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「生徒」が知りたい「なぜ?」を詰め込む

森田 隼人 もりた はやと さん モリタ空間デザイン事務所 CEO、COO

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「六花界」「初花一家」そして「クロッサムモリタ」など、ユニークな焼肉店を7店舗経営する森田隼人さん。顧客のロイヤリティを作り出し、VIP感を巧みにくすぐる独自のファンマーケティング手法、そして日本の焼肉業界を変えていくための独自の取り組みについて、紹介していく。

写真=三輪憲亮


Part.3

 

■どう考えても合わないものを、合うように変える

 

 2009年のオープンから間もなく、六花界は大人気の店へと成長していった。2.2坪のスペースは常に満員。そんな状態が続いている。

 

「小さな店ですから、回転数を上げるほど利益は上がるかもしれません。でも、僕らはコミュニケーションを表現した店ですから、それをよしとしません。店のスタッフに言っているのが『お客様を3回笑わせるまで帰さない』ということ。そして、平均の滞在時間は約2時間。その間、とにかく立ち食いで楽しんでいただきます

 

そうすると、新しいお客さんはなかなか入れなくなる。でも六花界は基本的に、並んでいただくことをしません。近所迷惑になってしまいますから。でも、僕はそれでいいと思っています。なぜかというと、僕が大事にしているのが、お客さんの心に『あの店に行きたい』という気持ちを作ることだから。その気持ちを持ってさえもらえたら、いつかタイミングが合った時に必ず来ていただける。その時に全力のサービスができたら、僕らの勝ち。そう考えています」

 

 

 六花界の大きな特徴が、「おいしい肉を日本酒と合わせて食べられる」こと。中でも、店のオープン当時に流行していたレバ刺しと日本酒という組み合わせは、多くのメディアに注目された。

 

「東京で最初に立ち食い焼肉の店を作ったのが六花界、そしてレバ刺しに日本酒を合わせたのもそう。レバ刺しに合う日本酒を探し、店のブランディングと僕らの勉強もかねて、北海道から沖縄まで述べ200ぐらい酒蔵を回り、研究を重ねました。沖縄にも日本酒の酒蔵があるって、知っていますか? 部屋の中に冷蔵庫を置いて冷房を入れ、タイ米を使って造っているんです。

 

あのころ、僕らがなぜ日本酒に注目したのか。実はその理由として最も大きいことが、店の狭さでした。当時流行っていたホッピーやハイボールは、瓶や炭酸水を置くスペースが取れない。ましてや製氷機なんて買えません。2.2坪の狭い店に置けるお酒は、日本酒しかなかったのです」

 

 とはいえ、工夫すれば肉と日本酒が合わないことは決してない。それも確かだった。

 

「韓国ではサムギョプサルとマッコリを合わせます。マッコリも日本酒も原材料は米ですからね。ただしマッコリはうるち米を使いますし、日本酒とは発酵のさせ方が違う。そこにヒントがあると思いました。日本酒とマッコリの違いを知り、肉に合う日本酒を造るためにも200以上の酒蔵さんを回って、さまざまなトライアルをしました。

 

 

まず最初にもち米を使ってみました。ところが、麹の発酵の過程でベタついて上手くいきません。そこで麹はうるち米で造って、仕込みはもち米で行ってみたら、大味になってしまった。そのように、さまざまな試行錯誤を重ねていきました。最終的に、麹造りも仕込みもうるち米で行い、最後に三段発酵させて四段目で少しもち米を入れてみたら、マッコリに近い風味が出せるようになりました。

 

これなら肉に合う。その確信を得て造ってもらったのが、オリジナルの六花界というお酒です。僕らはロジカルに考え、肉と日本酒という、もともと合うはずのない組み合わせを、合うものに変えていった。肉と日本酒の組み合わせは僕らが最初にやったことですが、今や多くの焼肉店が当たり前のように日本酒を扱っています。立派なカルチャーになったことを自負しています」

 

■テクノロジーと教育、そして体験

 

 森田さんが六花界に次いでオープンしたのが「初花一家」。六花界に来たお客さんの多くが「これだけのお肉とお酒でたった2500円!?」と驚く。それなら、もし5000円を出したらどんな肉を食べられるのか。初花一家はそんな疑問に対する答えであり、肉について学ぶ場でもある。

 

「最近は肉好きな人が増えていますが、本当のことを正しく語れる人はほぼいません。焼肉店の経営者だって、知る必要がなく商売が出来てしまうから。でも最近、肉に興味を持ち、勉強したい人はたくさんいる。それならば僕らが、肉についてレクチャーできる環境を作ればいい、と思いました。僕はお客様一人一人を、学校の生徒さんだととらえています。初花一家は、お肉に関する彼らの『なぜ?』を詰め込んだ店なのです」

 

 

 次いで作った店が「吟花」。ここは、足で築いた酒蔵とのコネクションを生かし、月ごとに一つの蔵をフィーチャー。「肉と日本酒」というペアリングを、より前面に押し出す。

 

「酒蔵の規模ではなく、小さくても頑張っている、力のある蔵を応援していこうと思っています。今、世界中のお酒の中で最も面白いのは確実に日本酒です。今、日本酒の酒蔵だけが積極的に技術と設備への投資をしている。まるでバブルのように、多くの酒蔵が新しい設備を入れまくっている状況です。世界を見渡しても、そんな状況にあるお酒はほとんどない。

 

ワインもビールもウィスキーも焼酎も泡盛も、すべてがすでに完成しています。例えばワインが今、新しい技術や設備に投資して新しい味を作り出しているかというと、決してそんなことはない。ビールだってそう。例えばクラフトビールにオレンジの皮を入れて香りを閉じ込めて、といった試みはありますし、素晴らしいことだとは思いますが、イノベーションではない。
でも、日本酒のおいしさはまだほとんど解明されていない。今後変わっていく余地がたくさんある。今後10年間で間違いなく一番変わるカテゴリーは、日本酒。吟花はそれを意識して作りました」

 

 ただし今、日本酒業界には大きな問題がある。

 

まず一つ目が、酒蔵さんがとにかく儲からないこと。この業界もまた特殊で、お酒を造っている人達が消費者に直接、お酒を売ることはほとんどありません。彼らがお酒を販売する先は、基本的に問屋さん。そして問屋さんから街の酒店経由、一般消費者の手に渡る。このシステムができ上がっています。

 

 

そもそも酒蔵さんはお酒を造って問屋さんに卸せば、その時点で売り上げが発生します。ただし、そこから徴収される酒税は約50%。半分持って行かれてしまう。酒蔵さんはそれを防ぐために、売上を設備投資に回すわけです。日本酒の酒蔵だけが積極的に技術と設備への投資をしている理由はそれです。そして技術は上がりますが、設備投資による借金が膨らんでいく。酒蔵は借金をして設備投資を行って売上を上げているわけで、この状態が長い間続いているわけです。この現状では、頑張っている酒蔵さんが浮かばれない。『吟花』が、小さくても力のある蔵を応援する理由はこれです。

 

そして二つ目の問題が、日本酒はクオリティと比べると不当なほど安いこと。そもそも日本人はワインには1万円出すけれど、同じぐらいに手間をかけて造られた日本酒に同額を払うことはありません。そして僕らも、日本酒を海外に持っていくたびに、このように言われてしまいます。
『このジャパニーズワインは本当にうまいね。この瓶1本でいくらするの? えっ1500円!? そんなに安いお酒ならば俺は買わないよ。安物を見分けられない俺はバカだなあ』

 

正直、悲しくなります。4合瓶1本で1500円なんて、どう考えても安すぎる。この価格体系は、絶対に壊さなくてはいけない。少しでも多くの人にこの現状を理解してもらい、何としても変えていかねばなりません」

 

 次回Part.4は、森田さんが食肉に対して掲げる問題意識、そして「これから」について。

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プロフィール
森田 隼人

森田 隼人 もりた はやと

モリタ空間デザイン事務所 CEO、COO

1978年大阪府生まれ。大学卒業後、建築会社の会社員を経て25歳で独立。デザイン事務所「m-crome」を設立。公務員を経て2009年、東京・神田のガード下に「六花界」をオープン。多くのメディアに取り上げられ大人気に。その後「初花一家」「吟花」「クロッサムモリタ」など計7店舗をオープン。第12代酒サムライとして日本酒の普及活動も行っている。

※ 会社、役職、年齢など、記事内容は全て取材時のものです

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