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「所有」でなく「シェア」という新しい形
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「所有」でなく「シェア」という新しい形
キャビンアテンダントから転身し、オリジナルのエッグベネディクトやパンケーキで人気を博した「エッグセレント」を立ち上げ、4店舗まで拡大させた神宮司希望さん。この3月にエッグセレントから身を引いた彼女が今、手がけているのは、プラントベースのスイーツと味噌玉。その背景にあるものと、彼女の核となる思いについて話を聞いた。
写真=三輪憲亮
エッグセレントを卒業し、プラントベースのスイーツ作りとアメリカでの味噌玉販売に取り組む神宮司さん。ブランド作りにおいて大切なのは、背景にあるストーリーを自らの言葉で書くことだ、と語る。
「エッグセレントのストーリーも、もともとは私が書いた企画書が原点です。書くことの大事さについては、今やっているスイーツも同じです。ストーリーに嘘があると、人に伝わるものになりません。私はなぜ今、これをしようと思っているのか。ストーリーを作る時はその思いから始まり、究極的には子供のころの記憶にたどり着いたりする。
エッグセレントもそうでした。食べることが何より大好きな自分の歴史、それこそ小さい頃朝が弱く、朝の寝起きをよくするためにいつもおまんじゅうやチョコレートなどを置いて寝ていたなど(笑)、自分のこれまでの人生において、どの部分をお客さんに伝えるべきかを考えていきました。それは今回のスイーツに関しても同じです。
今の私のベースにあるのは、アメリカやヨーロッパで得た『自由に食を選択できる日本になってほしい』という考えです。ただ単に、向こうで見たプラントベースのスイーツを日本で広めたい、ということではありません。
そして、私が強く感じているのが、スイーツには人を笑顔にする力がある、ということ。それは女性に限らず、例えば年配の男性だって、スイーツを前にするとワクワクして、素敵な笑顔を見せてくれる。でも、例えばアレルギーや宗教上の問題や、血糖値が上がることを気にしてダイエットをしている人は、今の日本ではなかなかスイーツを楽しめない。
それに対して今、私が作っているスイーツは、血糖値を急激に上昇させることはないため、太りづらいし、お昼に食べても午後に眠くならない。アレルギーや様々な背景の違いをもっている人も皆で食の時間を楽しめる、健康を気にせざるを得ない人でも安心して食べられるし、おいしくてかわいい!楽しい!って気分が上がる。これが私の目指すところです。
また、日本でプラントベースのスイーツを展開していく上で、自分でお店を持つことが、本当に私の思いを実現するためのベストの方法なのだろうか、という疑問も原点にありました。私の『自由に食を選択できる日本になってほしい』という思いを大きくしていくには、自分の店だけでやっていても限界がある。もちろんお店を出すのも幸せなことですが、今の思いを実現するには、もっと大きな動きが必要じゃないかと今は思っています」
『自由に食を選択できる日本になってほしい』という思いを実現する。そのためには、所有ではなく良い仲間と様々なことをシェアしてさらに高め合っていくことが大切だと思ってる。
「OMISO.coの立ち上げでLAに行った時に知ったのですが、向こうには複数のベンダーが時間貸しでキッチンをシェアできる『コマーシャルキッチン』というのがあり、さまざまな人がキッチンスタジオをシェアしながら商品開発などをしています。個人でやっている人もいますし、大手レストランのバックアップやイベント用に使っている方もいます。みんながオープンに情報交換し合いながら、レシピを作ったり、試作や製造に取り組んでいる。
例えば私達の横には、ピーナッツバターを作っている人やベーグルを作っている人がいました。その時実際にあったことなのですが、私が味噌を使ったカップケーキを試作していたら、隣でピーナッツバターを作っているおばちゃんが言うんです。『ウチのピーナッツバターを載せてみて。絶対においしいから』って。そこで試しに載せてみたら、これが本当においしくて…。思いもよらぬコラボ商品が、そこで生まれました。
何て素晴らしい空間なんだろう!と感激しましたね。これがシェアキッチンの魅力。『シェア』『共有』の化学反応。
皆さんファーマーズマーケット や卸など様々な形でお客様に商品を提供していますが、それぞれ自分たちの商品にプライドと愛情を持って肩肘張らずにやっている。そしていい情報があれば、みんなでシェアし合って、自分の商品づくりやビジネスに生かしていく。日本にはまだなかなかないその環境が、すごく心地よかった。そして、これからの飲食ビジネスは大きく変わっていくだろうと実感しました」
アメリカとヨーロッパを旅して、見えてきたものがたくさんあった。全てを自分だけで所有しなくても、飲食ビジネスは成り立つ。ロサンゼルスで得た実感を、日本で形にしていきたい。
「日本で手に入る材料を使ってスイーツの食材を開発したり、あとは卸売り、セミナーや料理教室など、今はいろいろな可能性があると思っています。例えば企業と組んでスイーツのレシピを共同開発して、それをオフィスに置いて販売したり、という形もいいですね。
動物性のものを使わないスイーツはまだまだ世界的にも、特に日本でも新しい食の分野。だからこそ代替品の素材や製法などをもっと研究開発して、もっと皆さんをワクワクさせたい。健康にしたい。
そして商品の販売だけでなく、プラントベースを伝えていく活動や、私が取り組んでいる2つの軸の『発酵』と『プラントベース』のそれぞれも、また両方をかけあわせたものも来年は取り組んでいきたいですね。
店舗や商品、知識や経験など自分だけで『所有』するのでなく、様々なパートナーとなる人や企業さんとの取り組みをしてこそこの食の選択の自由が広められるのだと思います。LAで出会ったシェアキッチンの仲間たちのように、楽しみながら仲間とシェアをして、自分の商品に愛情とプライドを持ち続け、さらに高めていきたいと思っています。
お客様や母校の後輩など20代の方とお話しする機会も多くあるのですが、私のエッグセレントの経験から『将来お店をやりたいんです』と言ってくれる人はたくさんいます。
でも、それがすべてじゃない。飲食ビジネスも、時代に合った形にどんどん変わっていかなきゃいけない。私が新しい形を提示できたらと思いますし、そこにチャレンジしたいです」
今は店舗のみにとらわれず、新しい形でワクワクできる食のシーンを作っていきたい。自らのブランドだけに固執せず、多くの人達と一緒に商品開発をして、食の選択肢を広げていきたい。これが神宮司さんの思いだ。
撮影協力:EVERYDAY MEALS(三軒茶屋)
※ 会社、役職、年齢など、記事内容は全て取材時のものです