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変わりゆくものと変わらざるもの
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変わりゆくものと変わらざるもの
「六花界」「初花一家」そして「クロッサムモリタ」など、ユニークな焼肉店を7店舗経営する森田隼人さん。顧客のロイヤリティを作り出し、VIP感を巧みにくすぐる独自のファンマーケティング手法、そして日本の焼肉業界を変えていくための独自の取り組みについて、紹介していく。
写真=三輪憲亮
吟花の次に作ったのが、熟成肉をお出しする『五色桜』。日本酒を使って発酵させる熟成方法は、オリジナルの技術である。そして 熟成肉を創作料理として楽しむ店が『極』そして新しく作った『トライリウム』である。
「六花界、初花一家、吟花、五色桜、極、トライリウムそしてクロッサムモリタ。このピラミッドは、いわば一つの学校。ここにはテクノロジーとエデュケーション、そしてエクスペリエンスがある。ここにある一連のストーリーのすべてを体験していただくことで、僕らが伝えたいことが見えるはずです」
森田さんは六花界からクロッサムモリタまでのピラミッドにおいて、肉と日本酒に関する深い知識をつけてもらうことで、新たな流れを作っていきたいと考えている。
「例えば牛の飼育から屠畜までの仕組み、そして肉には一般的に流通する部位としない部位があり、それらがどのようなプロセスを経て消費者の口に入るのかについて、正しい知識を持っている人はほぼ誰もいません。だから、それについての啓蒙を行っていきたいと考えています。
世界には、たくさんの『なぜ?』があり、ビジネスチャンスとはそこに生まれるものです。特に食肉業界には、明らかにおかしな部分がいくつもある。僕はそれを、どうにかして壊していきたい。今はまだ詳しいことを申し上げられませんが、今後は牛の生産者さんなど、さまざまな人達と組んで新しい動きを作り出していきます」
森田さんは、テクノロジーの進歩によって今後、食肉にドラスティックな変化が訪れる可能性を示唆する。
「そもそも屠畜とは、家畜の命を奪う厳しい仕事です。でも、テクノロジーの進歩がそんな現状を変えていくかもしれない。例えばこの先、ひょっとしたらIPS細胞の研究がさらに進み、安い値段でおいしい肉を作り出すことができるようになるかもしれない。
例えばシャトーブリアンは、今は100gで1万円ほどします。それをボックスの中に入れてボタンを押すと、機械が細胞を取ってまったく同じシャトーブリアンができる。これはすでに実現しているテクノロジーですが、今は100gで約500万円するそうです。でもひょっとしたら、それが500円で作れる時代が来るかもしれない。
そんなわけがない、と笑えますか? じゃあ誰が20年前に、今のこの世を想像したでしょう。誰もしていませんよね。当時はあり得なかったことが、すでにたくさん実現しています。その現実を考えると、そう遠くない未来には、屠畜そのものがナンセンスとなる世の中ができ上がっているかもしれない。ひょっとしたら"有名料理研究家のIPS細胞料理講座"が始まっているかもしれない。せめてその時に『シェフ』という言葉だけでも残っていてほしいし、そうなった時に抗えるだけのものを築いておきたい。だからこそ今、さまざまな試みを行っているのです」
また日本酒についても、海外展開に向けた具体的アプローチの第一弾として、スペインでイベントを開催することが決定した。
「今、バルセロナでは日本食が大人気で、日本食レストランの出店ブームが続いています。でもその中で、実際に日本人が経営しているお店はわずか。日本酒に関する深い知識を持つ人もほとんどいません。そこで今年5月28日、29日の2日間、バルセロナの和食店で日本酒のイベントを行うことになりました。新たな海外展開についても、ぜひ、ご期待いただけたらと思います」
テクノロジーの発展によって、世界が予想もできない方向に大きく変わっていくかもしれない今、森田さんが考えているのは、客単価6000円以内のオーソドックスな焼肉店を作ることである。
「ある和牛の生産者さんと組んで、これまで考えていることを汎用的な形に落とし込んだ店を作っていきます。これまでに作ってきた店と比べるといたって普通な大衆的なお店で、新しい文化を作っていこうと思います。
僕たちはずっと新しいことをやってきて、それがたまたま上手くいった。いろいろありましたが10年近くやってこれたのは、正解だったからだと思います。そうじゃなければ淘汰されてるはずですから。それを踏まえて今後は、ごく普通の店をやっていく。奇抜なことは何もなくても、しっかりと続けていくことが大事だと実感しているからです。電車や車に乗って遠くから来てもらえて、月に一度のごちそうとして地域の皆さんにも喜ばれる。そんな店を目指したい。それこそが、ずっと残っていく名店だと思いますから」
でも、森田さんが作る店だ。当然、本当に「ただの普通」で終わるはずがない。
「今、トライリウムで使っている新しいガスのシステムを使って、肉を最高の状態で食べていただきます。これを使えば、誰でも肉を焦がさずにおいしく焼くことができるんですよ。僕が焼肉店で一番嫌なのは、焼きながら話をしてビールを飲んでいるうちに肉を焦がせてしまうこと。それは、命を粗末にしていることになりますから。
焼肉店というカテゴリーは生まれてまだ60年ほど。今は皆さん、ガスと炭はどっちがおいしく焼けるか、といった論争をしていますが、本当にうまい肉の焼き方はまだまだ追求する余地がある。ぜひ、今後を楽しみにしていて下さい」
これまでクリエイトしてきたのは"普通じゃない"店。だがこれから作るのは、普通の佇まいの中に、最新のテクノロジーを詰め込んだ店。テクノロジーの進歩によって、世界はドラスティックに変わっていく。だからこそ森田さんは「変わらない価値」を見極め、突き詰めていこうと考えているのだ。
※ 会社、役職、年齢など、記事内容は全て取材時のものです