絵馬に見る日本人のこころ Vol.2:絵馬を書くという行動とは何か[恋愛絵馬篇 其の二]

加藤 寛之 [記事一覧]

某チルド飲料事業会社 新規領域開発の専門部署にて、商品企画全般を担当。 97年にアルコールの製造・販売会社に入社。営業を経て、ブランドマーケティング、販促企画などマーケティング部門の各署に従事。また広告会社、通信事業社、清涼飲料事業などへ出向経験も多い。趣味は、酒を飲むための「料理」や「蔵巡り」。

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4つのパターンに分類される恋愛絵馬

 

絵馬の願書きを“消費者ニーズ”の観点で分析する過程(Vol.1 本音と建て前[恋愛絵馬篇 其の一])では、いくつかの仮説を得ることができました。願書きの内容は「恋愛」「健康」「学業成就」等々多岐に渡るわけですが、そもそも「絵馬を書くという行動そのもののニーズは何か」という切り口は分析テーマとして重要と位置付けています。

 

例えば、「恋愛絵馬」では以下のような願書きがあります。

 

◉今年9月ごろまでに良い人とめぐりあって結婚できますようにお願いいたします
◉一緒にいて楽しくて優しい彼氏ができますように!幸せな人生を送れますように♡
◉心から大好きと想える人と付き合い、幸せになれますように。できれば、〇〇くんと付き合えますように♡ 良い縁となりますように!!
◉△△ちゃんと何事もなくお互い健康で幸せな結婚ができますように
◉◇◇に早く良き人生のパートナーがみつかりますように!
◉今の彼氏ときれいに別れる事ができますように

 

ご覧いただくと、なんとなく見覚えや書き覚えがある、またはそれに近しいものがあるのではないでしょうか?「恋愛絵馬」と一括りにしてしまえばそれまでですがこうして改めて眺めてみると、パターンが垣間見られます

 

恋愛絵馬パターン1 …今、相手がいない状況で、近い将来に向けて自分自身の結婚や出会いに関する良縁を願う。
恋愛絵馬パターン2 …今、お付き合いしている相手との良縁を願う。
恋愛絵馬パターン3 …家族(子供や兄弟姉妹)やとても近しい友人の良縁を願う。
恋愛絵馬パターン4 …今、恋愛・婚姻関係のある相手との悪縁を断つことを願う。

 

パターン4は異色ですが、実は全国各地に“縁切り”がご利益の寺社仏閣はいくつかありまして、そこには複雑で根深い人間関係の“切実な思い”が込められた多数の絵馬があります。

 

人は、切実度が高いとニーズが強まります。そしてそのニーズを満たすために行動します。つまり、ニーズが強ければ強いほど行動に現れるので、縁切りがご利益となっている寺社仏閣を探し当てて、そこへわざわざ出向き、絵馬を購入して、願書きをするという一連の行動は、当事者の”縁切り“ニーズの強さを如実に表していることになります。願書きの内容を見ると、とても具体的で、長年悩み続けてきた苦痛や憎悪、執念を強く感じる絵馬も少なくありません

対して、いわゆる“良縁”を願う1~3はどんなニーズを表しているのかの考察をします。1は自分の「幸福」を願う率直なニーズだと言えそうです。しかし、果たして本当にそうでしょうか?

 

絵馬に書いても恋愛は成就しないのに・・・

 

彼氏のいない女性が、“良縁成就”のご利益のもと「はやく彼氏が欲しい」という絵馬を仮に1万枚書いたとします。数日後、はたまた数年後にめでたく彼氏ができるでしょうか?もしかしたら、運良く素敵な彼氏に出会うかもしれませんが、その要因は「絵馬を書く」という行動だと言えるのでしょうか?

 

つまり、彼氏が欲しいからと言って、絵馬を何枚書いてもそのニーズは全く満たされないのです。その神社がサイドビジネスで「婚活・出会い系ビジネス」をやっていたとしたら、話が変わるかもしれませんがそういう“たられば”ではなく、彼氏が欲しければ彼氏になりそうな男性との接触機会を増やすしか方法はないのです。

 

同様に、2についても同じことが言えます。今、お付き合いしている彼氏と継続して恋愛関係や、将来婚姻関係を維持したいと思うならば、「絵馬に書く」のではなく直接本人に思いの丈を伝えればよくて、そのほうが最も正確に、確実に相手へ自分の気持ちを届けることができるはずです。

また3についても、他人の良縁を願う気持ちを「絵馬に書く」ことは、他人の「幸せ」に寄与する要因になりえないわけです。

 

書いている人も、このコラムを読んでいる人も、考察している絵馬研メンバーもみんな、そんなことは分かりきっているのです。でも、人は“良縁”を願い、それを「絵馬に書く」のです。

 

絵馬を書くという行動そのものは何なのか

 

「恋愛絵馬の」事例を見ながら話を進めてきましたが、「合格祈願」「健康」「交通安全」等々のカテゴリーについても全く同じことが言えます。「絵馬を書く」状況は共通であることが言えそうです。

 

■「絵馬を書く」という行動をする状況

願い事に対して以下の2つのいずれかの状況になったとき、

(1)他の手段に対する行動をとっているが、可能性を高めたいとき
『希望校に絶対合格できますように』(受験)
『△△ちゃんと何事もなくお互い健康で幸せな結婚ができますように』(恋愛)

(2)他の手段も実行したいが、充足手段の問題により実行できないとき
『主人と◯◯さんとの縁が切れますように』(縁切り)
『父さんの病気が治り元気になりますように。家族が健康でいられますように』(健康)

 

■ストレス源としての外的刺激を受ける状況

この状況とは、ストレス源としての外的刺激を受ける状況として捉えることができます。「受験の不確実性による心理的重圧」や「恋愛継続の不確実性による漠とした不安」「配偶者の浮気とその相手への憎悪」「の病気治癒が不透明な切なさや辛さ」などです。その下では願わないと成就しないかもしれない”不安やもどかしさが生じます。これを「心理的アンバランス感情」(※説明は次章)と呼びます。不安やもどかしさ、こころのもやもや感を何とかして解消したいというニーズが行動に現れるのです。

 

■「絵馬を書く」という行動そのものは何か

つまり、何かしらのストレスを継続して感じた際に、そのストレスからの解放を求めて行動します。勉強する時間を増やしたり、今まで以上に彼氏と仲良くしたり、浮気をやめるまで我慢したり、名医を探して伝手を求めたりといった行動です。でもその行動をし尽くしたことで心理的なアンバランス感情として、「このいつまでもつづく不安やもどかしさをなんとか解消したいがどうにも解消できない」という状態に陥ります。最も行動ニーズが表れやすい状況とも言えます。その行動が「絵馬を書く」ことなのです。

 

行動ニーズについて

 

行動ニーズは、4つの側面があります。その理論についてご紹介します。

 

■分析手法の理論として用いている「ニーズの構造」について

「どのようにニーズが発生するのか」を思考するうえで「消費者ニーズ」の最も根幹をなす「ニーズの深層構造」を知るのはとても有意義です。

 

図:梅澤伸嘉著 「消費者ニーズ·ハンドブック」

 

次回は、行動ニーズ(ここからはDoニーズと呼びます)には4つの側面があるという話をしたいと思います。“消費者ニーズ”分析をする上で4つの側面からの観点がとても有意義ですので、絵馬研究に際しても活用しています。では、お楽しみに。


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