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顧客がブランドとなる、「経営強度」という新たな概念
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顧客がブランドとなる、「経営強度」という新たな概念
マーケティングとは本来、クリエイティブの先に立つもの。その考えのもと、HAKUHODO THE DAYはクライアントのパートナーとして寄り添い、伴走しながら、さまざまな提案を投げかけていく。そこで見習うべき存在として、佐藤さんはアップルの名を挙げる。やはり、彼らのクリエイティブディレクションには学ぶべき点が多々あるという。
「多くの企業は例えば、いかにしてフェイスブック内でいいね! を稼ぐか、などを考えたりします。でもアップルは、インターネットを利用してどう騒ぐかなんて、まったく気にしない。その代わりGenius Barを作るなど、企業アクションをしっかりと構築している。
製品で例を挙げれば、iPhoneのすごさはデザインだと言われています。iPhoneの中央の下部分にあるのは、要はバックするためのボタンです。ガラケーでは、ボタン=実行・決定。でも今のアップルの主張は『ボタン一発で好きな情報にアクセスできるこの時代、一番必要なものは“戻る”ボタンなのだ』ということ。
それが人の捕まえ方、つまりクリエイティブディレクションだと思うんです。決して技術革新じゃない。発想革新ですよね。今の社会の中で、どうやったらみんなにとって新しい便利があるか。それを突き詰めていった結果、バックすることが起点になる、という新たな発想に行き着いた。そんな潮目の見方こそ、僕らがマーケターとして、クリエイターとして必要なことだと思います」
佐藤さんの代表的クライアントがメルセデス・ベンツ。佐藤さんが取り組んだことは、メルセデス・ベンツというブランドをアップデートすること。中でも話題となったのが、2012年末から2013年初頭にかけて展開した、アニメプロジェクト「Next A-Class」。直接的に車の宣伝をするのでなく、近未来の東京を舞台に新型Aクラスが手に汗握るカーチェイスを繰り広げるものだ。制作には、プロダクション I.G、貞本義行氏など、名だたるトップクリエイターを起用。佐藤さんは企画、原案、総監督を務め、国内のみならず海外からも高い評価を得た。
「メルセデスはここ3年ぐらいですごく変わった。簡単に言えば、開かれたブランドになりました。“上”にいたプレミアムブランドを、カジュアルダウンさせたわけでも壊したわけでもなく、オープンでアグレッシブな存在に変革することができたと思っています。もちろん、ここまで持っていくのは決して簡単なことではありませんでした。革新的なプロダクト、アグレッシブなクライアント経営陣、現場ひとりひとりとの信頼関係があってのこと。ぱっと飛び込んですぐに作れるものでは決してありません。
昔、ブランドには「安心」「信頼」「外しちゃいけないもの」「守らなきゃいけないもの」という認識があった。でも今はブランドにとって、「ドキドキする」「期待する」ことの方が大切な要素。止まっているのではなく、動き続けていること。そして、次にどんな一歩を踏み出すか。ブランドがどの高さにあるかではなく、どれぐらい勢いがあるか。それが大事です。新たな一歩が、常に新鮮なドキドキをくれる存在でなくてはなりません。
ブランドを円で示すとすると、実はターゲットは中心よりも“際”の部分です。僕らはブランドとしてアリとナシのギリギリの際を、行ったり来たりしながら試行錯誤します。メルセデスのアニメーションは、そんな際を狙ったアプローチ。顧客がドキドキしたり期待したりびっくりしたりする、ギリギリの部分を狙って際を広げていく試みでした。
ただし、そこでクリエイティブとしてクオリティが低かったら、単にびっくりさせるだけで終わってしまう。僕らがなぜプロダクション I.Gに頼んだかといえば、車の表現方法を徹底的に詰められるから。あのレベルまでディテールを追求できなかったら、たぶん失敗しているでしょう。また例えば、ただ過激な走りをしてそこにロックを当てれば、暴走族のような印象になる。でも、チェロの音を当てれば優雅に見える。そこの部分の感覚については、これまで博報堂で数々手がけてきたクリエイティブディレクションによって培われた確固たる自信がある。それを抜きにして、単なるマーケティング論だけでブランドを動かそうとしてもダメです。
そして顧客には、また次の機会ではさらにいいものに触れてもらい、もっともっとびっくりしてもらいたい。そんな積み重ねがあって、初めてブランドが“動き出す”わけです。そして『最近このブランドは勢いがあるよね』という評価を得ることができる。だから、決して簡単なことではないんです」
You Tube 「NEXT A-Class」
佐藤さんが新しいクライアントと接する時、経営者に最初にする質問が『どんなレストランを目指したいですか?』というものだ。
「ただ儲けたいなら、こだわりのレストランではなく、駐車場を経営すればいい、コンビニやファミレスをやればいい。今のヒットだけを狙うなら、流行りのパンケーキ店を作ればいい。正直、広告会社のいわゆる昔ながらの手法は、パンケーキ店を立ち上がりで大ヒットさせるようなことです。バーンと派手なPRをして『店の前に行列ができました。よかったですね!』というやり方ですね。流行りのパンケーキ屋はその後、厨房を大きくして、アルバイトをたくさん雇い、ブームの間は繁盛します。でも、流行が去り、お客さんは減る。そして厨房を狭くして、アルバイトも解雇することになります。決して広告会社の手法やパンケーキ店の流行を否定はしません。でも僕らは、そういう瞬間風速を高めるやり方が本当にクライアントのためになるのか、大きな疑問を感じます。そして、そういう仕事はなるべくしたくないのが正直なところです」
また、ブランドのマーケティングにおいて、佐藤さんが重視する考えは「顧客そのものがブランドになり、メディアになる」ということだ。
「例えばどんなファッションブランドにも、必ず『着る人』の存在がある。例えば、ゼニアは商社マンが着る、革ジャンはバイク乗りが着る、といったことですね。服は着る人がいて、初めてブランドになる。つまり顧客の集合体がブランドであり、顧客そのものがブランドなんです。
ある大会社が大赤字で破綻し、その後数年間で経営再建をして過去最高の黒字を出しました。でも彼らがしたことは、簡単に言えば投資をやめて給料を下げ、不良債権を売っただけのこと。だから僕の中で、その会社のブランドに対する愛は決して大きくなっていない。利益を出しても、彼らの顧客に愛される力が上がったわけではないと思っています。つまり、顧客を大事にして、彼らの愛を育てていく。それこそが、ブランドのあり方。僕はそう思っているんです」
佐藤さんが今、マーケティングにおいて大切にしている軸。それが「経営強度」という考え方だ。HAKUHODO THE DAYがこれからも進めていく仕事は「クライアントの経営強度を高めること」である。
「もちろん、売上を増やすことは大切です。でもそれだけではなく、確実なファンやロイヤリティ、顧客からの愛を育てることも行わなくては生き残れない。顧客からの愛の強さ。それこそが僕らの言う経営強度です。マーケティングには数字と別に、経営強度というもう一つの軸がある。そして大事なのは、いかにファンを作り、いかに愛されるか。マーケティングとはそれを考えることで、ヒットや流行という言葉で片づけられるものでは決してない。
今はユーザーがメディアになる時代。それを踏まえて、企業やブランドは、もっともっと顧客に支えられる存在になっていくべきです。顧客と深い絆を作り、顧客そのものがブランドになり、顧客がブランドを背負っていく。その結果、経営強度が高まり、ブランドが文化レベルにまで行き着けば素晴らしいこと。僕らはこれからも、そのお手伝いをしていきたいです」
(終わり)