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社員すべての意思決定が、会社の空気を作る
国内シェア1位のクラウド会計ソフトfreeeなどを展開するfreee株式会社。2012年の創業以来、着実な成長を続ける同社のCMOが川西康之さんだ。学生時代に起業し、経営者として10年あまりのキャリアを持っていた川西さんは、freeeをどう変えていこうとしているのか。そして同社の大きな強みである綿密な情報共有のノウハウと、フラットな組織を支える大切な価値基準のあり方について、話を聞いた。
写真=矢郷桃
川西さんは2016年5月、freeeに入社。33歳で、一からキャリアをリスタートさせた。当時のfreeeは社員150名を超え、急激な成長を続けている状況だった。
「この会社はもともと、個人事業主の確定申告用ソフトウェアからスタートしました。そして徐々に小規模の法人に採用され始め、2016年には会計事務所や上場準備中の会社にも使っていただけるようになりました。
僕が入社した当時は事業連携の引き合いがピークでしたね。2015年の年末から2016年の頭にかけて、フィンテックという言葉が世間でささやかれ始め、freeeは金融機関との連携を一気に進めていました。お客様のセグメントがどんどん広がり、セグメントごとに異なるビジネスを展開するようになっていった。そんな段階でした。
入社してまず担当したのがアライアンス(企業間連携)、すなわちパートナー企業様の開拓でした。そこから、個人事業主というfreeeで最も古いビジネスを担当する部署に移り、2016年10月からは合わせてPR&マーケティングチームも見るようになりました」
経営者時代に外から見た時「超イケてる」と思った憧れの会社に入り、社員として働き始めた時の印象はどのようなものだったのか。
「外から見た時に、freeeという会社がなぜ魅力的に映るのか。そして、何がその空気を作っているのか。魅力的だと思われるため、freeeという会社はどんな努力をしているのか。それが少しずつ見えてきました。わかったのは、会社が経営に臨む姿勢は日々の意思決定に表れる、ということ。もちろん、意思決定を行うのは会社の社長だけではありません。社員すべての意思決定が、会社の空気を作っていく。それがよくわかりました」
では、社員は何を基準に日々の意思決定はなされるのか。freeeにおける意思決定を支えているのは、以下の「5つの価値基準」だった。
・本質的(マジ)で価値ある
ユーザーにとって本質的な価値があると自信を持って言えることをする
・理想ドリブン
理想から考える。現在のリソースやスキルにとらわれず挑戦し続ける
・アウトプット→思考
まずアウトプットする。そして考え、改善する
・Hack Everything
取り組んでいることや持っているリソースの性質を深く理解する。その上で枠を超えて発想する
・あえて、共有する
人とチームを知る。知られるように共有する。オープンにフィードバックし合うことで一緒に成長する
「freeeが掲げるミッションは『スモールビジネスを、世界の主役に。』というもの。これは、企業として目指す大きな目標のこと。そしてこの5つの価値基準は、目標に至るためにはどのような行動をすればいいか、という指針のこと。つまり、スピーディな意思決定を行うための、freee らしい行動や判断の基準のことを言います。この原型を初めて作ったのは社員が30名ぐらいだったころで、その後何度か改編され、今に至っているそうです。
とはいえ、こういうものは他の会社にもありますし、決して珍しいものではありません。でも、多くの会社ではあくまでお題目であったり、採用基準の一部に過ぎません。いくら高尚なミッションやビジョンを掲げでも、浸透しなければただのきれいごとです。
その点freeeでは、この価値基準が実際に社員に浸透し、あらゆる活動のベースとなっている。例えば日々のミーティングにおいて『それって"マジ価値"じゃないからやめましょう』とか『ここは理想ドリブンで考え直そう』というように、実際にたくさん使われているのです。
これは新鮮な驚きでした。この価値基準があるから、みんなが同じ方向性のもと納得できる意思決定をスピーディに行える。そしてその積み重ねが、freeeを外から見た時に感じる『どこか普通じゃない空気』を作っている。そのことを痛感しました」
ではこの5つの価値基準は、どのようなプロセスを経て、社員一人一人の心の中に落とし込まれていくのか。
「大それたやり方なんてありませんよ(笑)。とにかく、しつこく言い続けることです。とはいえ、上から押しつければ浸透するかというと、そんなことは決してない。むしろ、どんどんお題目化してしまうでしょう。
実は、freeeには『価値基準委員会』という組織があります。ここが、例えば価値基準に基づいたエピソードをリレー形式のインタビュー記事に仕立てて全社的に共有していくとか、その価値基準に見合った行動を表彰するアワードを開く、というように、さまざまな活動を通じて価値基準の浸透を図っています。委員会が自ら動き、5つの価値基準をボトムアップで社内に浸透させていくわけです。彼らの存在は非常に大きいと思います」
他にも、freeeはこの価値基準を浸透させるため、さまざまな手を尽くしている。例えば来訪者に出すペットボトル入りのミネラルウォーター。そのラベルにも、この価値基準が書かれている。目的はもちろんfreeeと言う会社に興味を持ってもらうことだが、実はその裏で、価値基準を社員に対してさらに浸透させる意味もあるという。
「お客様や採用面接にいらした方にペットボトルをお渡しすると、必ず『これは何ですか?』と聞かれますよね。そうするとお客様に説明せざるを得なくなります。説明することで、価値基準が自分の中に刷り込まれていく。そして、そういった機会が増えれば増えるほど理解も深まるし、愛着もわいてくる。一見、外向きの試みに思えて、実は内向きな取り組みも兼ねている。つまり一粒で二度おいしいわけです(笑)。
思い出すのが、野球評論家の野村克也さんが昔、監督をしていたころのエピソード。野村監督は選手のことをスポーツ新聞の記者にいろいろ話すのですが、これが実は選手に向けたメッセージになっているわけです。会社が500~600名規模に成長して1000名が見えてくると、そんなコミュニケーションのあり方も大事なのだとわかりました」
インターネットを通じてあらゆる情報が誰にでも手に入るようになった今、年功序列の人事や組織の縦割り構造は有効でなくなりつつある。そんな中、川西さんがfreeeに来て最も大きな衝撃を受けたのが、社員同士のフラットな意思疎通だった。
「とはいえ、まだまだ100%とはいえません。今も、自分の城から動かない人、自分の職を侵されることを嫌がる人は一定数います。縦割り構造の引力ってものすごく強くて、放っておくとどうしてもそっちに引っ張られてしまう。だからこそ、5つの価値基準をしつこくリマインドし、徹底させ、時には全社で1泊2日でディスカッションをしたりしながら、とにかく社員の目線を合わせていく。そこにはこだわりを持っています。
そんな中、フラットな人間関係の一つの象徴として、ウチではマネージャーのことを『ジャーマネ』と呼んでいることがありますね。マネージャーだからといって、別に偉いわけじゃない。いわば芸能事務所のマネージャーさんみたいなもので、タレントを引き立て、その才能を磨いて世の中に出す存在に近いわけです。そこで『マネージャーと呼ぶと偉そうに聞こえるから、ジャーマネにするか!』ということで、そう呼んでいます。そのため、マネージャーを略すと普通は『MGR』ですが、freeeでは『JM』なんですよ(笑)」
最終回となるPart.4では、川西さんがCMOとして大切いしている考え、そしてfreeeのこれからの展望について、話を聞いていく。