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「言葉」が世界を作る

平田 静子 ひらた しずこ さん ヒラタワークス(株) 代表取締役

Part.4

 

■もらったこと、学んだことを「お返し」する。


累計400万部を売り上げている『チーズはどこに消えた』など、数々のヒット作をプロデュースした平田さんは、扶桑社でフジサンケイグループ初の女性役員となった。そして62歳で扶桑社を定年退職すると、自らの会社ヒラタワークスを設立。

「私はいつも、考える前に行動してしまうタイプですが、60歳になってここから先の人生をイメージした時、唯一考えたことがありました。それは『今まで仕事を通して、また、たくさんの出会いで多くのさまざまなことをいただいてきたので、これからはそれを"お返しする人生"にしよう』ということでした。

私は今日まで48年間、つまりほぼ半世紀、仕事し続けてきました。その間いろいろな方、さまざまな仕事と出会い、人脈など多くのことをいただきながら、ここまで育てていただきました。じゃあ、それらを平田静子だけのものにしてしまって、本当にいいのか。今まで仕事を通して得た経験を自分だけで独り占めするのは、もったいない。

だから60歳以降は、私がいただいたもの、学んだものを私だけのものにせず、お返しをする人生にしようと決めました。それで退職した時に『じゃあ、とりあえず会社を作っちゃおう』ということで生まれたのがヒラタワークスです。何かしらの受け皿があれば、皆さんにお返しできるような仕事が生まれるかもしれない、と考えました」

 
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定年退職したから、隠居してゆっくりしよう。そんな考えはまったくなかった。

「でも会社を作っただけで、最初は本当に何もない(笑)。受け皿は作ったけれど、何をしていいかわかりませんでした。そんな折に、フジテレビ時代にお世話になった方から『自分が持っている土地に女性向けの賃貸マンションを作る。建築も設計も施工もすべて女性でやるので、プロジェクトに入らないか。何でもいいから会議で意見を言ってほしい』というお誘いをいただいたのです。

『はい! ありがとうございます!』と即答でした。そしてプロジェクトチームに入り、いろいろと意見を出しました。例えば部屋の間取りには風水を取り入れて、こんな色遣いをすれば結婚できる可能性があるとか、この方角に玄関があると「福」が入ってくる、というようなアドバイスで、扶桑社を退職して初めてお金をいただきました。この時は、涙が出るほどうれしかったですね。これが、ヒラタワークスの最初のお仕事です。

『ヒラタワークスって何の会社?』と聞かれた時、今でこそ『出版プロデュースをする会社です』と答えていますが、スタートはそのような感じ。いただいた仕事をとにかくやる。私にできることがあれば何なりと。そんなスタンスでした


しかし、多くの実績を持つ彼女を世間が放っておかなかった。その後はイベントや出版など、さまざまなプロデュースの仕事が舞い込むようになり、今に至る。

 

■"ハイテック"ならぬ"ハイタッチ"を持ち込む。


出版を始めとするさまざまなプロデュース業に加え、平田さんはこの7月から、人材紹介会社「サニーサイドアップキャリア」の代表に就任した。

「サニーサイドアップの次原悦子社長から、新たに人材紹介の会社を作り、3期目に入るところなんだけれど社長をやってくれないか、という打診がありまして。悩みましたが、最後の最後に、今までやったことないことをしてみよう、ということで私の思い切ったチャレンジでした。

というのも常々私は、『やったことがない』、ということは『やらない』理由にはならないと言い続けていましたから」

次原社長とは、彼女が学生時代にお母さまのPRの仕事を手伝っていた時からの仲。私が編集長で、本の宣伝をお願いした時以来、長いおつき合いをしています。今回のことはおそらく、50年近く働いてきた私の人脈や長い間働いてきた先輩としてのちょっとしたヒントなどを社員に伝えてほしい、と思ったからではないでしょうか」

 

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まったくの新しい分野へのチャレンジで、さまざまなことに気づいた。

「本を作るのはいたってアナログな作業です。でも今どきの会社はいろんなことがデジタル化されていて、そこには本当に驚きました。私は何を隠そう、ITツールをほとんど使いこなせません(笑)。困っているのはそこです。飛び交う横文字のビジネス用語がぜんぜんわからず、最初のころは会議のたびに『それどういう意味?』と質問しまくりました。

確かにIT化は素晴らしいことだけれど、気を付けねばならない面もたくさんある。例えば隣にいる同士でも、会話がすべてメールで終わっていく。隣にいるのだから、ひと言声をかければいい。それなのに、メールですませてコミュニケーションが希薄になる。ちょっと寂しいです。真のコミュニケーションは取りにくいのでは、と思っています。

みんなとコミュニケーションを取りたいし、いい情報はシェアしたい。そして、ちゃんと挨拶をして、楽しくやりたいですよね。もともとフジテレビのキャッチコピーですが、私は『楽しくなければ仕事じゃない』と思っていますので(笑)」

今もう一度コミュニケーションを見直し、いいと思った情報は積極的にシェアしてほしい、と思っている

「シェアすることはすごく大事です。いいと思った情報や気になったことをみんなで積極的にシェアしあうことで、ああ真似しよう、自分もやってみようなど新たな知識や見識になりますから。確かに、ネット上で情報共有する仕組みは確立されています。しかし今度はあふれている情報から一体どれを信じ、どれが自分に合った情報なのか判断力が必要になってきます。やはり直接のコミュニケーションは貴重です。そんな時は『出し惜しみせず出し合おうよ!』と思います。

朝会で情報の共有をしているのですが『シェアしてね』ということは、口を酸っぱくして言います。一番大事なのは、言葉でコミュニケーションを取り、共有し合うこと。結局、何が世界を作るかって『言葉』しかない。『言葉』が世界を作っている。私はそう思います」

「言葉」が生み出す力を生かすために会社のキャッチフレーズを作った。

「先日、2020年までの中長期経営戦略を立てたのですが、私はその時『必要な人に必要な仕事を』というキャッチフレーズを作りました。こういった言葉を作ると、その力によって、みんなが、この会社は何をする会社なのか、何を目的にしている会社なのかが明確になります。

例えばフジテレビは『楽しくなければテレビじゃない』というコピーを使った時代があります。サニーサイドアップは『楽しい騒ぎをおこしたい』です。こういったテーマがあると、全社のマインドが一つになる。みんなで同じ方向を向いていてほしいから、私はこのキャッチフレーズを作りました

 
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今は週に3日ほどサニーサイドアップキャリアに出勤、2日はヒラタワークスの仕事、という切り分けをしているが、さまざまなスケジュールがクロスオーバーして、なかなかそう上手くはいかない、と語る。

「ヒラタワークスの予定の日にサニーサイドアップキャリアの営業開拓に出かけることもあるし、サニーサイドアップキャリアの仕事の合間にヒラタワークスの仕事も入ったり…。そんな感じでごちゃごちゃになっていますね(笑)。しかし、むしろ仕事の幅が広がり、ヒラタワークスの仕事からサニーサイドアップキャリアの仕事がまとまったりしています。確かに忙しいです。でも、すごく楽しくて充実していますよ」

68歳を迎えた今も、あわただしい日々が続く。どうやら彼女の頭の中には、今の世の中、そして下の世代に「お返し」すべきことが、まだたくさん残っているようだ。

 

(終わり)


プロフィール
平田 静子

平田 静子 ひらた しずこ

ヒラタワークス(株) 代表取締役

短大卒業後、1969にフジテレビ入社。管理部門を経て’84年扶桑社に出向。宣伝部を経て書籍編集部の編集長となり『アメリカインディアンの教え』など数々のヒット作を生み出す。その後、雑誌『CAZ』編集長、書籍編集部部長を経て執行役員、取締役、常務取締役などを歴任。
’00年には累計400万部の大ヒット作となった『チーズはどこに消えた?』をプロデュースした。
’07年には秋元康さんの『象の背中』の出版をプロデュースし、映画版のエグゼクティブプロデューサーも務める。
2010年に27年間の出向を終え、フジテレビを退職。
自らの会社ヒラタワークスを設立。出版を中心にさまざまなプロデュースを手がけつつ、2016年夏、株式会社サニーサイドアップキャリア代表取締役就任。

※ 会社、役職、年齢など、記事内容は全て取材時のものです

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