絵馬に見る日本人のこころ Vol.3:絵馬から紐解く行動ニーズ[恋愛絵馬篇 其の三]

加藤 寛之 [記事一覧]

某チルド飲料事業会社 新規領域開発の専門部署にて、商品企画全般を担当。 97年にアルコールの製造・販売会社に入社。営業を経て、ブランドマーケティング、販促企画などマーケティング部門の各署に従事。また広告会社、通信事業社、清涼飲料事業などへ出向経験も多い。趣味は、酒を飲むための「料理」や「蔵巡り」。

Pocket

前回話題にしましたニーズの構造について触れておきます。
ニーズは大きく3つに分類されており、「Beニーズ」「Doニーズ」「Haveニーズ」と呼んでいます。それぞれがお互いに「目的⇔手段」の関係になっています。『ニーズは行動に現れる』という理論に基づき、私たち絵馬研は「絵馬を書く」という行動に注目して、ニーズの観点から日本人の心理を探求しています。将来的には、その分析や導かれた理論が商品やサービス開発の成功への一助になることを目指しています。

 

◾️行動ニーズ(Doニーズ)の4つの側面とは…

 

Doニーズには、4つの側面があります。
それは「維持」「予防」「復元」「向上」です。

 

◉「維持」ニーズとは、
基本的には「良い状態を保ちたい」「最低限、現状は維持したい」という気持ちです。「維持」ニーズの特徴は“こまめに対処することで保つ”という点です。それは手間が伴うけれども経済的である場合が多く、かつ“いつも良い状態が保たれている”ことが多いです。

「予防」ニーズとは、
「維持」ニーズと目的は全く同じで、充足手段が違います。「予防」ニーズの特徴は“あらかじめ対処することで保つ”という点です。それは、悪くならないかもしれないのに無駄な対処をする可能性はあるのですが、“今の状態が悪くなったり、弱くなったりするのを防ぐ”ことが多いです。

「復元」ニーズとは、
「悪くなった状態を元に戻したい」という気持ちなので、現在が良い状態のときは発生しないニーズです。

「向上」ニーズとは、
「今よりももっと良い状態にしたい」とか「根本的に解決したい」という気持ちです。

※「消費者ニーズ・ハンドブック」梅澤伸嘉著 より

 

恋愛絵馬に書かれている願書きの内容を、書いた人のDoニーズとして捉えて、この4つの側面に分類してみました。すると、恋愛絵馬は、「維持」「向上」が多く「復元」「予防」が少ない。とりわけ「予防」はほぼ存在しない、ということに気づきました。そのきっかけとなった絵馬をご紹介します。

 

絵馬事例:『もう女遊びは金輪際致しません』

まず、前提を記しておきますが、この絵馬は男性が書いたものだと一目瞭然です。しかしその背景が全く分かりません。絵馬の願書きを読み解く場合は、書かれている言葉や表現、数字や名前などの限られた情報をもとに背景を推察します。
絵馬を書いた人の行動心理を追究するうえで、この背景は重要な要素ではあるものの、推察の正否は重要な問題ではありません。書いた本人に確認する以外に確かめる方法がないからです。そんなことしたら、余計なお世話です!と怒られてしまいます。まず、絵馬研ではこの絵馬を書いたシーンについての推察をしました。

 

<シーン1:女性で痛い目にあった>

男性(書いた本人)が女遊びをしていると相手の女性は知っていて、これ以上させまいと戒めとしてその女性は男性に絵馬を書かせた。その場合は、署名の意味を込めて男性に名前まで書かせるだろう。
この場合は、男性は絵馬を書いて「今の関係性を保ちたい」という「維持」ニーズとなります。

 

<シーン2:いい女に出会った>

男性(書いた本人)は現在気になっている女性(いい女)がいて、その彼女は男性の女遊び癖を知らない状態。でも、どうしてもこの女性と上手くいかせたいから、もう二度と女遊びしないようにと自分で決心し、その決意を書きに来ている。万が一、その彼女に絵馬を見られたら女遊びがバレてしまうので名前は書いていません。
この場合は、男性は絵馬を書いて「今の印象が悪くならない関係性を保ちたい」という「予防」ニーズとなります。
この推察を踏まえて、この絵馬は「予防」ニーズと分類しました。

 

もうひとつ、「予防」ニーズの事例があります。この事例も「維持」「予防」との比較でご紹介します。先に述べたDoニーズの4つの側面で、「維持」と「予防」は目的が同じで手段が異なるとしました。

 

絵馬事例:『◯◯ちゃんと仲良くやっていけますように。』

 

 

これは、「〇〇ちゃんをこのままずっと愛しむ相手としての関係性を保ちたい」という「維持」ニーズが書かれています。
もしこれが「予防」ニーズなら、「〇〇ちゃんの気持ちが離れていくと関係性が終わってしまうので、そうならないように相手の気持ちを今のままで留めておきたい」ということになるので、「〇〇ちゃんが、自分から(心理的にも物理的にも)離れませんように」だったり、「自分の気持ちが〇〇ちゃんから離れると関係性が終わるので、そうならないように自分の気持ちを今のままで留めておきたい」ということになるので、「僕が○〇ちゃんを、嫌いになりませんように」と書かれることになります。

 

絵馬事例:『もうややこしい男にひっかかりませんように。』

 

 

これは数少ない「予防」ニーズと分類した恋愛絵馬です。「予防」とは、「自分が悪くなることを防ぎたい」というニーズです。とすれば、恋愛における「予防」ニーズは、1.自分が相手を嫌いにならないようになしたい。2.自分が相手に傷つけられたくない。というものです。
恋愛絵馬を眺めていると「予防」ニーズが発生するのは、相手の感情が悪化した時に限られると感じます。言い換えれば、恋愛関係の悪化は自分ひとりでは防ぎようがないと言えます。「予防」ニーズとして発生しにくいカテゴリーなのかもしれません。

 

例えば、彼に浮気されたくないと思っていても、自分だけでは防ぎようがない場合があるとします。この予防的な気持ち(例:彼が浮気しませんように)はあるけれど、絵馬には「彼とうまくいきますように」と、ポジティブ変換していたりするのです。恋愛関係が悪くなるかもしれないと不安を持っている人は、「予防」ニーズを本音で抱いていても、表現としては「維持」ニーズや「向上」ニーズで分類されるような絵馬を書いている場合が多い。そこには「予防」ニーズが隠れているのです。

 

人生において“恋愛”を育む術は「予防」よりも「維持」や「向上」の方が幸福追求に直結するということが本能的にわかっているからでしょうか。もしくは「認められる人生を送りたい」「愛されて生きる人生を送りたい」という承認欲求からでしょうか。いずれにせよ、“恋愛”は絵馬に「予防」ニーズが書きにくいカテゴリーであると言えそうです。

 


 

◾️仮説:「予防」が少ないのではなく、直接的表現にしないだけで隠されているのではないか

 

次に、恋愛絵馬は4つの側面のうち「向上」と「維持」が多いということについて、議論を進めていきます。
まず「向上」と「予防」は表裏の関係です。「向上」ニーズの度合いが強くなるほど「予防」ニーズも強くなるのです。「予防」は「向上」の手段になりえるが、「予防」の目的は「向上」ではありません。「予防したい」というニーズを満たすための手段はさらに「予防する」ことだからです。

 

恋愛絵馬においては、

1.向上ニーズの陰に予防ニーズが隠れているパターン
2.予防ニーズを向上表現で隠しているパターン

が見られます。

“絵馬を書く”という行動によって、両者とも裏に潜む、または隠している「予防ニーズ」を満たそうとしているのです。つまり、なぜ「向上」と「維持」が分類上多いのかという答えは、「予防」が「向上」に含まれているからなのです。

 

仮説絵馬事例:
今年中にすてきな結婚して幸福な家庭をきづけますように。元気な子供を産めますように。

 

 

表現(建前):今年中に結婚したい早く子供を産みたい<向上ニーズ>
内心(本音):結婚できないかもしれない恐怖心を抱えて生きることを回避したい<予防ニーズ>
向上表現に言い換えています。

 

仮説絵馬事例:
幸せを感じられる人と素敵な結婚ができますように

 

 

表現(建前):「幸せを感じられる人」と出会い、その人と結婚がしたい<向上ニーズ>
内心(本音):今までと同じように「幸せを感じられる人」との出会いがなかったり、あるいは、過去に付き合ってはみたものの「幸せを感じられなかった」経験があったりして、“幸せを感じられない”まま生活を過ごすことを回避したい<予防ニーズ>
向上表現に言い換えています。

 

恋愛においては、「なんとなくこのままでは、2人の関係性がうまく続かない可能性があるかもしれない」という漠然とした「不安」よりも、「このままでは、結婚したくてもできないまま過ごすかもしれない」という具体的な「不安」を日々重ねていくほうが精神的に滅入ってきます。すなわち、漠とした「不安」よりも具体的な「不安」を抱く場合は、その「不安」を自覚していることにより、「不安」をぬぐいたくてもぬぐえない、というアンバランス感情を抱くのです。誰しもそのアンバランス感情をすぐさま解消したくなります。

 

恋愛絵馬においては、その解決法として「(これから2人の関係がうまく行かないかもしれなくなる現実)自認したくない」という心理が働いて、「“不安”状態から脱出できた“安心”状態へ置き換えたい」という行動をもたらします。だから、具体的な行動を自ら表現することができて「向上」ニーズとして表装してくるのでしょう。

 


◾️“恋愛”は生きるために必要な手段?それとも生きていくための目的?

 

単なる恋愛絵馬の数百枚の分析に過ぎませんが、人間の行動とは何か。如いては「生きること」とは何か。その思考を避けては通れなくなってきます。「生きること」は「未知の道を進むこと」ゆえに「不安」がつきまといます。進むためには、「不」の解消をしていかなくてはなりません。ということは、「不」の解消そのものが「生きること」と言っても過言ではありません。自分の人生における「不安」を解消することで、豊かな人生を獲得することができるのです。その行動源泉が「幸福追求ニーズ」です。

 

恋愛関係を「維持」「向上」したい場合、

1.その手段をし尽くした
2.ほかに手段がない
3.とある手段を用いると今よりも解決しにくくなるから、頼るものがほかにない。

この3つの状況に陥ったとき、「絵馬」に生活におけるニーズを願書きすることで、未知への「不安」を解消します。その「不安」が解消された瞬間に、ニーズを満たそうとする自分を取り戻したり、背中を押してもらったり、未知の道を歩む、明日へ向かう力を獲得できるのでしょう。

 

次回は、「健康絵馬」についてのお話です。お楽しみに。


《絵馬研 加藤寛之さんへの質問・ご相談・お仕事のご依頼はこちらから》

Pocket

新たなる「出会い」

メールマガジン

最新記事やイベント・セミナー情報をお届け!