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小さな喜びを積み重ねることが、大きな感動につながる

大久保 伸隆 おおくぼ のぶたか さん エー・ピーカンパニー 副社長

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part.2

 

■やる気を引き出すために『経済的満足』と『精神的満足』を与える。

 

大久保さんは大学卒業後、1年間の不動産会社勤務を経てエー・ピーカンパニーに入社。店長として、東京の葛西店と錦糸町店の売り上げを大きく伸ばした。その経験からわかったことが、CIS(Custmer Impressive Satisfaction=顧客感動満足度)とEIS(Employee Impressive Satisfaction=従業員感動満足度)、そして売り上げを同時に上げることの必要性だった。

 

CISを上げるために大事なのは、顧客サービスの向上です。僕はこの会社に入社した時から、CISを上げるのは難しくないと思っていました。なぜなら、最初に入った不動産会社でずっと、訪問営業の仕事をしていたから。ノーアポの飛び込み営業は、99%が門前払い。売るどころか、話すチャンスすらありませんでした。それに比べて飲食業は、話を聞いてもらえるチャンスだらけ。塚田農場の場合、お客さんは最低でも2時間はいてくれます。接客を通して会話もできる。名刺を渡すまで何週間もかかった前職を思えば、楽勝だと思いました」

 

入社3カ月。葛西店で初めて店長となった。様々なサービスの提供によって、売り上げがどんどん伸びていった。

 

「サービスといっても、正直、お客様に喜んでもらいたいという気合いだけです。ロジックもなかったし、評判のよかった店のいいところを次々とパクっていた感じ。でも本気でやっていた分、多くの従業員を巻き込むことができました」

 

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旬の食材を活かした季節ごとのメニューもお店の魅力のひとつ。画像の「初がつおのたたき」は「宮崎県日南市塚田農場」で4月中旬より提供。

 

CISとEISは常に連動している。店長がEISを上げることで、アルバイトの従業員のパフォーマンスが上がる。それによってCISが向上し、店の売り上げが上がる。その実感を得た大久保さんは、スタッフのパフォーマンスを向上させるために、EISを高める手法を考え抜いた。

 

EISを高めるために必要なものは、『経済的満足』と『精神的満足』の二つです。言い換えれば『やりがい』『成長実感』と『報酬』『お金』です。

アルバイトから不満が出るのは、たいていの場合、この二つのどちらかです。『経済的満足』でいえば、例えば面接で約束したシフト通りに入れないと、不満が出るのは当たり前です。そして『精神的満足』でいうと、今後、社会から必要とされる人材になるための成長実感を得られなければ、『ここで覚えることはもう何もない』となります。

では、彼らに経済的満足と精神的満足の二つを同時に得てもらうにはどうするか。僕もかつて考え続けましたが、答えはたった一つだけ。『売り上げを上げる』ことです。それが従業員の給料の源泉になるし、一所懸命頑張っても売り上げがまったく上がらなかったら、精神的満足もありません。つまりお客さんを満足させて、業績を上げるしかない。だから、顧客に満足してもらうためには、従業員を精神的にも経済的にも満足させねばならず、その両方を満たすには、売り上げが必要なのです」

 

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大久保さんの頑張りで、葛西店は地元で一番の繁盛店に成長。そして間もなく、錦糸町店に移る。

 

「ところが、僕が抜けてたった3カ月で、葛西店の売り上げが3分の2に落ちてしまったのです。僕はオーナーではなく雇われ店長です。自分がいなくなって売り上げが下がったのでは、何の意味もない。僕がお客様やアルバイトの従業員のためと思ってやっていたことは、実は自己満足に過ぎなかった。それに気がつき、大きなショックを受けました。

同じ場所、同じスタッフと同じ商品。それなのに、売り上げが下がってしまったのはなぜか。従業員とお客さんを、僕に依存させ過ぎていたためだと思います。そして僕も主役として、気持ちよくなっていた。きっと、承認欲求もあったはずです。その結果、売り上げが下がってしまった。葛西店のスタッフ達には、本当に申し訳ないことをしたと思います。ただ、その反省を機に、マンパワーに依存するのではない、誰が抜けても売り上げが落ちない仕組みを作ることが必要なのだと、実感しました」

 

■ボクシングの左ジャブのように、何発も打ってじわじわと効かせる。

 

例えば看板メニューの『じとっこ炭火焼』を半分ほど食べたところで、完熟赤柚子胡椒を出して味を変える。完食後に鉄板を温め、鶏の脂でご飯を炒めてハート型の『じとっこライス』を出す。お土産に味噌を出す…。そういったたくさんの小さなサービスが今、塚田農場の基本のリピート戦略になっている。エー・ピーカンパニーの社内用語で「ジャブ」と呼ばれるそれらはもともと、大久保さんが錦糸町店時代に作り出した仕組みだ。

 

「ジャブとは、錦糸町店の顧客のリピート率アップのために考えた戦略がベース。一発で感動してもらえるようなサプライズや、プロフェッショナルなサービスは誰にでも毎回できることではありませんが、小さな喜びを積み重ねることで満足感を高め、感動にまで引き上げることなら、僕らにも目指せると思ったからです。

小さなサービスを少しずつ繰り返し、お客さんに近づいていく戦略。それをボクシングのジャブになぞらえました。ボクシングのジャブのように、1発で効くことはないけれど、何発も打つことでじわじわと効かせるサービスで、お客様の来店動機を探り、その期待を超えたいと思ったのです。

そもそも1店舗100席を、店長が一人ですべて見ることは不可能。ですから、アルバイトのスタッフ一人一人が顧客にどう接するかが重要になってきます。ゆえに小さなことでいいから、お客様の期待を超えるサービスをいくつも積み重ねていくことがカギでした。

この考え方が生まれた背景にあったのは、僕がいなくなって葛西店の売り上げが下がってしまったことです。この経験から学ばなければ、決して次に進めない。当時は、そのように追い詰められた心境でした」

 

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錦糸町店の立ち上げは、社内のさまざまな事情が重なり、実は失敗が許されない状況にあった。

 

「店長になった当初は、店外販促を行っていました。要は、僕が自ら外に立ってキャッチをして『10%引きますよ』と言って、お客様を連れてくるわけです。

確かに10%の割引は、その日、お店に入ってもらうためのインセンティブにはなります。でも、その後にまた来てもらう、リピートしてもらう理由には決してなりません。すぐさま、それに気づきました。

結局、客単価4000円の10%を割引して、感動してくれるお客様はいません。そう考えると、この400円はムダなお金。それなら従業員自身が直接、お客様を感動させられる仕組みを作りたいと思いました。そこで考えたのが、この400円を、スタッフに自由に使わせてみよう、ということでした」

大久保さんは400円の販売促進費を、スタッフに権限移譲することに決めた。

 

それまで割り引いていた400円分を店内販促に充てました。つまり400円分までなら、スタッフが自分で考えたサービスをしていい、と決めたのです。

まずは一度興味を持って店に入ってくれたお客様に向け、徹底的に店内販促をしよう、と思いました。要は、塚田農場に興味を持っている人に売ることが一番効率いいわけです。この場合、外を歩いている、店に興味を持っていない方を外から連れてくるよりも、興味を持って来て下さった方々にいかに気持ちよく帰ってもらうかを考えたのです。

例えば、あるアイドルのCDを売るとします。東京ドームでプロ野球を観戦している5万人にセールスするのと、そのアイドルのライブに来ている1万人に売るのは、どちらが効率いいですか? もちろん、ライブに来ている1万人ですよね。そんな考え方です」

では、どんなサービスをするか。大久保さんは錦糸町店のスタッフ全員に「一人一つ"店内販促"のネタを考えてくるように」と伝えた。しかし…。

「みんな、今一つピンと来なかったようです。『思いつきませんでした』というスタッフもいたし、考えてきたとしても今一つピンとこなかったり…。そこで、当時ウチのコンサルだった井上貴之(現在はエー・ピーカンパニー役員)に相談すると『確かにロジックは完璧。でも彼らが考えてこないのは、店内販促という言葉にピンときていないのではないか。もっとわかりやすく『ジャブ』という言葉に変えてみてはどうか』という指摘がありました。

アルバイト達の世代は、個性的でユニークなものに囲まれて育ち、ユーモアと遊び心にたけ、多感。なるほど、と思いました。さっそく店で、ジャブを考えて来てほしいと伝えたところ、全員が考えてきたのです。ちょっとネーミングを変えるだけで、人は動くのだと驚きました。共通言語の重要性がわかり、それ以来、施策のネーミングにこだわるようになりました。例えば、入社3カ月の新入社員だけでお店をオープンさせる取り組みを『熱闘甲子園』と呼んでみたり。全員に響く共通言語を作ることの大切さを実感しました」

 

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「じとっこ炭火焼」は必ず注文したい看板メニュー。スタッフの“ジャブ”が光る。※「宮崎県日南市塚田農場」各店舗での提供。

 

ちなみに最初に生まれたジャブは、じとっこ炭火焼に青柚子胡椒をつけて半分ほど食べたところで、赤柚子胡椒を出すという、今や定番となったサービスだった。

 

「赤柚子胡椒は赤いけれど辛くはなく、味が少し変わります。皆さんたいていの場合、半分ぐらい食べたところで箸が止まるのですが、赤柚子胡椒を出すことで再び箸が進みます。

赤柚子胡椒を後で出す理由は、お客様と仲よくなれるか、距離を測るための『武器』だから。武器として赤柚子胡椒を選んだのは、地鶏を最後までおいしく食べ切っていただくための、特別感のある調味料にしたかったからです。そして赤柚子胡椒はハート型にしてお持ちするのですが、これを見たお客様の反応で、次にどこまで距離を詰められるかがわかります。

食べ終わったら、鉄板に残った地頭鶏のおいしい脂で炒めたハート型のガーリックライスを出します。これも今や定番になっていますね。ちなみにこのコストは12円。つまりスタッフはあと388円分、お客様にサービスができます。

スタッフはその時々でお客様の反応をしっかり見て、ノリの良し悪しで次のサービスのストーリーを考えていきます。僕らはこれを『ノックの法則』と呼んでいます。お客様のドアをまずはノックしてから、少しずつ近づいていく、という意味です

 

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他にも、お通しで出したキャベツをいったん下げ、千切りや浅漬けにして再び出したり、お通しのキャベツにつけた味噌を小さなケースに入れ、お店を出る時に渡したり…。大久保さんが錦糸町店の店長だった時に考えだした「ジャブ」は、今や塚田農場全店にて採用されているもので約5000個になる。

「ジャブはもともと、アルバイトが個人で考えて店で共有されていたのですが、チェーンとして認められるにつれ、どの店でも共通のサービスを期待されるようになってきました。

そこで今は、ジャブの中で"王道"の約5000個を、サイト内で『塚田のジョー』という名で管理。スタッフは新しいジャブを考えたら、それをスマートフォンから新たに投稿することができるようになっています。ですから今は、サイトで管理されている全店共通のジャブと、店舗独自のジャブがあります

 

他にも、塚田農場が掲げるリピーター戦略は多々ある。
第3回はその代表ともいえる「昇進システム」と、アルバイトスタッフを育てるEIS戦略のさらなる詳細について、話を掘り下げていく。

 

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プロフィール
大久保 伸隆

大久保 伸隆 おおくぼ のぶたか

エー・ピーカンパニー 副社長

1983年千葉県出身。大学卒業後、大手不動産会社に入社するも約1年で退職。大学時代にアルバイトした飲食店の仕事の面白さが忘れられず、2007年エー・ピーカンパニーに入社。わずか3カ月で葛西店の店長に昇格し、地元一の人気店に成長させる。
2008年、錦糸町店の店長に抜擢。ユニークなリピート戦略を打ち出して年間2億円の売り上げを記録。錦糸町店はのちに伝説の繁盛店と呼ばれるように。
2011年「塚田農場」事業部長、2011年取締役営業本部長就任。
2012年常務取締役営業本部長、2014年に30歳で取締役副社長就任。
2016年3月、経営論をまとめた初の著書『バイトを大事にする飲食店は必ず繁盛する』(幻冬舎新書刊)を出版した。

※ 会社、役職、年齢など、記事内容は全て取材時のものです

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