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細かな検証を重ね「今までにないオフィス」を、いち早く作る
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細かな検証を重ね「今までにないオフィス」を、いち早く作る
もっと自由で効率的な働き方を求め、多くの企業がさまざまな試みにトライしている。その一つが、サテライトオフィスの活用だろう。三井不動産が全国で展開する「ワークスタイリング」は、組織に所属するビジネスパーソンが自分に合った新しい働き方を実現するためのサテライトオフィス。今回は、この事業を手がける同社ワークスタイル推進部の川路武さんにお話をうかがう。
写真=三輪憲亮
三井不動産が展開する法人向けシェアオフィス「ワークスタイリング」は現在、全国30拠点で展開されている。その核となるサービスが「ワークスタイリングSHARE」だ。各拠点はオープンな作業スペースや打ち合わせのできるボックス席、テレビ会議システムつきの会議室やセミナールームや一人用の完全個室など、バリエーション豊かなスペースを備え、受付にはコンシェルジュが常駐。「ワークスタイリングSHARE」の会員になれば、これらはすべて使い放題だ。
そして大きな特徴が、従量課金制の料金設定。基本となる入室料に加え、個室や会議室、複合機やロッカーなどはすべて使った分だけ、10分単位で精算できる。
「初期費用も月額の固定使用料もかかりません。ですから、いつ使うかわからなくても、登録だけでもどんどんして下さい、とお勧めしています。本サービスの最大の特徴はセキュリティです。いわゆる通常のコワーキングスペースは、オープン性を確保するためにセキュリティについてはそこまで厳密ではないスペースもあります。法人での利用をあまり想定していない分、例えば契約外の方がふらりと入れてしまう場所もございます。
その点、ワークスタイリングは法人向けに限定しております。企業が最も気になるセキュリティという面で差別化を図らないと、企業の管理担当者様にご納得いただくことはできません。そのため厳密な管理をして、企業が求める高いセキュリティレベルを確保しています。
例えば営業時間中、受付にはコンシェルジュが常駐し、オープンスペースにはセキュリティカメラを備えています。他にも扉付きの電話ブース、ロック機能付きロッカーなどを完備。ネットワークセキュリティについても不正通信感知システムを導入し、Wi-Fiについてもウイルスの有無を常にチェックします」
中でも厳密に行っているのが、会員の入退室管理。社員3000人が利用する会社もあり、その中でどんな人が来るかも、毎日変わる。そんな状態で全会員にナンバーを振って会員カードを渡すのは、管理が非常に煩雑になる。では、どのように管理を行っているのか。
「すべての会員さんには必ず個人単位で、名前やメールアドレスなどのデータを登録し、ワークスタイリングのWEBアプリを通じてご利用していただきます。こちらはチェックインのたびに、ワンタイムのQRコードを発行。これにより本人確認と、各拠点における入退室と利用時間のログ管理を行っています。
スマホアプリの『マイページ』には、会員さんのすべての利用履歴が出ます。つまり、どこの会社のどんな方が何月何日の何時にどこに入り、いつ退出したかが、すべてわかります。要は、勤務管理簿にもなるということです。
これらがすべて記録できることが、従量課金システムにつながっています。誰が何時にチェックインしたか全部わかるからこそ、10分単位でご請求金額を計算することができる。
使用料を1カ月単位で月額課金し、出入り自由。それが今までの多くのシェアオフィスの課金方法でした。要は、誰がいつからいつまでいたかを管理するのは難しいので、ひと月いくらでお支払いください、ということです。
それに対してワークスタイリングSHAREは、入室すれば10分単位で課金されるけれど、使わない時は料金はかからない、という従量課金システムを導入したということです。これはITテクノロジーなしにはできませんでした。
これは不動産会社としては、ビジネスモデルの転換へのチャレンジでもありました。今までは『今月はほとんどお使いになられていませんでしたが、月額でご契約いただいているので満額お支払い下さい』というビジネスモデルでしたが、従量課金制では『今月は使っていらっしゃらないので、ご請求はございません』となるわけですから」
ワークスタイリングの「法人向け多拠点型シェアオフィス」というビジネスモデルは前例がないものだ。ゆえに運営においては、細かな検証を丁寧に行いながら、PDCAサイクルを回している。
「例えば、会議室やオープンデスクに備えている文房具類。会員さんは筆記用具や付箋、電卓などが好きに使えます。これについてはいろいろと試行錯誤し、何が必要なのか、付箋や筆記用具のセレクトまで、細かく研究を重ねてきました。他にもパソコンに接続するケーブル類やマウスなども、ニーズに合わせて最新のものを十分な数そろえました。
また、デスクワークや打ち合わせの快適性やプライバシーの確保にも気を使っています。例えば少人数の打ち合わせ用ブース。私達はこれを"ファミレスブース"と呼んでいるのですが、これまで何度もアップデートを繰り返しています。上まで壁をつけてみたり壁をガラスにしてみたり、他にも照明の高さや机そのものの大きさなど、数㎝単位で何度も変更し、今は初期のものからかなり違うデザインになっています。
机の大きさに関してもそうです。資料を広げながらパソコン作業をするとなると、ほんの数㎝のスペースの足りなさがすごく気になるもの。ですから十分なスペースを確保できることを考えました。
各スペースの快適性については、考え方の転換が必要でしたね。私達はもともとビル事業を営んでいますから『このスペースは何坪だから、デスクがこれだけ入る』という考え方のもとで採算を考えていきます。ところがこの事業においては、その考えではダメなんです。なぜなら、隣の席には別の会社の会員さんが座っているかもしれないからです。
ですから人と人が会話する場合に最低限必要な間隔ではダメで、他の会員さんの目に入りにくく、快適に働くために必要な間隔はどれぐらいなのか、という観点が必要になる。すると、机の大きさや空間が変わってくる。
快適な距離感とそれに対する机の大きさ、そして座れる人数。ここの計算はもう感覚なので、もし仮に会員さんにアンケートを取ったとしても、書面のYes、Noには決して表れてきません。ですから、会員さんからの『ちょっと隣がうるさいんだよね』といったさまざまな情報をかみ砕き、それをデータに落とし込んでいくしか方法はない。そして『やっぱりあと5㎝離した方がよさそうだね』といった細かな検証を、ひたすら繰り返していくわけです」
特に気を使っているポイントの一つが、会議室におけるホワイトボードの筆跡の消し忘れだ。
「セキュリティとも密接に関係してくるのですが、ワークスタイリングの会議室は、1時間後には別の会社が使うことが当たり前。ですから、ホワイトボードの文字の消し忘れが残っていたら、それこそ信用問題です。そのため、常駐スタッフは今、どんな会社の人達が会議をしていて、次にどんな会社の誰が会議室を使うのかを常に把握し、会議が終わると、まるで新幹線の車内清掃のように大急ぎでホワイトボードをきれいにして、会議室を整えます。
会議室にまつわる話として、もう一つ大事なことがあります。それは、ホワイトボード用のマーカーペンがちゃんと使えるかどうか。ホワイトボード用のペンのインクが切れていることってよくありませんか? せっかくのアイディアを書こうとして、インクが出ずに隣の部屋に若手が走る。この時点で3分は時間をロスしています。これを生産性向上の観点から考えると、サービス提供者の我々が意識すべき点だと思っています。ですから毎朝、使えるかを必ずチェックします。クリエイティブな仕事に集中できる環境作りは、備品一つの管理から始まっていると思っています」
コンシェルジュが直接ヒアリングしたり、LINEなどさまざまなツールを活用して意見を拾うなど、会員の声はさまざまな形で運営にフィードバックされる。
「集めた会員さんの意見はすべての拠点で共有し、できることとできないことを判別します。そしてワークスタイル推進部と運営会社が一体となって情報共有しながら、何をどこからやっていくかを検討し、メールやショートメッセージなどさまざまな形で会員さんとコミュニケーションを取りながら、直せるところをいち早く直していきます。実はこういった運営面は、三井不動産としては得意分野です。なぜなら、これまでビル管理で培ってきたノウハウがあるからです。
私達がすべきは、今までにないオフィスを速く作ること。例えばオフィスに緑が足りないと言われたら、緑いっぱいの会議室を作ってみる。計画を練ったら、どんどん実行する。そして、アップデートを素早く繰り返していくことが、未来のオフィスづくりにつながると考えています」
次回Part.3は、川路さんのこれまでのキャリアとコミュニティ作りのポイント、そしてワークスタイリングの新展開について。