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日本のアイドルマーケットを輸出する
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日本のアイドルマーケットを輸出する
今月登場いただいたのは、HAKUHODO THE DAYのコピーライターでありつつ、"チーフアイドルオフィサー"として、アイドルを始めとする日本のガールズポップカルチャーを海外に紹介するウェブメディア「Tokyo Girls' Update」を展開するALL BLUEの鶴見至善さん。大のアイドル好きである鶴見さんが語る「アイドルとはマーケティングである」という言葉の意味、そして会社の中で好きなことを続ける彼の働き方について、お話をうかがっていく。
文=前田成彦(Office221) 写真=三輪憲亮
「アイドル=マーケティングです。それは間違いありません」
語るのはHAKUHODO THE DAYに勤めるコピーライターであり、アイドルを中心とした日本のポップカルチャーを海外に紹介するALL BLUEのチーフアイドルオフィサー・鶴見至善さん。同社が手がけるウェブメディア「Tokyo Girls' Update」は、どのようなコンセプトとビジネスモデルで成り立っているのか。まずは、そこから話を聞いていく。
「ウチが手がけているのは、アイドルコンテンツを使った海外事業展開。簡単に言えば、日本の『Kawaii』を海外に輸出する事業です。Tokyo Girls' Updateは今、主にアメリカ、フィリピン、インドネシア、香港、台湾など世界160カ国以上からアクセスがあります。このメディアは会員数約50万人で構成されていて、会員は無料会員と、月4ドルを支払う有料会員に分かれます。有料会員には動画コンテンツが見放題、無料会員では読めない過去記事を読むことができる、といった特典があります。
そしてメディアとしての情報発信に加え、Eコマースによる物販や動画コンテンツ配信、イベントプロデュースの他、クラウドファンディングなども行っています。例えば海外から『私達の国で、このアイドルにライブを開催してほしい』と要望があれば、まずチケット代の代わりとしてお金を募り、ライブが実現するように環境を整えたり。あとは、アイドルのPV制作費を集め、お金を出してくれた人にはPV内に参加の証明を何らかの形で入れたり、という感じです」
鶴見さんがアイドルを好きになった原点は、モーニング娘。だった。中学時代、彼女達がテレビ番組『ASAYAN』から誕生して間もないころからすっかりハマり込み、次第に「アイドルおたく」になっていった。
「モー娘。もデビューしたばかりのころは、ライブに行くとおじさんばかり。特攻服の人なんかもいて独特な雰囲気だったのを覚えています。ところが'99年に『LOVEマシーン』で彼女達が大ブレイクしてからは、ライブに家族連れが増えたりと、明らかに客層に変化があった。それまで閉じていたアイドル文化が、誰でも普通に応援していいものなんだと感じられた瞬間でした。
それ以降、AKB48、ももいろクローバー、というように、いろいろなアイドルに反応していくようになりました。僕の持論なのですが、アイドルとは花粉症のようなもの。花粉症の発症をよく、水道から落ちる水とコップに例えますよね。花粉症は花粉を一定量以上を吸うと、コップから水があふれるように発症し始めて、スギ花粉だけでなく、いろいろなものに反応するようになります。それと似ていますよね。一定量を超える刺激を受けると、どんどんいろいろなアイドルにハマっていくし、一度離れてもいずれまた発症します(笑)。
ちなみに、AKB48がデビューしたのが2005年。AKBはもちろん大好きです。そして僕が博報堂に入社したのが2007年のことです。AKBの活動をサポートしているのは電通さんなので、今思えば、電通さんに入ればよかったかもしれませんね(笑)」
ALL BLUEは2013年に、博報堂の社内起業プログラムをきっかけに生まれたベンチャー企業。鶴見さんはその立ち上げメンバーの一人だ。鶴見さんは現在もHAKUHODO THE DAYでコピーライターとして働く傍ら、ALL BLUEでアイドルコンテンツの輸出事業などを手がける。現在もそれぞれを行き来しながら、二つの会社でキャリアを積んでいる。
博報堂入社後、コピーライターとして活躍していた鶴見さんがTokyo Girls' Updateを立ち上げ、ALL BLUEでチーフアイドルオフィサーとなったきっかけ。それは、フランスで行われた「Japan Expo」だった。Japan Expoでアイドルグループ「でんぱ組」がライブパフォーマンスを行った時に、気づかされたことがあった。
「でんぱ組は今でこそなかなかの人気がありますが、当時の日本ではまだマイナーな存在でした。でもフランスには、当時すでに熱心なファンがたくさんいました。彼らはすごく熱狂的で、見た目の雰囲気も気持ちの熱さも、日本のヲタクとまったく同じでした。
では、日本ではまだまだマイナーな存在だったでんぱ組が、なぜこんなにフランスで人気があるのか。その理由を考えてみると、YouTubeの存在が非常に大きいことがわかりました。例えば日本ではトップにAKB48がいて、ももいろクローバーZがいて…というように、曲のセールスやテレビ番組での露出度合いに基づいた、序列のようなものがあります。
ところがフランスには、オリコンのチャート情報は入って来ません。だから、彼らは日本のアイドルの動画をYouTubeで、先入観なしに、非常にフラットな目で見ている。つまりフランスでは、日本とはまったく違う序列で日本のアイドルマーケットが認められているわけです。これは、非常に面白いと思いました。そして日本で無名のアイドルでも、海外でブレイクするチャンスが無限に広がっている。それがはっきりとわかりました」
鶴見さんはアイドルというコンテンツの輸出ビジネスに大きな可能性を見た。その背景に感じていたのは、日本のカルチャーを持って行くことの優位性だった。
「例えば、海外の人がアイドルを応援する時のかけ声や合いの手は、すべて日本語。彼らは一所懸命日本語を勉強して、覚えるわけです。
日本人は海外に行く時、その国のマーケットに合わせて言葉を勉強していくのが普通です。でも、こちらがカルチャーを持って外に出ていくと、それを熱狂的に好む人達は、合わせてくれるのです。
例えばグッズ販売の時、日本ではみんなにきちんと並んでもらいます。これは海外でも同じで、みんながそういったルールをきちんと守ってくれます。これはビジネスを展開する上で、ものすごくいいこと。『これが日本です』というものを持ってくビジネスの方が、ずっと楽なんです。
僕は常々『ヲタ語は世界共通語』と言っています(笑)。今、Tokyo Girls' Updateのfacebookページにいいね!を押してくれている530万人近くの人達は、一つの国の国民のようなもの。僕はそう思っています」
日本と海外のアイドルファンは、見た目も気持ちも非常に似ている。とはいえ、いくつかの違いがあるのも確かだ。
「性別の内訳でいえば、日本の場合は基本的に男性に偏っています。そして日本の男性は、アイドルを疑似恋愛の対象のようにとらえる傾向があります。
しかし海外でいえば、男女比はほぼ50%ずつ。女性に人気のある女性アイドルグループも多いです。特にアジアには10~20代の女の子のファンが多いのですが、彼女達は日本のアイドルをファッションやヘアスタイル、メイクなどの見本として考えている。だから、日本で何が流行しているのかを知りたいケースが多いです。
そして日本のヲタクは、2次元と3次元で完全に分かれている。アニメ好きはアイドルにあまり興味がなく、逆もまた然り。ところが海外のファンはアイドルを、アニメなども含む日本のポップカルチャーの一つのコンテンツとして、フラットな目で見ている。そんな印象があります」
鶴見さんがフランスに行った2012年当時、Tokyo Girls' Updateのような、日本のアイドルを世界に紹介するメディアはまだなかった。
「そこで先鞭をつけ、日本のアイドルカルチャーに興味を持つ世界中の人達がアクセスするメディアを持てれば、僕らは日本のアイドルマーケットを輸出する唯一の存在になれる。日本と世界をつなぎ、ひねればさまざまな情報がドバドバと出てくる『蛇口』。そんな役目をしたいと考えて誕生したのがALL BLUE、そしてTokyo Girls' Updateなのです。
ALL BLUEはもともと博報堂の社内起業プログラムから生まれた会社です。応募当時、会社から立ち上げのOKが出る前にサイトを作り、SNSから人を集めて結果を出してしまおう、と考えました。そしてサイトとfacebookページを立ち上げると、いいね!の数はすぐさま10万を超えました。そこで、すごく大きな可能性を感じましたね。もちろん、会社にも認めてもらうことができました。
Tokyo Girls' Updateは最初、アイドル専門のサイトとして考えていましたが、現在はそこからもう少し間口を広げ、アイドルの他、女性アーティストやモデルなども視野に入れています。『Kawaii』を起点として、日本のさまざまなカルチャーを知ってもらいたい。それが、僕らの思いです」
ではなぜ、アイドル=マーケティングなのか。
第2回はその理由、そして鶴見さんが考える「アイドル論」を、深く掘り下げていく。
※ 会社、役職、年齢など、記事内容は全て取材時のものです