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「おとうふ」がアイドルみたいに、キャーキャー言われたら楽しい
成熟産業といわれる豆腐作り。そんな中、直近10年間で売り上げを5倍以上に伸ばしているのが、群馬県前橋市に本拠を置く相模屋食料だ。'08年度に業界トップとなり、'09年度には豆腐業界で初めて売上高100億超を達成。さらには『機動戦士ガンダム』に登場する『ザク』の形をした『ザクとうふ』など、話題性があるヒット商品も続々と生み出す。「白くて四角いものだけが、おとうふじゃない」。そう考える同社の鳥越淳司社長の「企み」とは?
文=前田成彦(Office221) 写真=三輪憲亮
相模屋食料が作る「おとうふ」の定番といえば、売上の7割近くを占める木綿と絹である。彼らはそれに加え『ザクとうふ』『マスカルポーネのようなナチュラルとうふ』といった「おとうふの枠を広げる」ことを狙ったユニークな商品がある。これらは商品開発において、どのようなプロセスを経て生まれたのか。話題となった『ザクとうふ』を作り始めた経緯から、話をうかがった。
「商品開発に当たって、マーケットリサーチなどはいっさい行っていません。一番は、僕がガンダムが好きで、その中でも特にザクを好きだったこと。私の趣味なので、経緯も何もなくて(笑)。売り上げを見込むとか、こうしてやろう、みたいな考えもなく、本当に好きで商品化したいと思っただけなんです。周囲の人が心配するぐらい、販売計画もありませんでした」
「ザク」とは、アニメ『機動戦士ガンダム』に登場する量産型モビルスーツ。大のガンダムファンである鳥越さんは、たまたま『ガンプラ(ガンダムのプラモデル)』30周年記念のイベントを見たことをきっかけに、ザクの頭部を象った商品の生産を思いつく。しかし、主役であるガンダムを始めとしてさまざまなモビルスーツがある中、なぜ"敵役の量産型"をモチーフとしたのか。
『ザクとうふ』
「それは、おとうふとの親和性が高いからです。例えばザクは、すべてのモビルスーツの基礎。『ジオニック社』が作っているもので、彼らの最初の機体であり、そこからさまざまなモビルスーツに広がっていく、いわば基礎中の基礎なんですね。その点おとうふ、すなわち大豆も、日本食の基礎となる食材。和食の食卓を見てますと、ご飯があったり、みそ汁があったり、豆腐があったり、納豆があったり、しょうゆがあった。つまり、大豆はなくてはならないものです。
一番のポイントは、どちらも「量産型」ということ。ただ1機しかないガンダムのおとうふや『シャア専用ザクとうふ』がスーパーのおとうふ売り場にずらりと並んでたら、ファンとしてはもう許せませんから」
それにしても、社長が自らの趣味を発端にこの商品を作ろうと決めた時、社内ではどんな反応があったのだろう。
「呆れていましたね(笑)。『ああ、社長がまた何かやっているな』という感じでした。私達では基本的に、社員がおとうふの商品開発に参画することはほとんどない。ほぼ私の独断と偏見で、独善的にやっています。
しかし、それで彼らのモチベーションは下がってしまうことはない。なぜなら社員も、私にとってみればお客さんの一人なんです。これが木綿と絹であれば、社員にも『こういう風に改良しよう』という想像がつくものですが、これは、今までにないものを作り上げていこう、というプロジェクト。想像力の範囲でできるものではない。
以前は一緒にやっていこうという話もありましたが、やめました。これは作り方からすべて新しいもので、正解は何もありませんからね。そして今は、社員も『次に鳥越は何を考えて、どんな商品を出してくるんだろう』と、楽しみにしてくれています。私も社員には、お客さん以上に秘密にしたり(笑)」
2012年に発売した「ザクとうふ」は大きな話題となり、第31回日経優秀製品・サービス賞日経MJ賞優秀賞を受賞。同社の名前を大きく轟かせる大ヒット商品となった。
2014年に発売された『マスカルポーネのようなナチュラルとうふ』もまた、従来の豆腐のイメージを鮮やかに壊した、相模屋食料ならではのユニークな商品である。
「この商品のターゲットはいわゆるF1層(20歳~34歳の女性)。豆腐とは縁が遠いと思われていた人達でした。以前から、この層におとうふを売り込みたいという考えを持っていたのですが、たまたま出会った方がファッション関係に詳しく『東京ガールズコレクション(TGC)』のことを知りまして。
ここのランウェイを闊歩するモデルさんが、おとうふを持ってポーズを取る。そんなことができないかな、と思ったのがきっかけでした。実際に見に行ってみたら、驚きましたね。ファッションショーの合間に企業PRの時間があり、言ってしまえばただのプロモーションなのですが、ここでも10,000人を超える女の子たちが大きな歓声を送っている。
F1層はいわば、情報過多な人達です。『こんなCMに、私は絶対だまされないわ』と思っているだろうと予想していたのですが、このステージだけは熱量がまったく違った。それを見ているうちに、おとうふがアイドルみたいにキャーキャー言われたら楽しいな、と思うように…。
TOKYO GIRLS COLLECTION 2016 S/Sの様子
一般的なマーケティングでは、彼女達は基本的におとうふから縁遠い層で、攻略が難しいと思われていました。でも裏を返せば、彼女達へのおとうふのプロモーションは誰もやってないし、きっとこれからもやらないでしょう。こんな所を攻めたってムダ。誰もがそう思っているからこそ、チャレンジしたい。そんな思いが強くありました」
実際のところ、彼女達はおとうふを食べていた。しかしそれはダイエットや健康のため、食事の中に大豆を取り入れるようなイメージ。決して、楽しんで食べているわけではなかった。
「我慢して食べているのだから、これ以上何を期待してもムダ。そう思うのが普通です。でも逆に言えば、それもまた大きなチャンス。例え嫌々でも、すでに食べていただいているものがおいしくなれば、きっと面白いことになる。
まずは情報を得るために、女性誌を片っ端から読んでみたり、実際に彼女達が行く場所を歩き回ってみたり。例えば表参道で、彼女達がどんな感度でどんな風にモノを見ているのかを、自分の肌感覚で知ることに務めました。この時もマーケットのリサーチなどはまったく行わず、信じたのは自分の感覚のみ。もしそれが言葉で簡単に表現できるようなものなら、きっとすでに他の誰かやっていますよね。ですから、そこはすべて感覚です」
実際に歩いてみると、いろいろなことがわかった。
「当時はパンケーキの全盛期で、表参道では多くの人がお店に行列を作っていました。テレビを見てもともとイメージを持っていたのですが、実際に行ってみると、並んでいる人の多くは地方から出てきている人達。私達が狙うF1層の中核ではなかったのです。
じゃあ、ターゲットはどこにいるのか。足で調べてみると、例えば定番のチョコレートのお店や、シンプルな雰囲気のオーガニックカフェなどにいることがわかりました。例えばカフェでいうと、ウッディだったり、白を基調にした内装だったり、という感じ。シンプルといってもアップルストアのような無機質なイメージではなく、もう少し温かみがある雰囲気、というのでしょうか。
みんなシンプルなものを求めつつ、どこか温かみもほしがっていることがわかりました。これは自分で行って自分で感じないと、決して見つからない。人から教えられるものではなく、私の感度なんですね。教科書に載っていたり、誰かが分析してくれたものでもない。そして、そこは自分を信じたらそれでいい。他の人に説明して納得してもらうよりも、私達はものづくりの担い手。感じたことを商品で表現し、それに共感をいただけるかどうかで、判断すればいい」
鳥越さんが実際に街を歩いて導き出したキーワード。それが『ナチュラル』だった。そこから構想を煮詰め、商品化していく。その際のヒントとなったのは、あるフリーペーパーの記事だった。
「その中に『オリーブオイルで食べる大福』というものがありました。それがものすごくきれいな見た目で印象的で…。これを、おとうふでできないか。そう思ったのがきっかけで、3カ月をかけて開発しました。
これに関してもザクとうふと同じように、社内のスタッフ達にプレゼンしたり説得したりも、いっさいしていません。例えばナチュラルとうふは『マスカルポーネチーズみたいな食感にしたい』と考えました。でも、その私のイメージとスタッフが思うマスカルポーネのイメージは、どこまで行っても一緒にはならない。そもそも私は、マスカルポーネチーズそのものを作ろうとしてはいませんからね。作りたいのは、マスカルポーネのような『ナチュラルとうふ』というもの。そこは言葉でつながるものでは決してない。だから、イメージを言葉で伝えることは諦めています。スタッフには試作と試食によって、実際のイメージを徐々につかんでもらうしかない。
モノ作りには確固としたロジックがあります。でも、これらの商品については誰もやったことがない。だから、みんな躊躇するんですね。これをやっていいものなのか、この機械の選定でいいのか、というように。そこを私は『いいから、とりあえず入れちゃえ!』という感じで進めていく(笑)。やってみれば、何とかできるものです。いちいち踏みとどまって、失敗したらどうしようとか、あれこれよけいなことばかり考えるから、できないのだと思いますよ(笑)」
次回Part.2では、鳥越さんのキャリアの原点となった、雪印乳業勤務時代のことについて語っていただく。
相模屋食料株式会社 代表取締役社長。1973年京都府出身。早稲田大卒業後、雪印乳業入社。’02年、相模屋食料に入社。’07年に代表取締役に就任し、同社を大きく成長させ、木綿豆腐、絹ごし豆腐で生産量日本一を達成した他、「ザクとうふ」「マスカルポーネのようなナチュラルとうふ」などのヒット商品を手がけている。著書に『ザクとうふの哲学』(PHP研究所刊)。
※ 会社、役職、年齢など、記事内容は全て取材時のものです