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準備して準備して、準備した時にチャンスは来る
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準備して準備して、準備した時にチャンスは来る
キャビンアテンダントから転身し、オリジナルのエッグベネディクトやパンケーキで人気を博した「エッグセレント」を立ち上げ、4店舗まで拡大させた神宮司希望さん。この3月にエッグセレントから身を引いた彼女が今、手がけているのは、プラントベースのスイーツと味噌玉。その背景にあるものと、彼女の核となる思いについて話を聞いた。
写真=三輪憲亮
神宮司さんが今、プラントベースのスイーツ作りと並行して携わっているのが、味噌玉を使った『インスタントおみそスープ』や、グルテンフリーの『おみそクッキー』などをロサンゼルスで販売するスタートアップ「Omiso.co」だ。神宮司さんはこの春、創業者であるAiさんとともに立ち上げに参画。商品開発やブランディング、パッケージデザインなどを手がけている。
「私は日本の朝食を、世界にもっともっと広げていきたいと思っているんです。日本の朝食の基本は発酵。2年ほど前から経営の仕事と並行して、発酵について勉強していました。それで時々、海外の友人に味噌を使った料理を作ってあげると『こんなの食べたことない!』とすごく喜んでくれるんです。メニュー自体は例えばナス味噌炒めみたいな、単なる居酒屋メニューなんですが(笑)、好評で。でも、ビジネスにしようとはそれほど考えていませんでした。
それがある時、福井で味噌作りをされている方が『ロサンゼルスで味噌作りをしようとしている方がいます』と教えて下さって、会ってみたら意気投合。彼女はロサンゼルスに長く住んでおり、味噌や醤油を現地で発酵し始めたところ。そんな彼女が、私が大好きなファーマーズマーケットで売ろうと思ってるという話を聞いて、『是非そのスタートアップを一緒にさせてほしい!』とそこから何度もスカイプなどで電話ミーティングなどを重ねて、私はすぐにロサンゼルスに行くことを決意。
2回目の再開時にはファーマーズマーケット の初出店に向けて1ヶ月も寝食共にしたという、普通では考えられない関係です(笑)
欧米の人達の多くは、そもそも味噌が発酵食品であることすら知りません。そんな状態ですから、すごく楽しい。私自身、かつてエッグセレントを立ち上げた時もプラントベースのスイーツを始めた今もそうなんですが、人がまったく知らないことを知った時の『WoW!』というワクワク感や笑顔が何より大きなモチベーションになっています。
発酵イベント@LA
インスタントスープのように味噌玉にお湯を注ぐとお味噌汁ができるのですが、私達日本人にとってはごく当たり前でも、向こうの人達にとってはアメージングなものに映るようです。彼らは寿司レストラン以外でお味噌汁を飲むことはありませんからね。彼らが喜ぶ顔を見るのは本当にうれしいし、一人でも多くの人にそれを与えていきたいと思っています。
そしてまだまだ日本には日本人の私たちでさえきちんと理解していない守るべき、ユニークな食文化がたくさんあります。その一つがこの「発酵」という文化だと思います。 日本のもったいない精神から生まれた技術。これを守り続けてきた日本の食文化を海外の人にももちろん、日本の人たちにもワクワク、おいしく伝えていきたい。そのための活動も来年以降注力したい。これは人生を通して学び伝え続けていきたいですね」
幼いころから食べることが大好きだった神宮司さん。次の日に食べるものを枕元に置き、翌朝に食べるのを楽しみにしているような子供だった。
「寝起きが悪かったのですが、枕元にお饅頭やチョコレートを置いて、それを楽しみに朝起きていました。それが原点になっていて、今でも朝起きたら『さて何食べよう♪』から始まります(笑)」
世界中でおいしいものを食べたい。大学を卒業してキャビンアテンダント(CA)になった背景には、そんな気持ちもあった。
「航空会社には6年いて、その間、世界のいろいろ所に行きましたよ。当時の経験で今に生きているのは、イレギュラー対応能力ですね(笑)。フライト中ですから、どんなアクシデントがあっても、ないからできない、という選択肢はなく、今あるものでどうにかしなくちゃいけない。フライトはみんなで考えながら作っていくもの。そこで鍛えられた経験はエッグセレントをやった時に生きた気がします」
フライトで出かけた先でさまざまな朝食を食べたことが、エッグセレントを立ち上げるきっかけになった。
「CAの生活は不規則なので、日本で朝に出発して現地の朝に到着、というフライトがよくあります。特にアメリカ西海岸は到着すると太陽の光がまぶしくて、とても気持ちいい。そんな時は多少眠くても、朝食を楽しみにレストランに行くんです。向こうのある場所で、明るい日差しの中で食べたエッグベネディクトが忘れられなくて…。こんなにおいしくて、元気になれるものがあるんだ! と感激しました。
そしてもう一つ感銘を受けたのが、朝の時間の使い方です。アメリカ人もヨーロッパ人も、朝に友達と会ったり、家族と楽しんだりと、時間の使い方がすごく上手。日本人にとって朝は会社に行くための時間で、上手く使えていない。この朝の時間の使い方を変えるだけでも、人生が豊かになるはず。この考えが、エッグセレントを生み出すきっかけになりました。
そこからCAの仕事を続けながらも、こういう店をやってみたい、こういうメニューを出したい、という思いを実際の企画書にして持ち歩いていました。特に誰かにプレゼンする予定がなくても、自分の頭の中を整理するためにも常に持ち歩き、アイデアが浮かんだりアドバイスをいただくたびに更新し続けていました。ステイ先でも企画書を練り、おいしいものを探して食べ歩いていましたね。
今でもそうですが、何か新しいことをする時は、そうやってまとめます。それを持ち歩き、いろいろな人に話す。すると時には『それって本当に儲かるの? 無理でしょ』みたいなことをはっきりと言われたりする。そのたびに悔しい思いをこらえながら、企画書をブラッシュアップしていきました」
思い描いていたやりたい店をやろう。そう思い立ち会社を辞めた。そんな時に出会ったのが、当時リヴァンプの澤田貴司さん(現ファミリーマート社長)だった。
「たまたまお店で横にいらして、お話させていただいたことがきっかけで『面白いな。一緒にやろうぜ』となりました。澤田さんとの出会いは本当に大きかったです。経営とは何か。会社とは何か。お客様とは? 経営者とは? といったことをすべてゼロから教えていただきました。それが今の姿勢の根幹になっています。
澤田さんがおっしゃっていたことで特に印象的だったのが、『経営者の仕事はとにかくお客様の笑顔を作り出すこと』という言葉です。そしてもう一つおっしゃっていたのが『経営者の一番の仕事は人との出会いだ』ということです。
忙しくなると、どうしても日々の会社のことに追われて人に会う時間が取れなかったりする。エッグセレントを始めてから私もそういう時期があったのですが『経営者は社員の未来のためにも、お客様の未来のためにも、未来を作っていかなくてはいけない。そのためには人との出会いが欠かせない。会う会わないを判断するのではなく、どんな人でも会うべきだ』と怒られました。
それ以来、どんな人でも例え10分でも時間を取ることを心がけています。人は理由がなければ動きません。理由があるからこそ時間を取って、私と話そうとして下さっている。相手の方がなぜここにいるのか。その背景を常に考えるようにしています」
節目で迎えた、さまざまな人との出会い。それが、今の彼女を作り上げていった。
「ターニングポイントでの多くの出会いが本当に大きくて、すごく感謝しています。そして、いい出会いをいい形にしていくためには、日ごろからしっかりと準備を重ねておくこと。そして準備して準備して準備した時に、本当のチャンスはやって来る。そのことを痛感しています。行き当たりばったりではなく常に考え、それを磨き上げておくことが大切だと思います」
最終回となるPart.4では、神宮司さんの日ごろの心得、そしてこれからの企みについて、話を掘り下げていく。
撮影協力:EVERYDAY MEALS(三軒茶屋)
※ 会社、役職、年齢など、記事内容は全て取材時のものです