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僕らは偽物を、木だと思い込まされてきた
樹齢100年を軽く超える日本産の樹木から切り出した一枚板。かつて外資系企業の営業担当だった坂口祐貴さんはその素晴らしさに魅せられ、2年前にプロダクトメーカー『ワンダーウッド』を立ち上げた。木材の知識はまったくなかった「ミレニアル世代」の坂口さんの心を大きく動かした、木の魅力とはいったい何なのか。そして彼は一枚板にどんな思いを込め、何を実現しようと考えているのか。
写真=三輪憲亮
例えば、日本に二人しかいない木挽職人のうち一人。例えば、世界的ブランドの元ゼネラルマネージャー。めったなことでは心を開かないであろう多くの人が、彼の話に深く聞き入り、時には一緒にお酒を飲み、語り合い、活動を手助けする。
「僕、運だけはいいんですよ」
プロダクトメーカー『ワンダーウッド』代表・坂口祐貴さんはそう語る。坂口さんが取り扱うのは、樹齢100年を超える天然国産木から切り出した天然の一枚板。熟練の職人が切り出し、仕上げた一枚板をお客さんに販売する。それが彼の仕事だ。
「知り合った方々に、自分が好きなことやハマっていること、ワクワクしていること、情熱を傾けていることを、気持ちのまま話しているだけなんです。感覚としては、好きなものを友達に勧めている時に近い。ありのままの気持ちでやらせてもらっています。
確かに以前の仕事では『こういう順番でこうやって話をすれば相手の心をつかめる』というセオリー通りに商談を進めていたこともありました。でも今は、まったく意識していません。今の僕は心から好きなものを扱っていて、自分にいっさい嘘をついていない。胸を張ってそう言い切ることができます。その思いがダイレクトに伝わった結果、多くの人がサポートしてくれているとすれば、本当にうれしいです」
かつてP&Gの営業マンだった彼は無垢の一枚板に魅了され、2016年にこの会社を立ち上げた。住宅のテーブルや寿司店などのカウンター、そしてまな板などに使われる、国産の天然木の一枚板。その特徴を、彼はこう語る。
「日本の樹木は表情が豊か。よく締まっていて、濃い年輪がしっかりと出る。それは、四季がはっきりしているから。ちなみに海外の気候のメリハリが少ない地域の木は、年輪がぼんやりしていることが多いです。
例えば僕は昔、アフリカのガーナに住んでいました。向こうは1日中雨が降るようなことはほとんどなく、いきなりスコールが来て、あとは毎日晴れ。それが1年中続き、日照時間も長い。だから木は日本の2~3倍の速さで育ちますが、その分、密度は低い。そのように、場所によって木の表情はまるで異なります」
一枚板を使ったプロダクトの仕上げにおいては、板をウレタンで固めるのが一般的。そして木の割れや穴は、価値を下げる要素。坂口さんは、古くからあるその考えを好まない。
「木はもともとたくさんの水分を含んでいますので、『動く』ことが当たり前。いきなりグイっと曲がったり、割れが出てきたりします。なぜなら木は一枚板の状態でも、生きて呼吸をしているからです。でも、世間一般では木が動くことはクレーム対象なので、表面をウレタン塗料で固め、呼吸できなくしてしまいます。
僕の考えは世間と真逆。木が動くのは自然なことです。だから、ショールームにご来店いただいたお客様にも『うちの木は動きます。それが嫌ならば、ウレタンで固めて作ったプロダクトを選ばれた方がいいと思います』と、はっきり言います。
また、多くのプロダクトメーカーは木の割れや傷がある個所は切り捨て、きれいな部分だけを『いいとこ取り』しています。そこも真逆で、僕は割れや傷にひかれていて、割れや傷、穴をずっと触っていたい。そしてショールームに来店いただいた多くのお客様が『この割れがあるからいいんだよね』と、僕の姿勢に共感して下さります。逆に僕が驚いてしまうぐらいです」
売り手はいいとこ取りをせず、ただ、ありのままの姿を見せる。坂口さんはそれが大事だと考えている。
「結局、みんな量販店で買える家具やプロダクトに飽き飽きしている、ということなのでしょう。その思いがはっきりと顕在化していないだけで、心のどこかにそういう気持ちを持っている。つまらないマスプロダクトだらけ世の中に疑問を持っている。今、それを強く感じています。
世の中の人達は皆、木は動かないことが普通で、穴や割れもないと思っている。かつて僕自身もそうでした。生まれてから本当の木に触れる機会がほとんどありませんでしたからね。実際は木製のプロダクトと称しても合板でできていたり、ひどい時は木目調のパネルやシールが貼ってあるだけだったりする。僕らはそういった偽物を、木だと思い込まされてきた。
ウチの一枚板の場合、もちろん反り返ったり割れが出た時は、こちらでしっかり補修します。メンテナンスすれば、新品と同じ状態にちゃんと戻りますから安心して下さい(笑)。
例えばヨーロッパの家庭には、おじいちゃんの代から何十年も使い続けてきたテーブルがあったりする。彼らにとって、動く木をメンテナンスするのは当たり前。一枚板は樹齢と同じ年数使えると言われています。何代にもわたって長く使うことができ、結局、金銭的な負担は少ない。そんな、いいものをメンテナンスして使い続けるというカルチャーを、日本に定着させていきたいと思っています」
ワンダーウッドが扱う一枚板の価格は、標準的なもので50~60万円。樹齢1000年を超えるような古い木であれば、さらにケタが一つ増える。決して安価な買い物ではない。値段を左右する要素は希少性の他、大きさや樹齢、乾燥具合など。また、玉杢など木目の数や出方によっても、価格は大きく変わる。坂口さんは一枚板の価格設定の不透明さにも、疑問を抱いていた。
「玉杢(たまもく)とは、板の表面に現れる丸い模様のこと。すべての樹木にあるわけではなく、特に古い木に出やすく、珍しいとされています。この数や出方で値段が大きく変わり、しかもそれが言い値だったりするんです。この業界の人だけの価値なので、正直、僕にはワケがわからない。つまり、お客様が本当に求めているものと、売り手が売りたいものの間にギャップがあるわけです。
そこで、ウチはそういう考えはいっさいやめました。樹種ごとの単価を決め、あとは幅と長さと厚みに応じて値段が決まります。つまり、誰でも価格を弾くことができる。
僕から見ると木の業界はすごく古い。もちろんいい部分もあるのですが、自分みたいにずっと木を扱ってきたわけではない人間だからこそ、シンプルな疑問が浮かぶ。よりお客様に近い感覚を生かして、疑問を感じたことはどんどん変えていこうと思っています」
そんな坂口さんがワンダーウッドを立ち上げるに至ったのは、地元・鳥取のカフェで一枚板を使ったテーブルに出合ったのがきっかけだ。公務員のごくありふれた家庭に生まれ育った坂口さんがなぜ、木の一枚板に心を奪われたのか。Part.2では、坂口さんが起業した背景と、ワンダーウッドの販売戦略について話を聞いていく。