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エデュケーションとエクスペリエンスが詰まった謎の店
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エデュケーションとエクスペリエンスが詰まった謎の店
「六花界」「初花一家」そして「クロッサムモリタ」など、ユニークな焼肉店を7店舗経営する森田隼人さん。顧客のロイヤリティを作り出し、VIP感を巧みにくすぐる独自のファンマーケティング手法、そして日本の焼肉業界を変えていくための独自の取り組みについて、紹介していく。
写真=三輪憲亮
都内某所。少々怪しげな路地を歩いた先にあるお屋敷。ここで食べられるのは、最高級の和牛を使ったオリジナルの焼肉料理である。
ただし、この店には厳しいルールがあることを覚えておかねばならない。まず、味の感想以外の私語は厳禁。携帯電話の使用はNGで、店に来たことをソーシャルメディアやブログに上げてはならない。この何とも変わった焼肉店。名前は「クロッサムモリタ」という。
「ここは、僕が経営するすべての店のいわば集合体。今までやってきたことの総決算という意味合いで、2年前に作りました。ここはエデュケーション(教育)・エクスペリエンス(体験)・テクノロジーが詰まった店。プロジェクションマッピングやVRを使い、さまざまな体験をしていただきながら、肉と日本酒という最高の組み合わせを楽しんでいただきます」
語るのは、この店のオーナーシェフ森田隼人さん。メニューはコース料理のみで、まずは1Fフロアにて立食スタイルでスタート。提供されるのは、森田さんが考案する最高ランクの肉を使ったオリジナルメニューと、厳選された日本酒。張り詰めた空気の中で、森田さんがメニューやお酒について語り、スタッフはオーナーシェフの指示のもと連携。洗練された身のこなしで、きびきびと動く。
客は10品を楽しんだ後、2階に移動。ここでも提供されるのは、オリジナルの焼肉メニュー。テーブルにつき、乾杯とともに広がるのは、プロジェクションマッピングを駆使した色鮮やかな世界。意匠をこらしたオリジナルメニューが、森田さんとスタッフのスマートな身のこなしとともに提供される模様。さながら「お肉のショー」である。
「自分自身いろいろなお店を食べ歩きますが、おそらくまだ誰も、僕が考えているところには到達していない。例えば肉に味噌をつけて日本酒と合わせたり、海鮮に肉を巻いたりといった試みは多々あります。でも僕に言わせると、あれは料理ではなくコラボレーション。
僕が経営する店の場合、日本酒を使ったオリジナルの方法で肉を熟成させるなど、素材からアプローチをかけていきます。そしてクロッサムモリタでは、肉と日本酒にまつわるストーリーを"体験"していただく。肉の熟成にかける手間や合わせる日本酒が他とはまったく違うことを、お客様に学んでもらうわけです。
今の時代、人はモノではなく、体験にお金を払います。そのために今、使っているのはVRです。ヘッドセットを付けて、牛が育った牧場のようすや日本酒の酒蔵をバーチャルで体験していただきます。そしてヘッドセットを取ると、テーブルの上にはその日本酒を使って熟成させた肉がある。例えばそんな演出をしています。
肉に関する『なぜ?』が、僕らの頭の中にはたくさんある。それをただ言葉で説明するだけでは『ああ、そうだったんだね』で終わり。すぐ、いつもの日常が始まってしまいます。それでは意味がないので、僕はここにエクスペリエンスを持ち込みました。さまざまな体験から肉に対する理解を深めていただきつつ、最高のお肉をよりおいしく味わっていただきたいのです」
質の高い「肉のエンターテインメント」とともに、森田さんがこの店に持ち込んだもの。それは「学び」と「体験」と「最新の技術」だ。試みの根底にあるのは、今の焼肉業界に対する問題意識である。
「例えばお寿司はすごいですよね。3万円や5万円、いや10万円の店だって当たり前のようにあります。確かに魚は歩留まりが悪いですから、それなりの単価になるのはわかります。でもそれは牛も同じ。精子から培養して、生まれて育てて、競りにかける。そして育ったら屠畜され、肉になる。それだけ手間をかけても、焼肉店の単価は平均6000円ぐらい。同じ日本の食というコンテンツにもかかわらず、焼肉は遅れています。
今やラーメンですらミシュランの星を取っていて、寿司とともに和食として文化になっている。でも、ミシュランの星を取った日本の焼肉店はまだありません。焼肉だけが遅れているのはなぜかというと、食肉にはカルチャー(歴史的、文化的)としてのさまざまな背景があるから。僕達は今、その部分を改善しようとしています。そのためにも、お客さんのレベルを少しでも上げていきたいのです」
現在、森田さんが経営する焼肉店は合計7店舗。神田のガード下にある東京初の立ち食い焼肉店「六花界」、"日本一予約の取れない劇場型焼肉店"と評される「初花一家」、一つの酒蔵に特化し、厳選された日本酒と肉の懐石料理を出す「吟花」、会員制熟成肉バル「五色桜」、イタリアンの「極(きわみ)」、新たにオープンさせた「TRYLIUM(トライリウム)」、そして、プロジェクションマッピングなどの演出とともに最高級の和牛と日本酒を楽しむクロッサムモリタである。
クロッサムモリタを頂点とするヒエラルキーが作られ、森田さんに肉と日本酒への愛情を認められた人が、六花界→初花一家→吟花→五色桜→極→トラリウム→クロッサムモリタという順で、ステップアップしていく。
「まずエントリーが六花界。ここは10人も入ればいっぱいになる立ち食いの焼肉店で、いわば僕らのオープンゲート。もちろん誰でも入れます。ここでスタッフと、そしてお客さん同士でコミュニケーションを取りながら、肉について軽く勉強し、日本酒を楽しんでいただきます。
次に、六花界よりも少しお金をかけてお肉の勉強していただけるお店が初花一家です。肉のかたまりをお客様の目の前でさばくところから見て、さまざまな食べ方で楽しんでいただきます。食べ方は日によって変わりますので、何度来ていただいても楽しむことができます。
吟花は肉と日本酒のお店。一つの酒蔵をフィーチャーし、日本酒の作り方について勉強しながらお肉を食べます。時には酒蔵の方に実際に来ていただき、お話していただくイベントもあります。そして、日本酒を使った熟成肉のおいしさを売りにしているのが五色桜。肉のクオリティと比較すると単価は抑えめで、6000円~7000円ぐらい。そして日本酒は飲み放題で、肉に合わせた提案も可能です。
熟成肉を創作料理として楽しんでもらうお店が極、そして新しく作ったトライリウムです。極はややイタリアン寄りのメニューを提供。不定期で開催をしているイベントに近いもので、場所は空いている時に初花一家を利用します。トライリウムは最新の設備を使った、おもちゃ箱をひっくり返したような何でもありの実験的なお店。オブラートで包んだ肉料理などのユニークなレシピの他、新たなテクノロジーを用いたロースターで焼いたお肉のおいしさが売りです」
そして、これらすべての店の集合体がクロッサムモリタ、ということだ。和牛と日本酒。その組み合わせに関しては、まだまだ誰にも追いつかれていないという自負がある。だからこそ、ここは3年間限定のお店と考えている。
「一つの店から、新たな方向性を派生させる。その時のヒントは、何気ないお客さんのひと言だったりします。そこから新しいアイデアが生まれ、またそれを形にする。その連続であって、それを今、クロッサムモリタという形でいったんまとめて、ピラミッドを作ってみたわけです。
営業は一応、3年間と決めています。あと1年なので、来年4月以降の予約は取らない可能性があることを、お客様にはすでにお伝えしています。時代の流れとして、3年経ったら真似されるでしょうからね。でもそうなれば、また新しいお店を作ります。もしその時点で誰にも追随されていなかったら、もう少しやるかもしれませんけれども…。
クロッサムモリタは正直、すごく変な店ですよね(笑)。私語厳禁とかいろいろ言っていますが、実際はそこまで厳密ではありませんよ。きっと、多くの方に楽しんでいただけるはずです。そして、もちろん順番に体験していければうれしいですが、必ずしも正当な順番ばかりとも限りません。例えば山登りは登る時だけじゃなく、下山も楽しいですよね。それと同じ。もし機会があって逆から体験いただいても『ああ、森田が言っていたのはこういうことか』と思えるかもしれませんから、それもアリ。
基本的には、ここで肉を食べたいと思ってくれる人だけが来てくれればいいと思っています。来ればきっと、みんな楽しい。でも、そのためにはハードルを乗り越えなきゃいけない。それが僕らにとっての、お客さんの選定の形なのです」
次回Part.2では、このユニークなビジネスモデルを生み出したバックボーンについて、話を掘り下げていく。
※ 会社、役職、年齢など、記事内容は全て取材時のものです