアム、そしてZOZOTOWNの本社があります。千葉市長の熊谷俊人さんは開発に前向きで、エアレースなどの国際スポーツイベントを積極的に誘致しています。また、日本サッカー協会の新トレーニングセンターも幕張にすでに建設が始まっています。


photo by tataquax

 

実はこの幕張エリアは、特にアジアから来た人達のインバウンド拠点として、大きな注目を浴びています。成田空港からバスで50分と利便性が高く、ディズニーランドや東京エリアへのアクセスが良好。アウトレットもあり、スポーツ以外にもサマーソニックという優れたコンテンツを持っており、音楽イベントなどに多くの人が集まる幕張メッセもある。ポテンシャルは非常に高いと思います。

 

あとは神戸市。スペインのスーパースター、アンドレス・イニエスタの獲得で話題になったJリーグのヴィッセル神戸は、チームの全株式を保有する楽天が今年から、本拠地のノエビアスタジアム神戸の管理運営事業者になりました。楽天が仙台で行ってきた取り組みが、神戸でも横展開される可能性が非常にあります。

 

広島カープとサンフレッチェ広島のある広島市も注目すべき街です。圧倒的な広島カープ人気は有名ですが、他にも原爆ドームなどがあり、欧米からの観光客が多い。インバウンドの拠点としてポテンシャルが高いです。

また九州では、アジアへの玄関口であり、福岡ソフトバンクホークスと本拠地のヤフオクドームがある福岡市、そして長崎市も要注目です。長崎市をベースにするジャパネットホールディングスはJリーグのV・ファーレン長崎の親会社となり、長崎駅前にスタジアムを中核としたホテルなどの新たな市街地を建設すると宣言しました。

 

そして沖縄。ここにはJ3のFC琉球、Bリーグの琉球ゴールデンキングスがあり、野球も従来から盛んで、プロ野球チームのキャンプ地としても名高い。以前から『スポーツアイランド沖縄』という構想のもと、さまざまなプロジェクトを進めており、多くの企業が集まりつつあります。沖縄市には琉球ゴールデンキングスの本拠地として1万人のアリーナが建設される予定で、台湾が近いこともあり、アジア諸国との経済的なパイプも期待できます

 

 これらの都市がインターネットを通じて注目を集め、グローバルな認知度を上げれば、世界中からお金が集まる可能性が生まれる。

 

世界的に見ると、今は投資マネーが余っている状態です。それをいかにして日本に引っ張ってくるか。国内だけでなく、グローバルな投資をいかに呼び込み、都市としての価値を高めるか。ポイントはそこです。
今後、どの都市がどう発展するかはまだわかりませんし、マンチェスターやバルセロナのように発展するまでには、まだまだ時間もかかるでしょう。しかし、少子高齢化が進む日本の地方都市が生き残るための、一つの重要なポイントになってくるのは間違いありません

 

 次回Part.3では、スポーツを活用した企業ブランディングのエッセンス。そして、さまざまな問題が噴出しつつあるアマチュアスポーツの現状やスポーツに携わるマーケターの心得について、話を聞いていく。

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プロフィール
石井 宏司

石井 宏司 いしい こうじ

(株)スポーツマーケティングラボラトリー 執行役員

1969年大分県生まれ。1997年リクルート入社。インターネットの新規事業、他社との事業アライアンス交渉、企業再生コンサルティングなどに従事。
2009年に野村総合研究所に経営コンサルタントとして入社。経営改革、新規事業、企業再生などのテーマでコンサルティングを行う。
2015年に日本女子プロ野球リーグ事業理事に就任。
2017年より現職。

※ 会社、役職、年齢など、記事内容は全て取材時のものです

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