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購入体験に紙を差し込み、今までにない面白さを作る

石川 森生 いしかわ もりう さん (株)ディノス・セシール CECO 兼 EC企画1部ゼネラルマネージャー



製菓・製パン材料などを扱うECサイト「cotta」を運営する株式会社TUKURU代表取締役から、株式会社ディノス・セシールのCECO(チーフEコマースオフィサー)に転身した石川森生さん。「Eコマースのスペシャリスト」として、ベンチャーから通販大手へのキャリアチェンジを果たして2年。総合通販が抱える課題に対するこれまでの振り返りとこれからのビジョンについて、語っていただく。

写真=三輪憲亮


Part.3

 

■マーケターに「売り上げを作る力」なんてない

 

 社内のEコマース環境の整備は、その後も続いた。特に、ベーシックなEコマースの運用体制作りには、約1年半をかけた。

 

「以前はカタログとEコマースの売上は完全に連動していました。それはつまり、Eコマースがカタログの受注チャネルに過ぎないという表れ。Eコマースのいいところが、季節の変化などさまざまなきっかけによって、簡単に店構えを変えられること。例えばリアルの店舗でもそうですよね。雨が降ったらレイングッズを前に出すし、おいしいキャベツが入ってきたらそれを山盛りにして、目立つ場所に置くものです。

 

お客さんがほしがっているものを一番いいタイミングで出す。それは、Eコマースであれば実現できること。でもディノス・セシールでその運用体制を整えるまでには、1年以上かかりました。この"筋トレ”期間は、なかなかしんどかったです(笑)」

 

 ディノス・セシールは事業部制を敷いており、ファッションやリビングといったカテゴリーで分けられている。その縦割り構造に対して、Eコマースという横串を刺す必要があった。

 

「例えば『母の日に何かして売上を作ろう』という考えはどの事業部にもある。でも彼らは各部門ごとに『母の日の特集』をそれぞれ作ってしまう。その結果『母の日ディノスファッション特集』『母の日フラワー特集』というように『母の日○○特集』がECサイト上に大量にでき上がるわけです。

 

これ、ものすごく効率が悪いですよね。お店に入ったら『母の日フェア』をやっていますと書いてあるから見てみると、3階と4階と5階と6階、それぞれでやってます、みたいな。しかも、それぞれにリンクも貼っていない。そんな状態でした。それをやめてすべて集約し、私達がこの時期にこういう全体企画を立てるから、部署ごとにエントリーする形にしてほしい、とお願いしました。

 

 

要はすべてをまとめて、ディノスのファッション部から、ディノスの美容健康部から、ではなく、一つの店舗としてのディノスからお客さんにアプローチをする、ということ。おそらく各部門のMDは思い通りにできなくなり、不自由を感じたはず。だから、一つひとつ説得です。『ECとしてディノスが伸びるために必要なことなんです』と。

 

EC本部は、社内ではあくまで『お願いする立場』。『今はこの時期なので、こういった商品をこれぐらい用意してほしい』と頼む立場なんです。なぜかというと、売り上げの取り合いといった事態を避けるために、私達は商品を持っていないから。私達はあくまで会計管理上のEコマースの売り上げを追いかけています。従来の形のまま商品はあくまで持たないので、各部にお願いをしにいく必要がある。


向こうからすると仕事のメインはあくまでカタログ通販ですし、実際に一番大きな売り上げのヤマはそこで生まれる。それも事実なので、こちらの戦略を実現させるためにもお願いが欠かせないわけです。

 

実はマーケターには「売り上げを作る力」なんてない。小売で言えば、花形はMD。彼らがいい商品を持ってきてくれるから売れるわけで、マーケティングでできることは商品と生活者との間を取り持つことだけ。売り上げは商品につくんです。それを考えると、MDを巻き込めないマーケターはイケてない。だから、MDにお願いすることがストレスならば、小売のマーケターの仕事は成り立ちませんね(笑)」

 

 石川さんの入社からしばらく経った2016年の秋から、Eコマースの売り上げはカタログ通販の動きと比例することなく、独自の上昇曲線を描くようになった。

 

タイミングと中身を精査して、常にベストなオファーを出す。言うだけなら、特に難しくもなんともない話です。でも『言うは易し行うは難し』。それぞれの部門の皆さんが疑問を感じて足踏みをしてしまうところの説得も含めて頑張れるかどうか。そこに尽きます。実際に売り上げが伸びてくると、それが成功体験となって、皆さん『じゃあ、もっとこうしようよ』と前向きになってくれます。

 

 

この流れは今も変わっておらず、それ以来、Eコマースによる売り上げはカタログの売り上げ曲線とは徐々に独立して動き出し、上昇していってます。どんどん筋肉がついている印象がありますね。でも振り返ると、この社内での環境整備がデジタルマーケターの仕事かというと、そうでもないのですが(笑)」

 

■紙のコンテンツと発送タイミングをパーソナライズする

 

 紙のカタログをEコマースでリプレイスすることはない。Eコマースのテクノロジーを使って、カタログ(紙)の弱点を補う。それが石川さんの入社当初からの考えだった。では、石川さんが考える「紙の弱点」とは何だったのか。

 

「例えば余暇時間を消費する対象が相対的に少なかった20年~30年前は、リッチなカタログがタダで自宅に送られてくること自体が立派なサービスでした。なぜ当時、生活者がカタログにあれだけ時間とお金を使ったのか。それは当時、カタログを眺めて買い物をすること自体が、すごく面白い体験だったからです。家にいて時間が余っていた。カタログが届いたからソファで寝っ転がって眺め、注文したらそれが1週間ぐらいすれば届く。それ自体がスペシャルな体験だったのだと思います。

 

でも、残念ながら時代は変わりました。スマホが登場し、SNSやソーシャルゲームなど、余暇時間を消費する対象が山ほど出てきた。そんな中で今、紙の一番の目的はリテンション、すなわち顧客関係維持。カタログは既存のお客さんとの関係を維持するためのツール、ということです。

 

では、Eコマースにおけるリテンションとは何か。メルマガ、プッシュ通知、LINEでの通知…いろいろな方法があります。そしてEコマースにおけるリテンションと紙媒体におけるリテンションの決定的な違いは何か。答えは、パーソナライズです。パーソナライズできないことが、紙の大きな弱点でした。

 

 

特に大事なのがタイミング。顧客が商品をほしいタイミングでカタログを届けないと、意味がなくなります。例えば家具なんてそうですよね。『安売りしています。明日すぐに届けます』と言われたから買うものでもない。でも今、引っ越しを考えている人ならば、ちょうどいいタイミングだから買い換えようかな、となる。だから、タイミングはすごく大事なんです。Eコマースでは顧客の行動ログを取って、タイミングをパーソナライズできる。これは、紙では残念ながら不可能でした」

 

 カタログを1冊作るのには3カ月~半年かかる。そしてでき上がり、配送されたら一気に売り上げが上がる。そんなサイクルが確立されていて、すべてのトリガーは事業者サイドが引く。この部分が紙媒体の弱点であり、Eコマース側の経験しかない石川さんの目には、大きな違和感に映った。

 

「そこで考えたのが、紙のコンテンツで発送タイミングをパーソナライズできたら、ウチの大きな競争優位性になるということ。もちろん通常のオフセット印刷では無理ですが、デジタルプリントであれば、印刷の作業自体はすごく速い。例えばメルマガを送信するタイミングで、同じデータをデジタルプリンターに送れば、それだけで印刷がかかる。それをすぐさま送ることができれば、紙もパーソナライズ化できるのではないかと。

 

つまり素材としての紙がダメになったわけじゃなく、カタログが余暇時間の奪い合い競争に勝てなくなってきている、と思っています。つまり購入体験の中に紙を上手く差し込み、それにより今までにない面白さが作れたとすれば、それは確実にウチの強みになる。そう思いました」

 

昨年9月に、カートに入れっ放しで購入せず、忘れている顧客に対し、ダイレクトメールを送った。これが同社で初めての、紙によるパーソナライズ施策となった。

 

「カート離脱」の顧客に対し、最短24時間で紙のDMを印刷・発送

 

「Eコマースでカートに商品を入れたけれども、買わないで出て行ってしまった。そんなことってよくありますよね。今、ほとんどのECサイトで実践されているシナリオなのですが、カートに入れっ放してしまった商品について、自動で顧客にメールが飛ぶ仕組みになっています。ウチはそのデータをデジタルプリンターに向け、紙のダイレクトメールを送ってみたのです。

 

顧客からすると、昨日サイトで見てカートに入れた商品についてのお知らせが、最短で24時間後に印刷されてポストに投函されている。これが顧客体験としてベストかどうかはいったん置いておき、テクノロジー的には十分可能。実にすごいことです。これまでダイレクトメールを送るには、2週間かかるのが常識でした。それが今、覆りつつある。

 

もちろん、すべてにおいて活用できる施策とは思っていません。ビジネス上の条件が満たされるかどうかは、シナリオによっても変わってくるでしょう。例えば100円のものを売るためにダイレクトメールを投げても、ビジネスにはなりません。紙をメインとする通販会社によるデジタル活用の一つの答えにはなったと思いますが、まだまだ考える必要がある。

 

とはいえ確実に言えるのは、今後、紙による体験はどんどん希少化するということ。今までは、SNSやソーシャルゲームと比較して、時間とお金が回ってこなくなっていただけ。紙を使った面白いコンテンツを提供できるならば十分戦えるし、同業他社との差別化になる。購入体験の中に紙をどう差し込むか。まだまだ研究中ですが、今後、大きく伸びる可能性があると思っています」

 

 

 ただし今後、Amazon、楽天、Yahoo!などの総合通販と戦うつもりはない。

 

「こういった、紙とデジタルを上手くミックスするやり方を模索しているのは、当社の顧客の年齢層が高いからというわけでは決してありません。むしろ、若い世代に対しても紙でアプローチしたいと考えています。その際、競合として考えられるのはどこか。そう。大手の総合通販ですよね。

皆さん生活者として考えた時、普通は最初にAmazonや楽天、Yahoo!に行きます。でも、その次はディノスで! とは残念ながらなりません。そこは現実がちゃんと見えています。そもそも彼らとは、Eコマース単体で戦うのは難しい。なぜなら、戦っているルールが違うからです。

 

彼ら3社はもはや小売ではありません。Amazonは利益すら出さなくていいという状態で、楽天さんもYahoo!さんも、広告や金融などさまざまなビジネスを手がける中に小売りがある。どこも、小売で儲けよう、という発想が薄れている。もはやルールが違って、こっちは足を使ってサッカーをしているけど、向こうは足の他も手も使って攻めてくる。そんな状況で僕らはEコマースで頑張ります、と宣言しても話にならない。だからこそ、差別化の一環として、紙を上手く利用しようと考えているのです」

 

 Part.4では引き続き、石川さんが考える紙の活用法とこの2年間の総括、そして今後の企みについて。


プロフィール
石川 森生

石川 森生 いしかわ もりう

(株)ディノス・セシール CECO 兼 EC企画1部ゼネラルマネージャー

1984年東京生まれ。大学卒業後、SBIホールディングスに入社。SBIナビ(現・ナビプラス)の立ち上げに参画、営業統括の責務を担う。その後、ファッション通販サイトのマガシークにてマーケティング部門の責任者、製菓製パン向けECサイトcottaを運営する株式会社TUKURU代表取締役社長を歴任。2016年2月、株式会社ディノス・セシールでCECO(チーフEコマースオフィサー)に就任。同年7月よりEC本部EC企画部ゼネラルマネージャーを兼務している。

※ 会社、役職、年齢など、記事内容は全て取材時のものです

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