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本とは何か。それを、自分なりに再定義してみるといい
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本とは何か。それを、自分なりに再定義してみるといい
「書店にはほぼ毎日行く」と語る内沼さん。彼はブック・コーディネーターとして、クリエイティブ・ディレクターとして、どんなスタンスで書店に足を運ぶのだろう。
「自分でやっている本屋B&Bは自宅から近いので、開店前や閉店直前に行くことがよくあります。もちろん他の書店にも入ります。日々の移動中や移動先に、だいたいあるもの。だから普段は行こうと決めて出かけるより、見つけた所にふらりと入る感じですね。例えば打ち合わせの1時間ぐらい前に余裕をもって現地に着き、近くの本屋に入るようなことをわざとしています。一方、新しい本屋ができたと聞けばもちろん、日本全国どこでも行きます。
僕にとって本屋はマーケティングの場であり、選書の場であり、同業他社の観察の場。仕事柄、書店をプロデュースすることもありますし、なるべく多くの本を見たい。ですから、なるべくいろいろな書店に、何度も出かけます。本屋というものは、行くたびに何かしら変わっているものですから」
あらゆる書店をフラットに見つつも、特に今、注目しているのはBOOKOFFや蔦屋書店、ヴィレッジヴァンガード、など。書店そのものより、経営母体の考え方が気になる。
「長年、書店業界でやってきたわけではない会社が、どのような考えで本を扱っているのかに興味があります。例えばBOOKOFFは今、Yahoo! JAPANと業務提携し、買い取った本などをヤフオク!で販売するリユースの仕組み作りをしている。つまりBOOKOFFにとって、本とは生活の中にあるものの一つ。それをリサイクルすることに今後の価値を見出そうとしている気がします。
また蔦屋書店を見れば、いろいろなことに気づかされます。あくまで僕が外から見た印象ですが、彼らはきっちりと手間をかけ、本のある空間をいかに素晴らしく構築するかを考え、その付加価値でビジネスをしようとしている。本はもともと委託商品で、販売のリスクが少ない代わりに利益率は決して高くありません。でも優秀なスタッフをそろえ、きちんと手をかけて場所としての価値を上げていけば、人はたくさん集まってくる。人がたくさん集まれば、ビジネスの可能性は至るところにあります。その考えはおそらく、既存の書店からは出てこないものです。
本の未来に対して、彼らのような企業がいわゆる書店の従来のビジネスモデルを越えて取り組んでいることは、もっと注目され、評価されるべきだと僕は思います。出版業界の中からは批判ばかりが聞こえてきますが、時代の流れがそちらだとして、それでは困ることがある場合に、どちらが変わらなければいけないかは自明でしょう。実際に人が動いているということは、少なくとも本に求められているサービスを提供できているということ。素敵な空間で本と出合いたければ、代官山の蔦屋書店に行く。本をできるだけ安く買いたければBOOKOFFに行く。本と一緒に雑貨も見てワクワクしたりギフトを選んだりしたければヴィレッジヴァンガードに行く。そこには本があり、それが単なる商品として以上の役割を持ち、場所の魅力を作り出している。そして一見変わらないように見えても、実はずっと試行錯誤を繰り返している。よく観察していると、学ぶべきことがたくさんあります」
■トークイベントも飲み会も、名刺だって本かもしれない。
内沼さんは高校~大学にかけての'90年代後半を、モバイルとインターネットの普及とともに過ごした。当時はバンド活動に熱中していたが、挫折。それをきっかけに、表現する側から情報を伝える側に回ろうと考えた。そして、もともと好きだった本の世界に、さらに関心を持つようになる。
「僕らは当時"若者の活字離れ"を揶揄されていた世代です。でも僕はそれに最初はリアリティがありませんでした。自分は読んでいたし、書店に行けば人がいましたから。けれどあるとき読んだ本で出版業界の内情を知り、それがどんな仕組みの中で起こっていることなのかを考えるようになりました。
確かに、本を読まない友人もいました。でも、それは本の面白さに気づいていないからではないか。出版社も取次も、本を読む習慣のある人に面白さを伝えることに精いっぱいで、その手前にいる人に、本そのものの面白さを伝える努力をしていないのではないか。もっとやれることがあるはずだし、自分ならば出版業界を変えられるかもしれない。今思えば非常に浅はかですが、大学生の時にそう考えたことが、いまこのような仕事をするに至った最初のきっかけです」
今や"紙で製本され、ISBNの管理コードとバーコードが付き、出版社が発行し、取次ぎが間に入って書店で売られているもの"だけが本ではない。「本とは何か」。それを明確に定義することは不可能に近い。
「内容にフォーカスすれば、電子書籍はもちろん、ウェブサイトも本かもしれない。トークイベントだって、文字起こしされていない状態の本であるとも言えるし、面白い会話が生まれそうな組み合わせを編集するという意味でそれを突き詰めれば、居酒屋で飲み会をブッキングすることだって本かもしれない。
一方、紙に情報が記されたもの=本と捉えてみると、ただ紙を半分に折っただけでも4ページの本であるとも言える。そう考えれば、毎日交換している名刺だって本かもしれないですよね。
また、企業のパンフレットやフリーペーパー、『ジン』や『リトルプレス』といった個人が作っていて出版業界の流通に乗っていないものも、形状としては完璧に本です。でも、それらのセールスは出版業界の売上としてカウントはされていない
そう考えていくと、活字離れや出版不況は、あくまで既存の出版業界の内側の話に過ぎないことがわかります。たとえば、人が言葉やヴィジュアルに感動することや、世界についてもっと知りたいという知的好奇心、人生を動かすほどの物語の力。そういうもの自体がなくなろうとしているわけでは決してない。
本の本質とは、出版業界で流通しているものからだけ、見えるものではありません。解釈の仕方次第で、まったく別の本の世界が見える。だからこれから本に関わって何かをしていこうという人は、それぞれ自分にとっての本とはどういうものなのかあらためて考え直して、自分なりに本を再定義してみるのがいいと思っています」
そんな内沼さんが2012年、博報堂ケトルとの協業で下北沢に作ったのが「本屋B&B」だ。内沼さんはどんな狙いの元に、新刊書店の立ち上げに携わることになったのか。
Part.3ではそのディテールに迫っていく。
ブック・コーディネーター/クリエイティブ・ディレクター。
1980年生まれ。一橋大商学部卒業後、企業勤務を経て東京・千駄木の「往来堂書店」に勤務。
2003年、本と人の出会いをプロデュースする「ブックピックオーケストラ」代表となる。
’06に自身のレーベル「numabooks」を設立。
2011年には読書用ブランド「BIBLIOPHILIC」のプロジェクトメンバーとして立ち上げに携わり、’12年には博報堂ケトルとの協業で、下北沢に「本屋B&B」を開業。
他にも数々の本にまつわる企画や、横浜のシェアスペース「BUKATSUDO」などのクリエイティブ・ディレクションを手がけている。著書に『本の逆襲』(朝日出版社)など。
※ 会社、役職、年齢など、記事内容は全て取材時のものです