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ターゲットを「大衆」に置き、常に「メディア受け」を意識する
日本各地の水族館で開業・リニューアル時の展示施設のプロデュースを手がける中村元さん。フリーランスの「水族館プロデューサー」である彼の仕事はなぜ成功するのか。水族館を独特の顧客目線でマーケティングする中村さんのアイデアの源を探っていく。
写真=三輪憲亮
そもそも、人はなぜ水族館に行くのか。それは、中村さんが長年追求し続けている大きなテーマだ。
「結局、多くの人は魚を見に来るというよりも、水中世界を楽しみに来ている。だから、水槽をプロデュースする時、最も大切にしているコンセプトは『水塊(すいかい)』を見せること。水塊とは水の圧倒的な存在感と潤いや清涼感が作る非日常世界と、その中を泳ぐ魚という命をまとめて表すために作った造語言葉です。水塊、つまり水中世界を見ることで、生き物の浮遊感に癒され、日々の生活で乾いた心が潤っていく。水族館での体験を通じて、癒やしに加え、忘れていた知的好奇心を思い出す場所にできれば、という気持ちがあります」
水塊を見せることは、中村さんの展示手法の大切なエッセンスだ。その中には、少ない水や小さな水槽を大きく見せる工夫が含まれる。
「水塊とは水中の景観そのもの。水の美しさを表現するには、景観を上手く創り上げることが大事です。それによって、決して大きくない水槽が大きく美しく見える。
例えばサンシャイン水族館は都会の真ん中にあり、キャッチフレーズは『天空のオアシス』です。多くのお客さんは来る前からまず『きっと小さいだろう』と思ってくれる。そこがまず一つ目のポイント。実際小さいですし、水量も決して多くないのですが、小さいと思って来た人を『あれ、意外と大きいぞ』と驚かせるための工夫をいろいろと凝らしています。上手く錯覚を利用したり、空を使ったりなどで、広く奥行きがあるように水槽を見せていくのです。
例えば、遠近法を水槽の中で作る。通常は本物と同じリアルさを追求して、実寸の岩などで水槽をアレンジする。でもそれでは、水が入るとスケールを感じられないのです。そこで私は、例えばあからさまにパースペクティブがつくような位置関係で擬岩を配置して、奥行きを出してみる。
あとはサンシャイン水族館の大水槽でいえば、奥の海底部分を微妙に高くしているんですね。そして手前の擬岩やオブジェを鮮やかな色で、その奥の擬岩をブルーに、さらに奥は真っ黒に塗ることで、決して大きくはない水槽に上手く奥行きを出しています」
実際の3倍、4倍の大きさだと思い込んでしまうようなスペースを作るためには、他にもさまざまなテクニックを駆使する。
「例えば奥行きを出すために、水槽の中で色と照明を使って壁を作る。これは、舞台のホリゾント(舞台やスタジオで使われる背景用の布製の幕または壁、それを照らす照明のこと)にヒントを得ました。友達に『オペラ座の怪人』の舞台に誘われて、見に行ったことがあるんですね。舞台を見ると、狭いはずなのにすごく奥行きがある。その時は舞台の内容を何も覚えていないぐらい、照明の使い方、光の当て方ばかりを見ていましたね。
そこから、どんな色の光をどの方向から当てれば水槽に奥行きが生まれ、美しく見えるかを、さまざまな水族館のプロデュースを手がけるうちにノウハウとして蓄積していきました。
その結果、わかったことがあります。それは、人間は水槽を目だけではなく、自分のこれまでに見てきたものなどを照らし合わせながら『頭で見ている』のです。だからこそ、みんなの思い込み通りの世界を再現していけば、その通りに脳内で想像してくれるというわけです」
また、展示の順番や展開の作り方にもさまざまな工夫がある。
「まずは最初が肝心で、一つ目に、その水族館で一番また二番の水槽を置きます。これは、映画の『007シリーズ』や『ミッション・インポッシブル』といったアクション映画の作り方と一緒。最初に、その映画の一番もしくは二番目にすごいシーンを見せるのです。
そして、その水槽を見るスペースは広く取っておく。人だかりの後ろからでも、しっかりとよく見える大きさにせねばなりません。この二つができていれば、半分以上のお客さんがついさっきお金払ったことを忘れているでしょう。これが大したことないと、さっきいくら払ったかを、ずっと覚えているものです(笑)。
そしてクライマックスとなる一番ないし二番の水槽は、中間より少し前ぐらいにあるといいですね。お客さんが疲れずに見れてインパクトを残せるというと、そのあたりが適切かと思います。
水槽の構成についての考え方は水族館の規模によるのですが、サンシャイン水族館で言えば、ここは大きく分けて10階の海のエリアと11階の淡水のエリア、そして屋上エリアの三つがあります。以前は海のエリアと淡水のエリアは混在していたのですが、淡水をすべて11階に集約し、海のエリアは全部ブルーの水中感にしました。まず10階で海のブルーを楽しみ、11階に上がると淡水エリアの緑が目に飛び込んでくる。これよってお客さんは、別のエリアに来たことが印象づけられて、気持ちを切り替えてくれる。そして屋上のエリアでは、空を利用した独特の世界観を楽しむ。これらの工夫で、決して大きくないサンシャイン水族館でも、つい目を凝らして見続けてしまう。
また『北の大地の水族館』も小さいのですが、ここは最初に滝壺を下から眺める迫力ある水槽を持っていきました。まず、ここで確実に足を止めてもらいます。そこから進んでいくと、後半は熱帯の淡水魚、そして最後に一番最初の水槽に戻ってくる構造にしています。小さい水族館なので足早に回るとすぐに終わってしまうのですが、ここは3人のうち1~2人は2回見ます。2回目はたいてい、自分が好きな水槽をゆっくり見る感じですね。こういった工夫で、小さくても満足度の高い構造にします」
これらの見せ方とともに中村さんが重視しているのが、プロモーションだ。中村さんは常にターゲットを「大衆」に置き「メディア受け」を意識して水槽を作る。
「どれだけいいものを作っても、お客さんに伝わらなかったら意味がない。お客さんは、自分自身も含めた『大衆』です。テレビ番組は視聴率、ネットメディアはアクセス数が命です。どんな見せ方をすれば大衆が喜び、メディアが取材に来てくれるか。常にそれを考えて、作った後のプロモーションまでを念頭に置いて水槽を設計します。いいものを作るだけではダメで、どうやって伝えるかを常に考えています」
話題の水族館を作るノウハウ。その原点は、中村さんがかつて日本の水族館で初の広報室を作ったことにさかのぼる。次回は中村さんのキャリアについて、話を掘り下げていく。