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判断軸は『それってワクワクできるの?』
多くの企業のブランディングや新規事業開発を手がけ、現在は大手企業のリブランディングや新規事業の創出を行う大畑慎治さん。戦略とクリエイティブを起点としたブランドコンサルティングにおける大切な考え方、そして自らプロデュースする新規事業創出プロジェクト「Social Out Tokyo’18」について、お話をうかがう。
写真=三輪憲亮
野外フェスで、音楽に合わせて一人の男性が奇妙なダンスを始める。最初はそれをただ見ていた周囲の人達が、少しずつ同調。最後はたくさんの人達が集って、大きな熱狂が生まれる。この動画をご存じだろうか。
戦略とクリエイティブを起点としたブランドコンサルティングファーム、AM/Dに勤務する大畑慎治さんは、クライアントのリブランディングや新規事業開発といったプロジェクトを進める時、大事なのは「最初に楽しそうに踊り始める人」だと語る。
「最初は周りの人から『この人バカだなぁ』と思われるはず。それでもたった一人で踊り続ける人は、とても稀有な存在ですよね。最初は白い目で見られながらも、踊っているうちに、徐々に周囲の人達を巻き込んでいく。そして踊る人が二人、三人と増え、やがて大きな熱狂となります。特に、これまでの企業カルチャーにはない新規事業の開発や、企業変革レベルのリブランディングを進める場合には、まず踊り始める人の存在がとても重要だと思っています。
どうすれば組織内で、多くの人を巻き込めるのか。実は歴史ある大きな会社ほど、新しいことに取り組む人をうらやましく思う人がたくさんいるものです。既存の事業にどこか飽きてしまい、新しいことに取り組む人が輝いて見える。そんな人が必ずいるものなんです。
多くの場合、彼らの心をくすぐる要素は特にロジカルなものでもなかったりします。きっかけとなるのは『何だかよくわからないけれど、面白そう』という感覚。それを呼び起こすことを、僕は『ワクワク感マーケティング』と呼んでいます。大事なのは『それってワクワクできるの?』という感覚だと思っています」
大畑さんが現在手がけている仕事は、主に二つの領域にまたがる。一つはカンコー学生服やファビアといった大手企業のリブランディングだ。
「カンコー学生服さんは、創業160年、設立90年となる学生服のトップメーカー。全国で1万校近くの中学校や高校、そして小学校に制服を販売しています。学生服はかつて、学校の指定メーカーにさえなれば自動的に売れるものでした。そのため、多くの製造メーカーはブランディングについてはあまり深く考える必要がなかった。でも時代が変わり、多くの学生が自ら制服のブランドを選ぶ時代になってきた。
そんな時代背景のもと、長い歴史の中で作られたコーポレートブランドのイメージを変えたい、とのご要望をいただきました。現在の『学生服メーカー』という位置づけから、学校生活全般に貢献するモノ作り、人作りをする『スクールライフカンパニー』への脱却を目指し、今、プロジェクトが進行しています。
そしてFABIAは、オットージャパンが持つ、通販を中心とした女性向けアパレルブランドです。今年5周年を迎えたところですが、これまで有名タレントさんを広告に起用したりしながも、なかなか認知が上がっていかなかった。そこでご相談いただき、今後、コンセプトやロゴの根本的な見直しからリブランディングを始めています」
AM/Dはクリエイティブカンパニーでありつつ、企業のビジネスパートナーとして総合的ソリューションを提供。本質的な課題解決を目指すブランドコンサルティングファーム。戦略とクリエイティブ起点で企業の成長を助けること。それが、彼らが最も得意とするところだ。
「大事なのは軸がぶれないこと。クリエイティブの社会的価値を上げる、という理念に基づいてクライアントに接し、案件の質の向上を目指します。AMDは単なるデザイン会社ではないので、クリエイティブ制作の起点でご相談を受けたとしても、そのブランド自体を経営レイヤーで考え、経営戦略、マーケティング戦略、ブランド戦略に基づきどう戦略的に目的を実現していくかを検討し、クリエイティブを提案していきます。
例えばパッケージでも、往々にして多くの会社さんは、それぞれ個別の商品コンセプトの中でクリエイティブを作ろうとしてしまう。結果、商品ブランドの個別最適はなされているけれども、その企業自体が何を目指しているのかが見えにくいブランド体系が生まれてしまう。
ステキなものを作ることはもちろん重要なのですが、その会社全体としての戦略や想いを統合的に捉えて、個別に落とし込んでいかなければなりません。その時に一度、最上位のコンセプトから会社全体を俯瞰できるか。その目線をしっかりと持つことが、ブランディングには欠かせません」
そして大畑さんが手がけるもう一つの領域が、新規事業開発。今年、自社で新たに二つの新規事業をゼロから立ち上げる予定だ。
「どの業界・領域で事業開発を手がけていくのかはまだ決定していませんが、一つはコスメ関連、もう一つはカフェ事業が、現在、候補として上がっています。コスメについては、これまで数多くのクリエイティブを手がけてきた実績があり、ある程度ノウハウが蓄積されている。それを上手く生かしていくことを考えています。
ポイントは原価構造です。コスメの原価は研究開発費や広告宣伝費、そして容器代などが大きな部分を占めていて、原料費の割合は意外と少ないんです。その点、僕達はデザインやコミュニケーションの設計・開発は自分達でできる。そこをプロフェッショナルとして自社のリソースで手がけられることが強みになると考えました。僕達は大手メーカーではないので、研究開発では戦えない。
でも、大手メーカーが持つ様々なしがらみがない中で、ブランド戦略とコンセプトを検討し、そしてそれを『どう伝えるか』という部分では戦える。一般の化粧品メーカーとは違う戦略とクリエイティブで、上手くブランドを作れると考えています。
カフェ事業についてはまだ構想段階で、唯一、決まっているのは『場』を作るということ。そのため、最終的なアウトプットはカフェではなくコミュニティかもしれないし、教育などの要素が入ってくるかもしれません」
これら新事業は、大畑さんともう一人のメンバーが、動画にあった様な最初に踊り始めるヒトになって検討を始めている。大事にしているのは、メンバーそれぞれがやる気をかき立てられることをする、ということ。その方がのちにより強い力でドライブしていける、と考えているからだ。
「アイデアは基本的に、僕らの『これっていいよね』という思いをベースに練っていきます。うちの社内では大企業みたいに、稟議書を上げてどうのこうの、という手間はありません。どんなことも、進めてみなければわからないことが多い。だから、やれそうならまず進めてみよう、という思いで進めていきます。
大事なのはマーケットリサーチより、個人のやりたい気持ちと直感だと思います。ですから、まずはスピ―ディにどんどん進める。2カ月も3カ月もかけてリサーチしたところで、イケるかも、という何となくの感触をつかむぐらいしかできない。そこに多くの時間を使うならば、イケることを前提にどうすれば実現できるかを考えた、企画を動かしていく方が、間違いなく前に進む。なにより、単なるリサーチより、動きながら見えてくることの価値の方がずっと高い。
特に大企業では、事業を行うことの大義や社会的価値などを考えすぎて、動きはじめるまで多くの時間を費やすことも多い。誤解を恐れずに言うと、本当の大義は後から、事業開発を進めていく中で理解をするケースも多々あリます。そもそも、誰にとってもまったく何の意味のない事業は少ない。何かしらのお金が生まれる限り、きっと誰かの役に立っていると思うんです」
次回Part.2では、大畑さんがオーガナイズする「Social Out Tokyo」という新規事業創出プロジェクトについて、話を聞いていく。