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いいと思うモノやサービスが生まれた背景を妄想する
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いいと思うモノやサービスが生まれた背景を妄想する
人と本との出会いを作り出すブック・コーディネーター、そして数々の「場作り」を手がけるクリエイティブ・ディレクター、そして人気書店「B&B」の経営者として活躍中の内沼晋太郎さん。「出版不況」といわれ長い年月が経った今、彼は本という存在をどのようにとらえ、それを現在の活動へと結びつけているのだろう。これまでのキャリアから内沼さんの考えるマーケティング論まで、幅広く語っていただいた。
文=前田成彦(Office221) 写真=三輪憲亮
ブック・コーディネーターとしてキャリアをスタート。2011年には読書用ブランド「BIBLIOPHILIC」のプロジェクトメンバーとして立ち上げに携わり、2012年には博報堂ケトルとの協業で「本屋B&B」を開業。現在は横浜のシェアスペース『BUKATSUDO』のクリエイティブ・ディレクションを手がけるなど、本をきっかけに多彩なフィールドに活動を広げている内沼晋太郎さん。数々のプロジェクトを手がけるにあたり、内沼さんは本メディアのテーマである「マーケティング」という言葉をどう解釈しているのだろう。今回のインタビューはまず、そんなところから話をうかがっていく。
「僕自身、大学時代は商学部でマーケティングを専攻していて、ブランド論のゼミにいました。だから、マーケティングについて考えることは当然あります。
でも例えば『こういう商品が売れた前例があるから、今度はこんなものが受け入れられるだろう』というように、ニーズを先に考えて何かを作ることはしません。そうではなく『その市場があるかまだわからないし、そもそもこんなものは世の中になかった。だから、どうなるかわからない』というものを作る。僕の仕事はそちら側だと思っています。
そもそも世の中に存在していないものだから、マーケターの人が簡単に納得できるような指標や数字は、算出しようがない。もちろん『この場所にはこういう人が来るのではないか』『こういう人達に受け入れられそうだ。なぜなら世の中は最近こうなっているから』ということを言葉では話しますし、意識もします。でも、実際に定量的な市場調査をするようなことは、めったにありません」
現在、内沼さんが手がけているBUKATSUDOなどの「場作り」、B&Bという書店の経営、さらには編集という仕事もまた、クライアントや読者、お客さんというターゲットを想定し、0から1を生み出すという意味で、マーケティング活動といえないだろうか。
「マーケティングって結局、何でしょうね…。結局たいていの新しい欲望は、まだほとんど言葉になっていない。言語化されているものは、すでに遅かったりします。だから、その欲望の背後にあるものが何かを考えないといけない。今人気のあるものをそのままやっても意味がない。
当たり前の回答で恐縮なのですが、観察なのだと思います。少なくとも、世の中でいいと思われている商品やサービス、場所、あるいは雑誌やウェブサイトで話題になっているニュースを見て、『これはイケる』という見方では、ただ儲け話に乗りたいだけの人になってしまうし、それは自分の領域ではないと考えています。それよりも、人に驚いてもらえたり、「これが欲しかったんだ」と喜んでもらえたりするもの、そこから遠くにいる人にも情報が届いて「あれは面白そうだ」と思ってもらえるものを作っていく。だから、その商品やサービスなどを受け取った人の気持ちや作った人の思考プロセスなどをなるべく想像し、トレースするようにしています。
ただ単にターゲットの年齢層や性別を想定し、彼らのニーズを割り出すことがマーケティングだと考えても、上手くいくとは思えません。だからマーケットを見るというより、その後ろにあるもの、運動を見る。最終的なアウトプットは自分の感覚を信じて行うのですが、そこに行き着くまでに、日々の生活の中でいろいろな世代の人と会ったり、さまざまなジャンルの本を読んだりして、世の中現象の背後にあるものを見ています。当たり前のことですけどね。
B&Bという書店を経営していることは大きいかもしれません。これは共同経営者の嶋がよく言っていることですが、書店は多くの人の、欲望の集合体。平台に並んでいる本を見れば、今の世の中とそれを構成する言葉をつかむことができますから。僕は仕事柄、毎日いろいろな書店に行きます。きっとそれが、無意識のマーケティング活動になっているのでしょう」
では内沼さんは「これはいけそうだ」「これをやりたい」という、これまで世の中になかったものを始めるためのベースとなる情報収集を、どのように行っているのだろう。
「僕がいるのは『~業界です』とひと言では言いにくいポジション。もちろん、基本的にしているのは本にかかわる仕事なので、出版業界全般で起こっていることには、関心を寄せています。
ただ、一般的には書店や出版社で働いていると、どうしても出版業界の中のことしか見えなくなります。でも僕の場合、もともと外様というか、やってきたことは他の業界と本をつなげる仕事。だから、おつき合いする先がアパレル関係の会社であったり、雑貨店だったり、スポーツブランドだったり、広告代理店やメディアの場合もあります。彼らと本とを結びつけることを考えるので、情報を得る範囲は仕事によって実にさまざまです。
例えば今、来年都心に新たに生まれる大型書店の仕事に携わっているので、当然、他の大型書店の動向は気になりますし、そのビルの他のテナントのリーシングについても考えます。また、昨年できたBUKATSUDOというスペースのクリエイティブ・ディレクションを手がけているので、今、一般のシェアスペース事情や、はどうなっているのだろう、と考えます。また地方自治体とも仕事をしているので、今の日本のまちづくり、とくに地方都市における中心市街地活性化についても、考えなければいけなくなっています。つまり、そういう新しい案件を引き受けるたびに、たいてい一つはゼロから勉強しなければならない領域があるんです。もうそれは、やるしかない。ひたすら本を読んだりネットを検索したりしています。
でもそのおかげで、いろんな業界に関する知識や情報、経験が蓄えられていくので、大抵ある業界で学んだことが、他の業界の仕事でのアイデアの源になります。複数のことについて同時に考えていたからこそ、偶然それがつながって、いいアイデアが思いつく。そんなケースがほとんどです」
■一人で白い紙に向かい、じっと考える。
現在の内沼さんの仕事に、直感的に何かを思いつき、それを実行していくものはほぼない。それよりも、何かしらの課題を解決するために本を活用したり、出版業界をさらに面白くするためのアイデアを練る、というケースがほとんどだ。
「ぼくはアイデアソースのような資料をため込んで、それをあれこれ眺めて考えたりはしません。やってみたりもするけど、結局使わない。アイデアを生むためのベースは、結局自分の中にしかない。だから一人で白い紙に向かい、じっと考える。それだけです。その時、頭の中に出てくるものは、普段からいろいろな業界の中で見たものの数々です。
僕には、何かモノやサービスをいいなと思ったら、それがどのように生まれたのかを妄想する癖があるんです(笑)。例えばいいお店があるとしたら『これは誰が考えたんだろう?』とか『このアイデアを社内で通すのは大変だったろうな。アイデアを通した人は、いったいどうやっていろいろな人を説得したんだろう』などと、いつも想像してしまう。それが日々の"筋トレ"になっていて、白い紙に向かった時に出てくるのだと思っています。
何かしらの企画を提案する時、僕はA4の紙をたくさん持ち、机に座り、1枚に1アイデアずつ書いていきます。例えばある企画を1週間後までに考えねばならないとすると、その1週間は何となく"その頭"でいますよね。その間、例えば歩きながら思いついたアイデアはメモをしつつ、企画を提案する1~2日前、棚卸のようなイメージでメモを見たり、白い紙に書いていくうちにいろいろなことを思いついたりする。
そうしていると次第に紙が何十枚と増えていくので、それに少し手を入れて、プレゼン資料にして当日持参する。そんなイメージです。普段歩き回っているぶん、考えるときはわりと普通に、机に向かって考えていますね」
次回では、内沼さんが今意識している書店について、そしてこれまでのキャリアをたどりながら「本とは何か?」というテーマについて掘り下げていく。
ブック・コーディネーター/クリエイティブ・ディレクター。
1980年生まれ。一橋大商学部卒業後、企業勤務を経て東京・千駄木の「往来堂書店」に勤務。
2003年、本と人の出会いをプロデュースする「ブックピックオーケストラ」代表となる。
’06に自身のレーベル「numabooks」を設立。
2011年には読書用ブランド「BIBLIOPHILIC」のプロジェクトメンバーとして立ち上げに携わり、’12年には博報堂ケトルとの協業で、下北沢に「本屋B&B」を開業。
他にも数々の本にまつわる企画や、横浜のシェアスペース「BUKATSUDO」などのクリエイティブ・ディレクションを手がけている。著書に『本の逆襲』(朝日出版社)など。
※ 会社、役職、年齢など、記事内容は全て取材時のものです