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アウトプットファースト、オフラインファースト、コンテキストファースト
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アウトプットファースト、オフラインファースト、コンテキストファースト
日本最大規模のクラウドユーザーコミュニティ「JAWS-UG」の設計者であり、コミュニティマーケティングを考える「CMC_Meetup」の発起人である小島英揮さん。かつてAWS(アマゾン・ウェブ・サービス)の日本国内マーケティングを統括。現在はABEJAのマーケティングディレクター、Stripe Japanのエバンジェリスト、ヌーラボの非業務執行取締役、MOONGIFTでのコミュニティアドバイザーなど、コミュニティマーケティングを軸としたパラレルキャリアを実践する。
今回はマスマーケティングの先にあるコミュニティマーケティングという考え方、そして小島さんが実践するパラレルキャリアという二つのテーマで話をうかがった。
写真=三輪憲亮
小島さんが自らコミュニティマーケティングを実践する場として立ち上げたのが「CMC_meetup(Community Marketing Community Meetup)」だ。AWSで得た、コミュニティマーケティングに関するナレッジの言語化・共有化とブラッシュアップの場として昨年11月に誕生したコミュニティで、現在600名を超えるメンバーが参加している。
「実はここ自体が、すでにコミュニティマーケティングを実践する場なのです。コミュニティマーケティングについて学ぶだけではなく、実際にコミュニティが広がっていくさまを体感することができます。ここで目指しているのは『参加者が次に自分以外の誰かを誘いたくなるコミュニティ』です」
CMC_Meetupのメインは、実際に顔を合わせるリアルイベントの場。大切なコンセプトが「オフラインファースト」だ。
「オフラインの場で情報交換を行い、オンラインの場で情報を拡散する。そして拡散によって、新たな人がオフラインの場に入ってくる。そのサイクルを作りたいので、ベースはオフラインの場だと考えています。ただし全員が毎回来られるわけではないので、オフラインの場の余韻が上手く広がるよう、Facebookグループも作っています。
オフラインの場は基本的に、そこのテーマに興味を持った人が集まってきます。似た境遇や状況の人達なので、仲良くなりやすいのが特徴。例えばAWSの場合『クラウドを使って新しいことをしよう』『クラウドを使ってもっと楽になろう』と考える人が集まったから上手くいった。それは間違いありません。
上手なコミュニティマーケターならば、オンラインだけで全員のベクトルを合わせ、誰が一番熱量があるかを見られるかもしれません。でも、僕にそれは難しい。やはり、実際に会った方が熱は伝播しやすいです。そしてオンラインは、オフラインで熱くなった気持ちを維持するものとして重要。オンラインで拡散させ、情報の流通量を上げたいと思うなら、オフラインの場がある方が絶対にいい」
気をつけねばならないのが「何の集まりなのか」というテーマをしっかりと設定することだ。
「どうでもいい人がたくさん入ってくると、何の会合かわからなくなりがち。そのため、オフラインファーストと同じぐらい大事なことが、そもそも何の集まりなのか、ということ。メンバーの興味の粒度が合っているのかをセットすること。僕はそれを『コンテキストファースト』と呼んでいます。ただ数を集めるのではなく、共通のテーマで集めることがとても大切。要は、テーマが何なのか、そして、皆がテーマに基づいたコンセプトで集まっているか、ということです。
CMC_Meetupで例えるなら、皆さん少なくとも『コミュニティマーケティングってどうなんだろう? 使えるのかな?』と思いながら来ているはずです。おそらく『(従来型の)広告宣伝が最高!』と思っている人は来ない。だからこそ、多くの皆さんがテーマに興味を持つことができる。でもそこで『マーケター、みんな集まれ!』と呼び掛けてしまうと『あ、そんな話だったの? 私が聞きたかった話じゃなかったな』となり、破綻する。そのように、ストライクゾーンを提示すること=粒度設計がとても大切です。
コミュニティができた当初は、人数が小さいので一つの粒度で収まります。そこから同じことを知りたいと思う人が増えて、例えば数十人ぐらいの一定数になったとしたら、それは粒度設計がちゃんとできている、ということだと思います。
そこから回数を重ねるほど、最初から参加している人にとっては関心の領域が薄くなってくる。そこから徐々にコミュニティは変化していきます。その変化のさせ方は二つあります。例えば50人ぐらいの会の中に、10人とか20人、関係する別のテーマが気になる人がいたとします。そんな場合、普段の会合で『今度○○というテーマだけで1回集まってみよう』とするか『○○というテーマの小さなコミュニティを作ろう』とするか。それは考え方次第ですね」
ここからは、コミュニティマーケティングの実例を紹介していく。まず、小島さんがコミュニティマーケティングという言葉を生み出す前に、JAWS-UGのやり方を巧みにトレースした会社が、グループウェアで知られるサイボウズ株式会社だ。
「同社が最近、力を入れているクラウド用開発環境が『kintone』です。実はkintoneを広めようとしていた時、ファンの方々がkintoneの勉強会を自主的にやっていたそうなんです。これをサイボウズの方が見つけて『非常にいい活動。これはAWSがやっているJAWS-UGのように成長する可能性がある。JAWS-UGはどんなことをしているのかを理解したい』という問いかけがありまして、サイボウズさんに呼ばれたことが最初のきっかけです。
当時、僕はまだAWSに勤めていましたが、サイボウズさんが非常にクレバーだと思ったのは、その時に彼らが営業の方やステークホルダーをたくさん呼び、自分達の勉強だけのためではなく、みんなに話を聞かせた上で社内コンセンサスを取り、コミュニティマーケティングの実施にゴーサインを出したことです。
現在、サイボウズは『kintonehive』『kintone café』など、さまざまな形態で多くのコミュニティイベントをサポートしています。私の印象だと、AWSが5年ぐらいかかったことを、彼らは3年ぐらいでやっています。それはJAWS-UGというお手本があったからだと思います。つまりコミュニティマーケティングのフレームワークをわかってさえいれば、ショートカットは十分可能なのです。
ちなみにJAWS-UGのコミュニティが上手く回った理由を、(AWSは)製品のアップデートの多さだと思っている方は結構、多いです。確かに年間500を超えるアップデートがあり、どんどん新機能が出るからネタが尽きないのだろう、と。でもkintoneのコミュニティを見ていると、それは間違いだとわかります。
kintoneはそれほど高頻度で機能アップデートがあるわけでもないのに、なぜコミュニティが盛り上がっているのか。それは、機能よりも運用が大事だから。『どう使っている?』『こう使うといいよ』『ここでハマるよね』といった運用情報の方が、実は機能よりも大事なんです。顧客が求める情報は確実に運用にあって、製品力でコミュニティができる、という考えはちょっと違いますね」
もう一つの例が株式会社スマレジ。汎用タブレットを利用したレジシステムを作る会社だ。
「彼らは『スマレジ会』というコミュニティを作っているのですが、順調に大きくなっています。僕がCMC_Meetupを始めたことを知った社長さんが、マーケティング担当を参加させたことが始まりです。彼らの場合、ファンがいるかどうかわからない状態でファンを見つけ、立ち上げるところからすべて行っています。
この例が興味深いのは、彼らの顧客がディベロッパーではなく商店主であるからです。かねてから『コミュニティマーケティングはエンジニアのカルチャーで、非ITの人にはできないのでは?』という疑念があったのですが、そんなことは決してないことがはっきりとわかりました。コミュニティをドライブする責任者がいて、会社の同意があり、フレームワークに沿えば、おそらく誰でも運営できます。
他も含めて、コミュニティマーケティングをやって明確に失敗したという話は聞いていません。繰り返しになりますが、コミュニティマーケティングはAWSだからできたことではなく、製品機能アップデートの頻度でもなく、エンジニアだけのものでもない、ということです。大事なのは、ちゃんと興味の粒度が合っていて、フィードバックループがしっかり設計されているか。そして、オフラインのミートアップが回せているか。成功はこの三つにかかっています」
オフラインファースト、コンテキストファースト、そしてアウトプットファースト。この三つを意識すれば、コミュニティマーケティングは決して難易度の高いものではないのだ。最終回となるPart.4では、視点を変え小島さんが現在実践するパラレルキャリアについて、話をうかがっていく。
Still Day One合同会社代表社員、パラレルマーケター、エバンジェリスト。
1969年2月3日生まれ 高知県出身。明治大学卒業後、PFU、アドビシステムズを経て、2009年より2016年までAWSで日本のマーケティングを統括。
2016年にコミュニティマーケティングを考える「CMC_Meetup」を立ち上げ。2017年より、決済、AI、VR、コラボレーションツールなど国内外のさまざまなスタートアップで、マーケティング、エバンジェリスト業務を「中のヒト」としてパラレルに推進中。
※ 会社、役職、年齢など、記事内容は全て取材時のものです