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弱点を、独特のユニークなストーリーに仕立てる

中村 元 なかむら はじめ さん (株)中村元事務所 水族館プロデューサー

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日本各地の水族館で開業・リニューアル時の展示施設のプロデュースを手がける中村元さん。フリーランスの「水族館プロデューサー」である彼の仕事はなぜ成功するのか。水族館を独特の顧客目線でマーケティングする中村さんのアイデアの源を探っていく。

写真=三輪憲亮


Part.1

 

■ターゲットは必ず、エッジを立てる

 

新設、または既存の水族館をクライアントとしてマーケティング戦略を立て、それを実際の施設設計に落とし込んでいく。それが「水族館プロデューサー」の主な仕事だ。あらゆる案件に共通するプロセスが、まずはマーケット規模を見て、ターゲットと街の特徴を分析していく。

 

「水族館の建てられる場所とマーケットによって、アウトプットは大きく変わります。新たな水族館のプロデュースを手がける時、よくシンクタンクが想定入館者数を出してくるのですが、これがことごとく僕の考えと合わず、ことごとく僕の考えが正しい(笑)。シンクタンクは水族館の場所から1時間圏内に何人、2時間圏内には何人住んでいて、そのうちどれぐらいが来館するだろう、というような算定の仕方をするのですが、僕はそういう方法では本当の来場者数は予測できないと考えています。なぜかというと、家から離れているから水族館に行かないかというとそうではなく、そこを観光施設として魅力的にすれば、旅行を楽しむ感覚で遠方からたくさんの人が来るからです

 

 

語るのは、日本で唯一の水族館プロデューサーとして活躍する中村元さん。中村さんは鳥羽水族館の飼育員からキャリアをスタートさせ、フリーランスに転身後は新江ノ島水族館やサンシャイン水族館、北海道の『北の大地の水族館/ 山の水族館』などのプロデュースを行っている。そんな中村さん流の水族館プロデュースのセオリーとは…?

 

「僕は努力するのが嫌いなので(笑)、効率よくやりたい。そのためには、まず水族館のある街の特徴と、どんなゾーンの人達が一番つかみやすいかを考えます。

 

どんな水族館も場所など、さまざまな条件が異なります。例えば池袋のサンシャイン水族館。まず、これほど駅に近い水族館は珍しい。そして池袋という駅は、海から遠い県の人もアクセスしやすい便利なハブターミナル。世界的にも、新宿駅の次に乗降客数の多い駅です。そして企業がたくさんあり社会人が多く、歓楽街もある。学校もあるので若者もたくさん歩いていて、周囲には新しく建てられたマンションがたくさんある。

 

サンシャイン水族館は、私が携わる以前は子供とファミリーのための水族館でした。そのため、オファーを受けた時、お客さんを増やすことは決して難しくないことがすぐにわかりました。こんな大人の街で、なぜ子供の水族館なの?と。そもそも、以前のコンセプトでも年間70万人来場していたわけです。それならば、ターゲットを変えたらすぐ倍になるな、と。

 

 

では、池袋を歩く人達の中で最もつかみやすいのは誰か。そもそも水族館のあるサンシャインシティの1地階から3階は商業スペースなのですが、平日でも1日平均5~6万人の若い人達が買い物に訪れます。その多くが若い女性です。当時、どう考えても彼女達は水族館に来ていなかった。そこで、まずはこの子たちを狙おうと。

 

僕はマーケットを把握すると、ターゲットはできるだけ絞ります。皆さんよく『ウチはターゲットをできるだけ多くの人達にしたい』とおっしゃるのですが、それはダメなんですね。ターゲットは必ず、エッジを立てねばなりません。なぜかというと、ターゲティングに基づいてモノを造っていくからです。そこをしっかりと絞らないと、どこにでもあるものになってしまう

 

■多くの女性は「潤い」という言葉に弱い

 

中村さんがプロデュースを行う時に大事にするのは「弱点」だ。

 

この水族館の弱点はどこにあるのか。それを考えながらアイデアを膨らませていきます。弱点を上手く、面白いストーリーに仕立てるわけですね。逆に弱点がないと、むしろ難しい。制約があるからこそ、いい仕事ができる

 

強みはストーリーにしにくいものです。強みがストーリーになるのは、完全にトップの存在だけ。強い者は変化すると現状より悪くなる心配があり、マイナーチェンジしかできません。そもそも突き抜けた存在ならば、何も考えなくても横綱相撲を取れますし、横綱が"猫だまし"なんてやったら、叱られるわけです。でも弱い者は、コンセプトを変えると爆発的に進化をする場合がある。進化できるのは弱者だけ。弱点を上手く生かせば、そんな危なっかしいところに横綱が寄りつくことはありません

 

 

サンシャイン水族館でいえば、弱点の一つが海から離れていることです。多くの水族館は海の近くにありますからね。しかも小さい。ビルの中にあるので展示スペースを広く取れず、深く大きな水槽も作れないのも大きな弱点です。

 

そもそも、これらの弱点を克服することは無理。だからこそ、武器として上手く使わねばなりません。池袋の街としてのポテンシャルは非常に高い。サンシャイン水族館は小さいですが、だからこそ、小ささが武器になる。つまり答えは簡単で、まずはサンシャインシティに来る20歳前後の女の子達が、買い物ついでについエレベーターに乗って上がってしまうような、気軽さとオシャレさがあればいい。

 

そしてもう少し分析すると、池袋の周辺にはたくさん新しいマンションが建っています。サンシャイン水族館は規模が小さいので、土日の集客だけではすべてをまかなうことはできません。つまり、平日のお客さんがほしい。じゃあ、それをどう伸ばすか。まず一つのターゲットが、先ほど申し上げたサンシャインシティにやって来る若い女性達です。そしてもう一つが若いお母さん。周辺に新しいマンションが建っているということは、新婚さんが多いんですね。その中で、子供が生まれたばかりの若いお母さんは会社に行きませんから、平日の昼間に子連れで水族館に来れる。最近は公園もいろいろあって危険だったりしますから、『公園デビュー』じゃなく『水族館デビュー』しましょう、という感じで、若いお母さんを呼び込みたいと考えました」

 

サンシャイン水族館

 

次に考えたのが、海から離れた街に暮らす女性が街で「癒し」を得るにはどうしたらいいか、だった。

 

「もともと女性は水族館が好きですが、それを紐解くと、おそらく『潤い』なんですね。多くの女性は潤いという言葉に弱い。女性向けの広告の多くに、潤いという言葉が出てきますからね。これは化粧品に限らずです。女性に来てもらうなら、潤いを感じられる水族館がいい。小さい場所での潤い。それならば、と考えた結果、生まれたのが『天空のオアシス』というコンセプトでした。

 

つまり、オアシスという言葉を使うことで、水族館としての規模の小ささがアドバンテージに変わるわけです。『この暑い日に海なんて行ったら日焼けするよ。それなら都会のオアシスに来たらいいよ』ということですね。オアシスは小さくて当然だし、言葉を聞くだけで潤いを感じて、気持ちよさそうじゃありませんか?

 

サンシャイン水族館

 

このように、ターゲットを分析してからキャッチコピーを作るんですね。これがその水族館の目指すところであり、本当のコンセプトになります。展示の切り口というよりも、何のためにこの水族館はあるのか、という存在意義を表す言葉でもあります」

 

2011年8月のリニューアルから1年間のサンシャイン水族館の入場者数は220万人以上に増加。つまりもともとの年間70万人から、3倍以上に伸びている。

 

「どの水族館もすべて条件が違いますから、弱点の生かし方はさまざま。例えば北海道の北見市にある『北の大地の水族館』は、非常に寒くて低予算で作られていることを逆手に取り『世界初の凍る水槽』というストーリーを作りました。冬にしか見られない『凍る水槽』は、寒すぎて冬場に水が凍ってしまうことを武器に作ったもの。お客さんの少ない真冬にも、この水槽を見たくて多くのお客様が来てくださるようになりました」

 

北の大地の水族館

 

次回Part.2では、中村さんが追求し続ける「人はなぜ水族館に来るのか」というテーマ、そしてこれまでの経験から得たプロデュースにおけるこだわりについて、話を掘り下げていく。

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プロフィール
中村 元

中村 元 なかむら はじめ

(株)中村元事務所 水族館プロデューサー

1956年三重県出身。大学卒業後、株式会社鳥羽水族館に入社。飼育係から企画室長などを経て副館長となり、鳥羽水族館のリニューアルに成功。2002年に鳥羽水族館を退社し、日本初の「水族館プロデューサー」となり、新江ノ島水族館(神奈川)、サンシャイン水族館(東京)、北の大地の水族館/山の水族館(北海道)、マリホ水族館(広島)など、数々の水族館のリニューアルを手がける他、水族館に関する書籍の執筆も多数手がける。

※ 会社、役職、年齢など、記事内容は全て取材時のものです

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