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すべてを顧客目線で見つめ、誰も気づかぬ側面から真理を探す
日本各地の水族館で開業・リニューアル時の展示施設のプロデュースを手がける中村元さん。フリーランスの「水族館プロデューサー」である彼の仕事はなぜ成功するのか。水族館を独特の顧客目線でマーケティングする中村さんのアイデアの源を探っていく。
写真=三輪憲亮
中村さんは鳥羽水族館に2002年まで勤め、その後、フリーランスの水族館プロデューサーとなった。
「46歳で退職した時は正直、水族館の仕事から足を洗おうと考えていました。経営者側の一員でもあったのでプレッシャーがきつく、胃薬を飲みながら仕事をしていたぐらいなので、他の業界に移ろうと。
でもそんな時、昔からつき合いのあった方から、新江ノ島水族館のオープンに当たって監修をしてほしい、という依頼をいただきました。お話をいただいた時は正直、とても楽しそうでワクワクしました。鳥羽水族館の新設を責任者として手がけていたので、その経験を活かすことで、自分に求められていることに対する確かな自信もあった。そこで、これを最後にしようという思いで引き受けました。
新江ノ島水族館のオープンに携わると、水族館のプロデュースという仕事に大きなやりがいをあらためて感じました。20年以上もそれまでの水族館の常識を疑いながら、新たな水族館のことを考え続けてきたわけです。だからこそ、これほど効率よくできる仕事はない。そして経営という立場を離れたことで、昔から最も関心があった水族館のマーケティングに対してピュアに向き合うことができました。
そしてありがたいことに、他の水族館からもオファーをいただいていたこともあり、フリーの水族館プロデューサーとしてやっていこうと決めたんです」
その後はサンシャイン水族館や北の大地の水族館などのプロデュースを行い、この7月にはサンシャイン水族館が再リニューアルされた。
「今回のコンセプトは『天空のオアシス第2章』。6年前に成功したリニューアルのコンセプト「天空のオアシス」をさらに進化・完成させるため、世界初を含む5つの新展示を取り入れ、生き物の本来の姿を見ることができます。
目玉となるのは、横幅12mの水槽を頭上に配置した世界初の新展示『天空のペンギン』。ビル群の上空を飛び交うかのように泳ぐケープペンギンを見ることができます」
また、今年6月に初の試みとして行ったのが、商業施設の中に水族館を作ること。広島県広島市のモール「広島マリーナホップ」にオープンした「マリホ水族館」は、中村さんが企画段階からすべて携わり、全面的にプロデュースを行ったものだ。
「どれぐらいの規模のものを作り、どれぐらいの人数を呼ぶことができ、どれぐらいの採算が見込めるのか。それらを試算し、規模や投資金額についてもすべて提案しました。
実は企画段階で『マリーナホップを"商業施設"から"アーバンリゾート"に変えましょう』とプレゼンしたんです。集客の中核施設をモールの中に作ることで、施設全体を活性化につなげたい。これは、以前からずっと思っていたことでした。
最近は郊外を中心にショッピングモールがたくさんできています。そして『買い物もできるしご飯も食べられるから、とりあえず遊びに行こう』という感覚で集客しようとしています。
ところがマリーナホップは買い物客中心の個人消費者向けでした。でも、そこに水族館が加わると、商業施設のイメージは"アーバンリゾート”になって、グループや家族、カップルなどコミュニティを顧客にできるんですね。
名前からもわかる通り、マリーナホップの隣にはマリーナがあります。豪華なプレジャーボートが停泊している風景は、モナコの景観に匹敵するほど美しいと思います。でも今までは、その光景を楽しむ人が来ていなかった。なぜなら市民から、マリーナホップは単なる商業施設と認識されていたから。
そこに水族館が併設されることで、マリーナホップは海と繋がり"広島のモナコ"になる。広島県民の皆さんが『海でも行こう』となった時にまず思い浮かぶ場所として、必ず認知されるようになるでしょう」
水族館は商業施設を新たな次元に進化させる核になり得る、と中村さんは考えている。日本各地の商業施設に併設する、小さなしかし魅力的な水族館をたくさん作っていく。それが今の目標だ。
「商業施設のお客さんの多くは個人もしくはファミリーです。でも、水族館にはもっとさまざまなコミュニティの人達が来ます。だから他の集客施設と比べて、はるかに強い。『○○に行こうよ』と誘われて、断る人が一番少ない施設。それが水族館だと僕は思っています。
水族館の機能は今や、子供が勉強する場だけではありません。ファミリーで来てもいいし、カップルでもいい。男性同士、女性同士でもいいし、世代を問いません。もちろん一人だっていいし、オシャレして来てもいいし、ラフなファッションでも構わない。そして天候に左右されず、30分だけいることも、2時間いることも可能。映画などと違って好きに会話してもOKです。
美術館や野球場は苦手な人もいるけれど『私は水族館が嫌いです』という人は少ないはず。もしかしたら高齢者を含む全世代に対応できる集客装置としては、ディズニーランドより上かもしれない。水族館には、それぐらいのポテンシャルがあるんです」
また中村さんは、これまで培ってきたマーケティングのノウハウを生かし、ボランティアで高齢者の増加に対応する「バリアフリー観光」という分野にも注力している。
「簡単に言うと、観光地をバリアフリー対応にすることで、身体の不自由な人の属するコミュニティを全て手に入れようというシステムです。観光地においては、障害を持つ方や高齢者の方に施設側が対応しきれていないのが現状。それに対し、福祉の観点ではなくマーケットと収益の拡大のために積極的に取り組む考え方です。
実績としては、経営が傾いていた伊勢の旅館の集客を30倍に伸ばしました。バリアフリー観光でのいくつもの増客の実績が認められて、三重県や伊勢市は共に『日本一のバリアフリー観光県(観光都市)』を宣言しています。
そしてボランティアで観光によるまちづくりをやってきたことが実績になり、今は水族館以外にも、小豆島の地域ブランディングも手がけています。集客事業はマーケットの変化に敏感であることが最大の焦点、今後は水族館と並行して、街作りや一般施設のマーケティング支援を含め、いろいろなことに携わっていきたいです。
僕にとってのマーケティングとは、水族館を始めとするあらゆるものを顧客の立場から見つめ直し、みんなが気づいていない側面から真理を探し出すこと。
僕は子どもの頃から、モテたかったにも関わらず、トップクラスの才能もなかったし、努力家の性格でもなかった。だから、手っ取り早く相手を知って作戦練ればええやんと、そういう発想になるんです(笑)」
社会のあらゆるものをカスタマー目線でマーケティングし、進化させていく。そんな中村さんの姿勢は、これからも決して変わらない。
(終わり)