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“関係性"と“場所性"を基盤とした“一回性"をマネタイズする時代へ
-長沼さんの著書『ビジネスモデル2025』内の印象的なキーワードの一つが『取引コストゼロ社会』でした。今後約10年で、人工知能やIоT(Internet of Things)、クラウドファンディング、デジタルファブリケーション(3Dプリンタなどデジタル機器によって、データからモノを作り上げる技術)の普及により、在庫コストや物流コスト、限界コストといった取引コストが限りなく削減されていきます。そのトレンドを鮮明に象徴する言葉が「シェアリングエコノミー」。すなわち、あらゆるものを「共有する」という概念の中で広がる経済圏のことです。民泊仲介サービス「Airbnb」やタクシー配車サービス「Uber」の世界的な拡大は、その象徴的事例といえます。
「今後、シェアリングエコノミーはさらに拡大していきます。今後10兆円産業になるという見通しもあり、そのトレンドがさらにスピード感を持って進んでいく。それが今年です。シェアリングエコノミーは、単に何かを共有するだけのことではないし、日本の"もったいない文化”の再構築といった単純な話でもありません。経済の形、働き方の形、ひいては人間のあり方も含めて、世界中に大きな影響を与えていくものです。
昨年、東京都大田区で『民泊』が解禁されることが、大きなニュースになりました。この流れは、近いうちに東京都全域へと拡大するでしょう。昨年の訪日外国人2000万人という数字が見えてきている中、2020年の東京オリンピック・パラリンピックには3000~3500万人の来日が見込まれます。そうなると当然宿泊施設が足りなくなるわけですから、そのフォローを含めて、民泊の規制緩和は前倒しで進んでいく。
そんな中、Airbnbでアクティビティ予約が可能になりました。これにより、Airbnbを使って空き部屋を提供している人は、アクティビティで新たな収入を得られることになります。例えば日本文化の体験ツアーや地域のスポットを巡るツアーを企画するなど、さまざまなアクティビティをサービスとして旅行者に提供できるのです。
私も驚いたのですが、これには日本中のたくさんの人達が興味を持っています。個人で働いている方だけでなく、パラレルキャリアを実現しようと思っていたり実践している人達から、副業に興味を持っていなかった人達まで、非常に多くの方達がAirBnBの宿泊×アクティビティ予約の可能性を強く感じている。これはつまり、パラレルキャリアを目指す人が増える=働き方が大きく変わることの象徴事例となる可能性がある。
つまりシェアリングエコノミーは、もはやトレンドという言葉では片づけられない。2050年に、GDPの約半分がシェアリングエコノミー関連である、という見込みもあります。何をもってシェアリングエコノミーと呼ぶのかは難しいところですが、産業、働き方、ライフスタイルそして人間としてのあり方に、大きな影響を与えていくことでしょう。おそらく今年、本格的に民泊が解禁されていきます。その時に規制がどこまで緩やかになるかが、最大のトピックになると思います」
-また今年以降、テクノロジーの発展によって物流も大きく変わっていくでしょう。中でもドローンによる「空の産業革命」が、あらゆる分野で影響を拡大していくと思われます。
「インターネットテクノロジーに関しては、日本も今後一気にキャッチアップしていくでしょう。政府も危機感を持っていますからね。中でもドローンの規制の整備・緩和は、この3年から5年ぐらいで進んでいくことになりそうです。まずは千葉市が特区指定され、ドローンによる物資の輸送が始まっていく予定です。
ただし、人口密集地域でドローンを飛ばすことには問題が多々あり、そのため、自律移動ロボットの方が導入されしやすいと思っています。自律移動ロボットとは、人間と同じスピードで移動するトランクのようなもの。今年からその大実験が世界的に行われていきます。つまり、無人の自律ロボットが街中を動き回るような状況が、向こう数年で始まる可能性があるわけです。
これまで、モノを運ぶ"ラストワンマイル"は人間の仕事でした。しかし、この部分も今後は変わってくる。この新たな展開は経済とビジネスモデルを変化させ、更には働き方にまで大きな影響を与えていくトレンドでもあります」
-とはいえ、歩行ロボットが街を移動するようになるには法律や保険など、さまざまな面での整備が必要になりますね。
「まず道路交通法の整備、そして事故と保険対応ですよね。ロボットの問題はいつも責任の問題とセットです。事故が起きた時に誰の責任となり、どのように保険が適用されるのか。そこにはさまざまな議論が生まれ、新たな事業も生まれてくることでしょう。
また、自動運転も2020年の東京オリンピック・パラリンピックをメドとして、一つ何か形になるのではないかと予想しています。一部の自動車系アナリストなどから『そんなことができるはずがない』などの声があるのは確かですが、東京五輪は日本の技術力と新たな社会インフラの形を世界にプレゼンする大きな機会。そのために急ピッチで様々な法律及び次世代インフラの整備が進むのではないかと思います」
-これらの他に、2016年に大きくドライブしていきそうなトピックは、どのようなものがあるのでしょう。
「まず、ロボットの導入はよりいっそう進んでいきます。例えばアメリカのモメンタム・マシン社は、ハンバーガーを10秒で1個作れるロボットを開発。大手ハンバーガーチェーン店で導入され始めています。米国では10人に1人が飲食業界に就労していますが、その労働がいよいよ本格的にロボットによって奪われていく時代へと突入していきます。
またロボットの進出は肉体労働だけにとどまりません。私が注目しているのが、クリエイティブワークにおけるロボットの導入です。クラウドソーシングの次はいよいよ『ボットソーシング』。ロボットがいよいよ肉体労働的なものだけでなく、知識やクリエイティブの領域にも入り込んでくる。クラウドファンディング上で『これが実際にできたら、人類まずいんじゃないの?』と思われてきたプロダクトが実際に市場投入され、人間の労働を奪い、働き方を変えていく。その事例が今年から来年にかけて世界中でどんどん生まれ、具体的な議論にもなってくる」
-そこに人間が新しいビジネスチャンスを見出していく余地は、果たしてあるのですか?
「この状況の中で、人間がどこに付加価値を作り、どういう働き方をするのか。どこでマネタイズするのか。そこが大きなポイントになります。
いわゆる"再現可能な価値"は、強烈な価格低減圧力がかかります。かつては普遍性と再現性、そして、それによる機能性を販売するのがビジネスでした。例えば冷蔵庫ならば"冷える"という機能を大量生産し、大量販売するわけです。
でも今後は、こういったビジネスモデルは通用しない。これからは"関係性"と"場所性"を基盤とした"一回性(再び起こることのない、一度だけの価値)"をマネタイズしていく時代になります。例えばAirBnB対ホテル。ホテルのビジネスモデルは、安定した機能性を多くの人に広く提供していくというもの。でもAirBnBはそれとまったく違い、ホストのそこにしかない部屋と、ホストとの出会いという一回性を販売するわけです。
音楽も同様です。かつてはCDを売ることが利益につながりましたが、CDの販売数が下がってダウンロード販売が主流となり、今はライブを主な収益源とするアーティストが増えています。つまり、これまでの再現可能性が単純な利益につながらない時代になってきた。これは他のビジネスも同様で、これからは一回性をマネタイズしていく時代になる。いわゆる16世紀の科学革命から続く再現可能性と普遍性を評価する社会は、産業革命以降、生産性という重要な概念を導き出しました。それは常に会社の利益と直結してきましたが、これからはそう単純ではなくなってくる。」
―そんな時代に、企業はどうあるべきなのでしょう?
「企業は"一回性の価値"を再定義せねばならないと思います。そしてPart.1で申し上げたように、価値とは関係性の概念。企業は顧客との関係性、社員との関係性の再構築を行う必要があるでしょう。
私のところにも、さまざまな企業から今後の働き方に関する問い合わせが多数来ています。2~3年前にはスタートアップや個人のワークデザイン、働き方が注目されました。その動きが昨年あたりから、徐々に大企業に広がってきました。今年はそのトレンドが一層大きくなってくると思われます」
第3回では、今年以降一気に普及するであろうVR(バーチャル・リアリティ:仮想空間)と社会の関係性、そして現在注目している新たなサービスについて、話を聞いていく。
社団法人ソーシャル・デザイン代表理事。経営コンサルタント。大企業から中小企業、スタートアップまで、業種業態を問わず経営及び事業開発の支援を行う。近未来の社会やビジネスモデル、働き方、メイカーズ革命やクラウドソーシング等についてテレビや雑誌からの取材多数。「Social Design News」を運営。
著書に『ワーク・デザイン これからの<働き方の設計図>』(CCCメディアハウス)『Business Model2025』(ソシム)がある。
※ 会社、役職、年齢など、記事内容は全て取材時のものです