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「自分達は誰のために、何をしてきたのか」を掘り起こす
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「自分達は誰のために、何をしてきたのか」を掘り起こす
今回お話をうかがうのは、近年、米国を中心にニーズが高まっている「パーパス・ドリブン・マネジメント」の専門家・ジャスティン・リーさんである。昨今、新たな概念として少しずつ日本にも浸透しつつあるのが「パーパス」という概念。今回はリーさんが日本のコンサルティングカンパニーSMOで啓蒙を行っている「パーパス・ドリブン・ブランディング」について、実際の導入事例も含めて紹介していく。
写真=三輪憲亮
アメリカにおいて「パーパスドリブン企業」が生まれ始めたのはいつごろなのか。リーさんによると「パーパスドリブンマーケティング」という言葉が定着したのは、2000年代に入ってからのことだという。当時の有名なパーパスドリブン企業が、アメリカ国内のみで運航するローコストキャリア(LCC)、サウスウエスト航空だ。
「彼らはパーパスを重視する会社に生まれ変わることで、競合との厳しい争いに勝ち残ってきました。サウスウエスト航空はもともとナンバーワンのLCCでしたが、競合がどんどん増え、激しい競争に巻き込まれていました。そんな中、彼らが考えたのは『もっと本質的なことを、カスタマーに伝えたい』ということ。そこでさまざまな顧客に対しインタビューやグループリサーチを行い『私達は何のために存在しているのか』について、徹底的に考えました。結果、生み出したパーパスが『Freedom to fly=飛ぶ自由』を提供する、というものでした。
彼らはこのパーパスに基づき、好きな時間に自由に乗れるよう便数を増やし、なるべく安く移動できるよう飛行準備の時間を徹底的に短縮するなど、合理化を徹底追求。好きな席に自由に座れるよう指定席を設けず、フレンドリーなサービスを提供するなど、さまざまな施策を講じていきました。彼らの多くの戦略はこのパーパスに沿って作られたもの。すべての戦略はFreedom to flyというパーパスにつながっているのです」
もう一つのポピュラーな例が、スターバックスだ。
「彼らのコアのパーパスは『Inspire and nurture the human spirit』。人の心に活力、栄養を与える、という意味です。これを実現するには、二つの大事な要素がありました。一つはコーヒー、もう一つは人とのつながりです。彼らはこの二つを戦略に、徹底的に落とし込んでいます。例えばエスプレッソマシンを置く場所。どの街のスターバックスでも、エスプレッソマシンは厨房の中ではなく、カウンターに立つお客さんの目の前にある。なぜかというと、顧客と向き合ってコーヒーを販売することでコミュニケーションが生まれ、顧客は自分がオーダーしたコーヒーがどのようなプロセスを経て作られているのか、さまざまなこだわりを目で見ることができるから。それによってスターバックスは、顧客との良好なつながりを作っており、全店舗共通の戦略になっている。
その戦略は日本でも同様です。例えばカフェの禁煙は今でこそ当たり前。でも彼らが進出を検討していた当時、日本には喫煙可のカフェがまだ多かった。そのため多くのコンサルタントはスターバックスに『喫煙可にしないと成功しない』と言いました。でも彼らには、Inspire and nurture the human spiritというパーパスに基づいた、しっかりとした芯があった。彼らが大事にしているのはコーヒー。せっかくいい香りのコーヒーを提供しても、タバコのにおいがそれをダメにしてしまう。だからスターバックスは禁煙のポリシーを貫き通し、それが今の繁栄につながっている。要はパーパスがしっかりしていれば、会社が最終的に目指すものが何なのかがわかる。そして、一つ一つの戦略にブレがなくなるのです」
スターバックスは大きな成功例だが、多くの企業においては、パーパスを設定することが売り上げの拡大を阻害することにはならないのだろうか。
「パーパスとプロフィットは必ずしもシンクロしません。むしろ、たびたび相反します。でも、だからといってパーパスを持たなかったら、そういった企業は利益ばかりを追ってしまい、支持されなくなっていくでしょう。今の時代、企業は利益だけのために存在するものではありませんから。
でも、しっかりとしたパーパスが存在すれば、パーパスとプロフィットという二つの目線で物事を見ることができる。もちろん利益は追求するけれど、利益はあくまで結果。そしてパーパスは、利益を上げる前提として必要なものです。だからこそ、この相反する要素を両立させねばならないのです」
リーさんが実際に日本で手がけたパーパス・ドリブン・ブランディングの実例が、ベビーカーの製造・販売などを手がける株式会社コンビである。コンビはSMOと取り組む以前から会社のブランディングプロジェクトを進めていたが、それが今一つドライブし切れていなかった。
「例え美しいビジョンやミッションを作っても、それをただ壁に掲げているだけでは画に描いた餅で終わってしまう。もっと自分たちの仕事に直結する変化を求めたい」。そう考えた彼らはSMOとタッグを組み、あらためて自分達のパーパスを見直すためのワークショップを行った。
「自分達は誰のために何をしているのか、そして存在意義は何なのかを、数日間をかけて紐解いていった。その中で見えてきたことが『親たちは皆、子育ては最高の仕事であることを信じている。そして自分達は、そんな人達を支えるために存在している』という思いでした。
実はコンビさんは、日本で初めて『プラスチック製のスワン型おまる』を作った会社なんです。昔は水洗トイレではなかったので、赤ちゃんが落ちてしまい亡くなるという悲しい事故があった。これをどうにかできないかと思い、考えついたのがおまるでした。当時最新のプラスチック成型技術を駆使して製造したおまる。それが原点であることを、ワークショップを通じてあらためて思い出していきました」
ワークショップを経て生まれたパーパス。それが『子育てに、イノベーションを』というフレーズだった。
「社員の方々はもともと、例えばグーグルやアップルはイノベーティブな会社だけど、国内市場向けにベビーカーを作っている自分達がイノベーティブなわけがない、と思い込んでいました。でも創業当時のことから歴史を紐解いていくと、彼らがおまるを生み出したことは、まさにイノベーションだったわけです。
そして彼らの現在のモノ作りをよく調べてみると、例えばアルミ以外の素材を使ってベビーカーを作るなど、イノベーティブな点がいろいろとあった。ワークショップでそれらを掘り起こしていくうちに、自分達もイノベーティブな会社なんだ、ということがわかってきた。その結果、新しいベビーカーの開発にチャレンジしたり、今までと違う広告コミュニケーションを考えたりと、社員の姿勢がどんどん変わっていきました。パーパスとはそのように、ビジョンやミッションと比べて即効性が高い。シンプルなので、新しい何かに取り組もうと考えた時、常に立ち戻ることができるのです」
日本企業がよりグローバルで輝くためのカギ。その一つが、ミッション・ビジョン経営からパーパス経営へのシフトであることは間違いない。パーパス・ドリブン・ブランディングを取り入れることで、日本企業はまだまだ成長できる。リーさんはその大きな可能性を信じている。
(終わり)
エスエムオー株式会社パーパスマネジメントコンサルタント。1978年台湾生まれ。カリフォルニア大学バークレー校卒業(在学中に一橋大学に留学)後、シリコンバレーのベンチャーにてマーケティング効果測定サービスを担当後、日本のプライスウォーターハウスクーパースにコンサルタントとして勤務。ブランディング及びマーケティング、海外市場参入戦略を担当。
2012年ロサンゼルスに戻り、パーパス主導企業になるノウハウを伝えるため米国ではThe Purpose Project, Inc.を設立。ビジネスとマーケティングにおけるパーパスの重要性について定期的に講演を行う一方、企業や組織のパーパスを見つけ、ムーブメントを起こす活動を支援。英語、日本語、中国語が堪能。
※ 会社、役職、年齢など、記事内容は全て取材時のものです