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クリエイティビティとは本来、誰もが持っているもの
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クリエイティビティとは本来、誰もが持っているもの
柘野さんが今、大事にしていること。その一つが、顧客のクリエイティビティを刺激する空間作りだ。その確認のため、時には柘野さん自身もストアに立つ。
「一人で来るお客様は比較的少なく、大多数の方は友達や家族、お子様と一緒にいらっしゃいます。そして店に立っていると、お客様同士の『これ、こんな風に使えるね』『これをリビングのあの場所に置いたらいいよね』『今度のパーティで、これをこうアレンジしてプレゼントしよう』といった会話がよく聞こえてきます。
大変うれしいことです。そしてこれこそが、私達ならではの大切な部分だと思います。前回お話した通り、私達の大きな特徴の一つはスタッフのドレスアップと豊かな発想です。もし彼らが全員同じファッションでマニュアル通りに動いていたら、先ほどのお客様の会話のようなインスピレーションを提供することはできないでしょう」
ちなみに今は「特に具体的な競合相手などは想定していない」と語る。
「競合はどこになるのか。アンケートを取って調査してみると、IKEAさんとasokoさん、3COINSさんがよく挙がります。確かにIKEAさんは同じ北欧つながりですし、雑貨の扱いやワンウェイな店舗レイアウトという点では似ています。asokoさんはオープン当初からメディアで比較して紹介されることが多かったのが影響していると思います。また3COINSさんは、取り扱いアイテムの価格帯が比較的近い。デザインもここ1~2年、テイストが北欧寄りになっている印象もあります。
雑貨でいえば他にもダイソーさんなどビッグカンパニーもありますし、目利きの品をそろえたセレクト雑貨店や個人経営のお店、他業界からの参入などもたくさんあります。でも私達はどこもコンペティターとは考えていませんし、他に意識している競合相手もありません。
私達が扱う雑貨のデザインは他にはないユニークなもの。また音楽レーベルを営みCDやアーティストとコラボレーションした写真集も発売する他、本国デンマークでは過去に国立美術館とコラボした商品を販売していたりもしました。そして商品は毎月数百種類の新作が登場します。そういった点で商品としての独自性には高い評価と私達の強みがありますので、この面において競合というのは特に想定していないんです」
本国デンマークをベースとしたグローバル展開の他、日本でもいくつかの独自プロジェクトが進行している。日本ならではのローカル戦略の展開の背景には、両国におけるポジショニングの違いについての考察がある。
「デンマークにおいて、タイガーはもともと価格や利便性の軸も強い。それはブランド名のベースにもなっているTier(10デンマーククローネの通称。発音が似ていることから「Tiger」という名称になったという経緯がある)からもわかるように、価格や利便性が高く評価され、爆発的な人気を獲得しています。つまりユーザーには、日本の100円ショップに近いポジションとしてもとらえられているように思います。そこからさらに成長し、商品軸を強化するため、クオリティの高いアイテムをリリースしています。iFデザインアワード2015を獲得した「The Tea Bird」や「YOKO ONO CONCEPTUAL PHOTO BOOK」などは、その例になると思います。
でも日本に関しては、そのステージはある程度クリアできていると見ています。私達は日本に参入した時点から『あのタイガーがやって来た』『他にはないユニークなデザイン』『北欧の素敵なデザインだね』といった高い評価をいただいています。商品の質の高さ、デザインのよさ、ユニークネスには一定の評価がすでにあるし、デンマーク本社のデザインと商品開発力には、今後もまだまだ期待できる。そして日本の消費者意識の変化を踏まえると、日本はデンマークよりも一歩先のステージに進む必要があると考えています。
野村総研の調べによると、日本人のライフスタイルの充実に対する意識は年々高まってきているそうです。特に20~30代を中心とする世代では顕著。DIYのトレンドやカスタマイズできるものへの関心の高まり、そして、それらを扱うメディアの台頭なども見てみると、より”Personalization”が高まっていると考えています。その領域への取り組みを強化しているところは他にありません。そういう意味で、私達はどこもコンペティターとは考えていませんし、他に意識している競合相手もありません」
そのため現在、本国デンマークをベースとしたグローバル展開の他、日本でもいくつかの独自プロジェクトを企画し、進行させている。
「そのステージが前回から申し上げている、いかにお客様一人一人にピッタリの創造力をかき立て、それぞれのお客様にあったライフスタイル提案を生み出すことができるか、ということです。『これを手に入れたら、こんなに楽しい生活を送ることができる』という新しい発見を提供し、パーソナライズされた満足感を、私達のストア、スタッフ、活動を通じて得ていただく。その新しい発見やパーソナライズされた満足感が共感につながり、またここで買い物をしたい、という気持ちがさらに強くなる。この循環を作っていければ、他の雑貨店には決してない強い軸となるはずです」
■デンマークの人達がさりげなくしていることを、気づきとして伝えたい。
柘野さんが日本国内における戦略を考えるにあたり、参考にしているデータがある。アドビ システムズが2012年、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、日本の5カ国の18歳以上の成人5000人を対象に、クリエイティビティに関する調査を行った。この中で、日本を除く他の4カ国が、最もクリエイティブな国として日本を挙げている。つまり大半の日本人は、自国をクリエイティブだと考えてはいない。
「欧米の人達は、クリエイティビティを"誰もが持っているもの"と考えています。例えば『このプロダクトをこんな風に使ったら楽しい』とか『自分ならこう使う』とか『今日は料理にこのスパイスを加えてみよう』といったことを、クリエイティビティとしてとらえているわけです。でも多くの日本人は、クリエイティビティとは生まれ持った環境によるものであったり、特殊な授業を受けた、特殊な才能のある人のみが持っているものであると解釈しています。
もちろん今の日本にも、クリエイティビティにあふれた人はたくさんいるでしょう。でも多くの日本人は、自分でいろいろな物事を創造したり発信することを得意とは思っていないし、それを発信することも躊躇しがち。しかし欧米から評価されているように、日本人には実際には立派なクリエイティビティが備わっている。そして、それを表現すると新しい発見が得られ、生活はハッピーになる。それに気づいてもらいたい、という気持ちを元に現在取り組んでいる活動の一つが、書籍の製作です。
9月10日に発売されるこの本の前半部分では、デンマークの人達の日常のライフスタイルが紹介されている。
「登場するのは著名なアーティストではなく、ごく一般の人達。みんなが思い思いの部屋作りをして、オリジナリティあふれるライフスタイルを確立している。前述の通り、デンマークの人達は部屋で過ごす時間が長いので、どれだけ居心地のいい、自分らしい空間を作れるか、ということにはすごくこだわっている。
彼らはそんな空間の中に、タイガーの商品を上手に取り入れています。部屋を高価でエレガントなものだけでまとめるのではなく、ラグジュアリーなものとカジュアルなもの、高価なものと手に入りやすい価格のものを巧みにコンビネーションさせて、それぞれが自身のキャラクターで居心地のいい、自分らしい空間を作っている。その、それぞれのクリエイティビティと実践例を見せたかった。そして創業者レナート・ライボシツやクリエイティブディレクターのインタビュー記事、私達の新しい取り組みを通じて、フライング タイガー コペンハーゲンが伝えたい思いを知ってほしい、と考えています。
この本を作った背景には、お客様から『フライング タイガーの商品はかわいくて面白くて好き。でもどう使えばいいか、どうアレンジしたらいいかがわからないので、教えてほしい』という声が非常に大きいことがあります。そういった背景があるからこそ、彼らがさりげなく発揮しているクリエイティビティを日本の人達に気づきとして伝えたい、と考えました」
小さな雑貨一つで、いつも過ごしている場所が少し変わる。型にはまらず自由な発想でいれば、何てことない毎日にも潤いが生まれる。そんな気づきを、少しでも多くの人に伝えたい。その思いは、新たなプロジェクトへとつながっていく。次回Part.3では、フライング タイガー コペンハーゲンが日本独自で展開するスクールプロジェクト、そして柘野さんのこれまでのキャリアとそこから得たものについて、話を聞いていく。
1973年5月3日兵庫県宝塚市出身。大学卒業後、1996年に東北新社に入社し、CM制作の進行管理を担当した後、ADKインターナショナルに移り営業部で活躍。ADKインターナショナル社長賞などを受賞。’04年にアディダスジャパンへ。’07年より直営店の販売促進などを手がけ、その後はスターバックス コーヒー ジャパンにてドリップコーヒーのマーケティング戦略立案と実行に従事。スウォッチ グループ ジャパンのマーケティング部マネージャーを経て’14年、Zebra Japan株式会社に入社。フライング タイガー コペンハーゲンの日本国内におけるすべてのマーケティングプロジェクトの責任者となる。
※ 会社、役職、年齢など、記事内容は全て取材時のものです