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「ビジネススタイリスト」という新たな職域
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「ビジネススタイリスト」という新たな職域
もっと自由で効率的な働き方を求め、多くの企業がさまざまな試みにトライしている。その一つが、サテライトオフィスの活用だろう。三井不動産が全国で展開する「ワークスタイリング」は、組織に所属するビジネスパーソンが自分に合った新しい働き方を実現するためのサテライトオフィス。今回は、この事業を手がける同社ワークスタイル推進部の川路武さんにお話をうかがう。
写真=三輪憲亮
ワークスタイリングを活用することで、これからの日本企業の働き方はどのように変わっていくのか。川路さんは、いわゆる「働き方改革」が単なる「時短」で終わってはいけない、と考えている。
「そもそも生産性を測るのは難しいこと。誰もまだそれを数値化できていないし、そもそも生産性が数値で測れるのであれば、すでに国の指標になっているはずですから。
じゃあワークスタイリングにとっては、何をもって生産性の向上するのか。ワークスタイリングを使う目的が移動時間の削減だけだったら、ちょっともったいないなと。『ワークスタイリングで会議すると、意思決定が早まる』とか『3カ月間ここで定例会議を行ってみたら、優れたプロジェクトが一つ花開いた』といった成功事例が、出てくることを期待しています。そういった事例を生み出していければ、私達は働き方改革において、次のフェーズに行けると思っています」
川路さんが生産性の向上とともに期待しているのが、コラボレーション。常駐するビジネススタイリストが会員同士のマッチングを行うことで、相乗効果が生まれると考えている。
「営業に出かけた際に近くのワークスタイリングに立ち寄れば、時間の節約になる。でもそれだけでは、カフェでメールを返すのと大差ない。せっかく自分の会社以外の場所で仕事をするのですから、新しいつながりや、今までと違った新しい発想を得たい。オープンイノベーションは、会社の中だけでは決して生まれません。イノベーションを作り出すためにも、ワークスタイリングを上手く利用したい。多くの会員さんにそんな期待を寄せていただいています。
そのために今、人と人をつなげるビジネススタイリストという新たな職を作り、主要拠点に常駐させています。例えばワークスタイリングに来て『~社の~です』と名乗ると『昨日、同じ会社の~さんがいらしていましたよ』とか『先日、~さんと同じ職種の方がお話ししたいとおっしゃっていました。よろしければおつなぎしましょうか?!』というように、社内、社外の人をつなげていくのが役割です。ビジネススタイリストは新しいコラボレーション生み出すために。そういった情報収集を常に行っています」
ただし、ビジネスマッチングはそんなに簡単なものではないことも、よく理解している。
「そもそも企業の思惑とは、簡単にかみ合わないものです。こちらの会社は半年後に10億円単位のプロジェクトとしてやりたいけれども、こちらの会社は1年半後に100億円単位で動かしたい、となると、やることは同じでも、こういった場合は上手くいきません。ある程度の資本を投下してビジネスを進めようとすると、すり合わせやお互いの立場の尊重が大事になってくる。そんな考えのもと、ビジネスマッチングというよりもパーソンマッチングに近いニュアンスで、関係性が生まれそうな方々をお引き合わせする機会を作っていきたい。そのきっかけとして、今後はイベントなどの交流の起点をどんどん増やしていこうと思っています」
そのための課題は、これまで日本にはなかった「ビジネススタイリスト」という職業を確立していくことだ。
「ビジネススタイリストにとって特に難しいのは、会員さんとの距離感です。日本人は基本的にシャイなので、気持ちの障壁をいかに取っ払うかがポイントになる。近づきすぎても遠目から眺めているだけでもいけません。いかにして打ち解けやすい空気をその場に今作るか。その答えを探っています。
ほぼ日本になかった職業なので、難しい面は多々あります。人によって、気づくポイントも異なりますし。ですから今は、1週間に2時間ほど、ビジネススタイリストのみなさんの話をひたすら聞いています。例えば先週はこんな人に会って、この人はこうだった、この会社の人はこうだった、という話を聞くことを、ずっとしています。
もちろん僕にも『ああ、言い方を間違えたかな』とか『これはわからないなあ』ということ思うことはたくさんありますよ。明確な答えが出るものではないので、すごく難しいですよね。今は会員さんに直接意見を求めたりしながら、ワークスタイリングなりの"流儀"を作っている段階です。なかなか大きなチャレンジですが、NPO法人の経験を上手く生かしていけたらいいですね」
ワークスタイリングの各拠点にとって、今の状態がゴールではない。常に顧客目線を持ち、実際の意見を聞きながら試行錯誤を重ね、絶えず変化をし続けていく必要がある。きっとその先に、日本人の生産性向上に対する明確な答えがあるはずだ。