インタビュー
ご覧の通り、「マーケティング本部の長」なんだけど、横河電機の場合、普通の製造業のマーケティング本部にはない組織のありようです。
まず大きく違うのは、R&D(研究開発部門)を持っているということ。100名近い研究者、技術者を抱えている。これによって、新しいアイデアをすぐ形にできて、ビジネスのスピードをグンと速くできる。R&Dだけじゃない。特許や商標を管理する知的財産権室、政府との関係を作っていく渉外、そして工業デザインの部署もあってこれらすべてマーケティング活動の一部なんです。
製造業のマーケティング部門というと広告やPR関連だけを担当しているように思われがちですが、実際そういう企業がほとんどでしょう。なぜなら、もともと日本のものづくりは「メイドインジャパン」が強くて、いい製品を作っていたら売れた時代が長く、マーケティングがほとんど要らなかったから。
だけど、今は、そしてこれからも、そうはいかない。
だから、僕はCMOとして、マーケティング本部の下にいろんな部門を結集させた。ここで挙げた「研究開発」「特許などの知的財産」「工業デザイン」も、すべてが横河電機のマーケティング資産です。だから、マーケティング本部として、その資産をワンストップに集めて、どうやって活用していくかを考える。その舵取りが僕の役割なんだ。
もちろん、2016年に横河電機のマーケティング本部に入ったばかりだから、CMOとしてはまだまだ序盤戦。日本のものづくりにおいて、これまでにないことをする。つまり、ゲームチェンジをする――そのための第一歩として、まずは陣容を整えつつある、という段階だね。
世界史で「産業革命」って習ったよね? その産業革命にも実は3つのステージがある。
まず、第1次産業革命。ご存じの通り、石炭と蒸気機関による工業化で大きく文明が発展し、都市化や資本主義もこの頃にスタートしたね。
次は第2次産業革命。電気と通信、車といったインフラが整って、エネルギーは石炭から石油に変わった。大量生産によって、基準に沿った製品が広くあまねく製品が届けられるようにもなっている。
次に、第3次だ。これはつい最近のことで、コンピューターが登場して情報量が爆発し、インターネットによってグローバル化も進んだ。
僕が注目しているのは、この次の第4次産業革命だ。
これまでの3ステージとはまったく違う変換が起きようとしている。そして、第1次から第3次までは1世紀単位でゆっくり進んできたものが、この第4次では数十年も経たないうちに、あっという間に進もうとしている。もう時計が大きく変わってしまったんだ。
ここにどんなビジョンを持ってビジネスの絵を描いていくか。消費者に向けたBtoCの企業では多くのマーケターが未来像を提示しているけど、横河電機のように企業を相手にビジネスをしているBtoBの企業では、次のステージを見据えているマーケターはまだまだ少ない。
マーケターとしては「その手があったか!」と言われるのが一番うれしい、醍醐味が味わえる瞬間なんだ。しかも、横河電機は世界中に拠点を持っていて、社員が2万人いるうち、6割が外国人という構成だ。つまり、第4次産業革命が起こりつつあるケイオス(混沌)の中、マーケターとして世界を舞台にできる。これほど面白いことはないと思っているよ。
難しいと思うこと?
そうだなぁ……前の質問であったように、マーケティング本部などの組織をガラリと大変革しているところだから、メンバー全員にその意識を共有していくのは、まだこれからの課題かもしれない。
僕が思うに、マーケターは「listen:リッスン」、つまり聞き取りが上手じゃなきゃ。マーケティングというと社外を相手に進めるものというイメージがあるけど、マーケティングの仕事の一つは「Internal Communication:インターナルコミュニケーション」。つまり、組織内でのコミュニケーションだ。社員もまたカスタマー、お客様である、という考え方だね。
組織は、特に日本の企業はサイロ化、いわゆる縦割りが進みがちだからね。僕たちはフラットなマーケティング本部として、製造業の組織のロールモデルになれればと思っているよ。マーケティングに聞けば、なんでも知っている、あるいはブリッジしてくれる。そんな集団を目指しているんだ。
マレーシア、シンガポール、上海と、海外のロボット技術を視察に行ってきたよ。大学構内を走る自動運転の車に乗って驚いたりしてね(笑)。
昔は日本のお家芸と言われた技術だけど、今はアジアをはじめとする各国がすごく伸びている。とにかく若者が元気でエネルギーがあり、ダイナミックに成長している空気がビンビン伝わってきた。多聞くんをはじめとする日本の若者にも期待したいね!
こんな海外出張が2017年は月イチペースであったかな。横河電機は北極と南極以外のすべての大陸に販売拠点を持っていて、プラントなどの制御システムを手がけているから、お客様の中には世界にネットワークを持つ大手の石油会社がいる。結果として、僕たちも海外の至る所に拠点を作っているんだ。僕にとっては、いろんなところに行って刺激をもらえるのがうれしいところだね。
出張から帰国したら、経営計画のプランニングだ。横河電機は3年スパンで中期経営計画を組んでいて、2018年度から次期中長期計画がスタートする。新しい取り組みを盛り込んでいくので、マーケティング本部の責任者としてかかりっきりだったね。
僕はインテルという企業から横河電機に移ってCMOになったんだ。横河電機のCEO(Chief Executive Officer/最高経営責任者)が「会社を変えたい」という強い思いを持って、声をかけてくれた。僕は前の質問でも出たようなケイオスが好き、つまり変革、変化は大好物だ(笑)。いつも同じことをやるような仕事はできないと思うからね。
横河電機が制御、計測をビジネスの柱にしている製造業ということは知っていた。興味を持ったのは「エネルギー業界で勝負している」ということだ。
多聞くん、今の原油価格は……知らないよね(笑)。2014年のことだ。それまでの1バレル(=約160リットル弱)100ドル以上というゾーンから、一気に1バレル30ドルまで急落した。現在は50~60ドルで推移しているけど、もう二度と100ドルに戻ることはないだろう、と思う。
それはエネルギーの効率化がどんどん進んでいるから。エアコンや冷蔵庫の性能が年々上がって、どんどん節電になっているのは知っているだろう? そして、「Renewable Energy:リニューアブルエナジー」つまり再生可能エネルギーが注目をあびるようになってきたのは多聞くんもご存じの通りだ。
こんな背景もあって、エネルギー業界は「効率化」が最優先事項。大手の石油資本会社がそのような方針を掲げているし。横河電機の競合であるハネウェル、エマーソンといった制御システムメーカーもそちらに注力している。
つまり、前に挙げた第4次産業革命の真っただ中にあって、エネルギー業界も時代の変換点にあたっている。こんなに面白い時にCMOができるのはたまらないよね。一も二もなく飛びついた、っていうことなんだ。
これまでのキャリアでターニングポイントになった経験があったら教えて!
多聞くん、『インテル入ってる』っているフレーズは聞いたことないかい? 英語だと『Intel Inside』。これは、僕が前にいたインテルがつくったキーワードなんだけど、これを作ったのは日本のインテルだ。僕のターニングポイントは、このインテルでマーケティング、ブランディングを学び、その奥深さを知ったことだね。
インテルといったら半導体、CPUを作る「技術の会社」というイメージが強いだろう。確かに技術はスゴい。だけど、僕にとってインテルは「マーケティングの会社」なんだ。『Intel Inside』はもちろんだけど、それまでは無機質だったCPUをネーミングした。それが『Intel Pentium(ペンティアム)』だ。これが社内公募で決まったんだから、社内のオープンな空気、創意を大切にする気風が分かるよね。
僕はインテルでエンジニアとして働いている時に、「ブランディングとは何だろう?」という疑問を持った。ふわっとしていて定義がなく、分かるようで分からない言葉だったからね。上司にそれをたずねてみたら、「PRを担当しろ」とアメリカのインテルに放り込まれて、帰国したら広報室長を命じられた(笑)。
広報室長でPRを必死に勉強して、さっき話したような、お手本になるブランディングの事例を目の当たりにできた。僕がインテルで学んだのは、「ブランディングとはコミットメントである」ということだ。
「Commitment:コミットメント」。それはPromiseよりも強固な「約束」ということで、カスタマーに対して強くコミットメントすること。それがブランディングだ。この気づきは、マーケターの基礎として今でもしみついていると思うよ。
最近注目しているキーワードというか、僕のグループで研究しているのは「AI」「DLT(分散型台帳技術)」「ロボティクス」の3つかな。多聞くんもAI、ビットコインに用いられるブロックチェーンとして、分散型台帳あたりは聞いたことがあるんじゃないかな。これら、ビジネスの新しいキーワードを横河電機がどう活用できるか、マーケティング本部としても研究しているんだ。
これらの新技術で何をするのか? それは、企業として「SDGs(国連の「持続可能な開発サミット」で宣言されたメッセージ。)」に貢献していくのがねらいだ。
2050年に人口が100億を超えると見込まれている地球では、その膨大な人口をまかなうためのエネルギー、水、そして食料すら足りなくなるんじゃないかと言われている。食い道楽の僕が何より気になるのは、「天然魚が獲りつくされてしまうのでは」という予測だね。いつまでも、おいしい魚を食べたいじゃない?
そんな個人的な思いもあるけど、世界が一丸となって取り組むべき課題として、自社の強みを生かした貢献が企業にも強く求められている。これは多聞くんにも分かるだろう?
身近なところに目を向けると、日本の食物の廃棄問題があるね。横河電機はセンシング、つまり何かを「計測」して、そして「制御」するのが得意分野だ。これまで培ってきた技術、実績が必ず活かせるはず。
企業として一つのビジョンを掲げ、持っているリソース、資産を生かしていく。それも僕たちマーケティング本部の役割になるだろうね。
多聞くん、2017年の流行語「インスタ映え」にもなった「インスタグラム」って知っているだろう? 既にガンガン使っているかな。
僕は、インスタグラムというのはただのSNSではなくて、消費行動が変わりつつあることの象徴だと考えている。これは何かというと「モノを買うこと、消費行動が自分を示すブランドになる」ということ。消費者自身がパフォーマー。何を買うか、どのように消費するかが自己表現になるんだ。
そこで、お客様にとっての新たな行動体験を創っていきたい。これはBtoCの企業ではどんどん進められているけど、横河電機のようなBtoBの分野でも欠かせない要素になっていくんだ。
たとえば、バルブなどの部品を取り寄せる時でも、まるでAmazonでポチッとするかのような購買、調達が現場では当たり前になってきている。当然、消費者に対するのと同じようなクイックなレスポンス、アフターケアが求められるよね。
このように、今やものづくりにおいても、「モノ売り」から体験をコミにした「コト売り」「価値売り」へのチェンジが求められているんだ。横河電機をマーケティングカンパニーにしていきたい――その試みを通して、世の中にとっても、きっと面白いものを還元できるんじゃないかと思っているよ。
将棋が大好きで、アマチュアの4段。隙間時間には詰将棋を楽しんだりしているよ。多聞くんもニュースで羽生永世七冠、藤井4段の話題を目にすることもあるんじゃない?
彼らがスゴイのは常に最新の型を研究しているところだ。将棋には定跡という決まった手筋があるんだけど、それは日進月歩で変わっていく。これはビジネスとも同じだね。今の常識は将来の非常識になる。過去や現在の成功体験を常に否定して、新しい成功を求めていかなくちゃいけないと思うよ。
週末は一人でツーリング。房総半島までバイクで向かう。何も考えずに頭を空っぽにしながらバイクを走らせる瞬間も大事だと思っているからね。千葉県は美味しいものだらけだから、アクセスがなかなか難しい「アリランラーメン」に足を伸ばしたり、各地の『道の駅』に立ち寄ってはローカルグルメをゲットしたりしてるよ。
そうそう、料理も大好きで、自宅には中華鍋と包丁、中華式のまな板まで揃えてあるんだよ。やっぱり、おいしいものを食べるひと時って最高だよ♪
(多聞くん)
ありがとうございました!
とっても参考になりました♪
これからも頑張ってください!
プロフィール
阿部 剛士
横河電機(株)
執行役員 マーケティング本部 本部長
インテルジャパン株式会社(現インテル株式会社)に入社し、広報室長、マーケティング本部長を経て副社長兼製造技術本部長に。電気工学科卒のキャリアを生かしてエンジニアとして11年、マーケティング関連の部署で10年、資材調達関連の担当として10年というキャリアを積み、IT企業の上流から下流まで熟知。
2016年に横河電機株式会社に入社して現職。秋葉原系のカルチャーにも造詣が深く、大阪出身ということでNMBを箱推ししているとか。
※ 会社、役職、年齢など、記事内容は全て取材時のものです