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「こうなってほしい社会」にアプローチする
「女性の再就職支援・転職支援に強い人材サービス会社」といわれるビースタイルがなぜ「ゆるい就職」「変態×真面目採用」といったユニークな取り組みを行っているのか。その根底にあるのは、同社の「新しいスタンダードをつくる」という企業理念だ。今月は宇佐美さんのマーケティング、ブランディングと向き合うスタンスとこれまでのキャリア、そして同社の今後の展開などについて、語ってもらった。
文=前田成彦(Office221) 写真=三輪憲亮
例えば「面接をしない」新卒採用。週休4日・月収15万円の働き方を提供する「ゆるい就職」。アラフィフ主婦の就職支援企画「50!SIGNプロジェクト」。なでしこリーグ「スフィーダ世田谷」所属選手の就職支援。夫婦の家事分担を見直す「家事シェア講座」。子育てを顔見知り同士で頼り合うオンラインシステム「子育てシェア」。これらのプロジェクトは、女性向けの人材派遣・紹介会社として名高い、株式会社ビースタイルによる仕掛けの一部だ。
「僕の役割はいわば"変換キー"。つまり、CDOの三原邦彦とCEOの増村一郎の考えを形にすることです。二人の目指している社会がどのようなものか、を具現化し、知ってもらう。そのために思いを世の中から求められるメッセージに変換し、コミュニケーションを構築していきます」
同社のブランディング施策を手がける宇佐美さんは、2013年に新たに掲げた「新しいスタンダードをつくる」という新たな企業理念を具体的な形へと落とし込むべく、さまざまなプロジェクトを手がけている。「しゅふJOBスタッフィング」など既婚女性向けサービスで知られるビースタイルがなぜ、これらのCSR的な活動を行っているのか。
「3年前までは『ビースタイル=主婦に強い』というイメージの広報・PR活動を行ってきました。しかし会社の拡大と時代の変化とともに、それだけでは不十分になってきた。短期的な視点で売上や利益を追求する段階からステップアップし、中長期的な競争力を向上させるために、現在の事業に加えて企業のDNAに根付いているソーシャルアクションを起こす。そして『ビースタイルって何の会社なの?』という質問に対し、新たな答えを築き上げるフェーズに入ってきたのです。
そこで2013年の7月、僕らはbest basic style~時代に合わせた価値を創造する~という企業理念に基づいて『新しいスタンダードをつくる』というコーポレートスローガンを掲げました。子育てシェアや家事シェア、若い人やアスリートの支援などさまざまなプロジェクトを行う目的は、この言葉を、社内外に浸透させ強く感じていただくこと。そして、それにより僕らのブランド価値を高め、もっともっと社会から価値を認めてもらい必要とされる会社になることです。
顧客や社会、そして私たちの場合は求職者と、中長期的な目線で信頼関係を築き、社会の中で存在価値を高めていく。それは、会社が発展するために欠かせない要素です。強い会社、強いブランドほど、そういったコミュニケーションを高いレベルで行っています。」
「新しいスタンダードをつくる」という理念。それを象徴する一つのプロジェクトが、2014年にスタートした「ゆるい就職」だ。
「このプロジェクトはビースタイルが若者の働き方・多様なキャリアを創っていく意志を示すために行われました。パートナーとして、NEET株式会社代表取締役会長、そして慶應義塾大学特任助教である若新雄純さんをプロデューサーに迎えて企画しました。若新さんは企業の人材・組織コンサルティングを行う一方、全員がニートで取締役のNEET株式会社や、女子高生が自治体の改革を担う『鯖江市役所JK課』、一般的な価値観に迎合したくない若い人達を対象としたイベント『就活アウトロー採用』など、新しい働き方や組織作りを提案する実験的プロジェクトをたくさん実施されてきた方です。
『ゆるい就職』は、若新さんとウチの社内の実証機関「bstyle Open Lab」による、25歳以下を対象にした実験的プロジェクト。週休4日・月収15万円で働く社員を募集するもので、派遣先・紹介先企業は首都圏のベンチャー企業・IT企業などを中心に数十社。80名の募集に対し320名より応募があり、さまざまなメディアが取り上げて話題となりました」
この企画が成立した背景を知るには、今の若い人達ならではの仕事観を理解する必要がある。
「彼らにだって、経済的成功を追いかけたい気持ちは当然あります。でも今の世の中で、果たしてそれは人生・キャリアの大半を犠牲にしてまで追うべきものなのか。今の25歳くらいまでの人達は、そんな疑問を感じています。
'80年代の終わりごろ『24時間、戦えますか』というCMのキャッチフレーズがありました。僕から少し上の世代は、会社で長時間働けば昇進し、給料が上がっていくと信じていた。会社に勤めるならば滅私奉公。その見返りとして豊かな生活を送り、車や家を買って、家族を養う。そのような価値観がスタンダードだったわけです。
でも今、そんな滅私奉公の働き方でお金や車、家を得られるかどうかは、非常にあやふやです。一つの会社で頑張っても、必ずしも報われるとは限らない。それを、みんなが知ってしまった。だから目指すべきゴールが見えない。幸せとは何なのか。そして、働いて会社に尽くして地位をもらえば、本当に幸せになれるのか。彼らはそんな疑問を持ちながら、悩んでいる。
じゃあ、正しいキャリアとは何なのか。その答えは人それぞれで、彼らが目指す像は実に多様です。起業して成り上がろうとしている人がいる一方で、シェアハウスに住んでコミュニティを作り、みんなで助け合って暮らそうと考える人、アーティストや芸能活動と仕事を両立させたい人もいる。価値観はバラバラで、昔のように、みんながサラリーマンとしての成長を正しいと信じている時代ではありません。
『ゆるい就職』は、そんな時代の中における新しい働き方の提案です。勘違いしてほしくないのが、一般的な人よりも多く休んで安定収入が得られるよ、よかったね、ということでは決してない、ということです。
週3日勤務というワークスタイルを作ることが、今の時代の働き方に違和感を覚える若者達が自らのキャリアを発展させる一つの選択肢になるのではないか。『ゆるい就職』は、そんな可能性を見据えた上での新しい働き方の提案です。自分にとってしっくりくると感じられるキャリア形成の方法。その選択肢として、このプロジェクトは存在しているのです。
具体的には、勤務が週3日程度に抑えられることで、余った時間で起業する、アーティスト活動をする、芸を磨く、スポーツで身を立てる…。そういったチャレンジの余白を生み出すことが、この企画の本当の目的です。若い人達がこの仕組みを上手く利用してさまざまなことに自由に取り組み、ある人は新しい何かに挑戦する。またある人は、人生観や職業観を模索し、試行錯誤するためのモラトリアム期間とする。そんな自由な働き方を実現することで、今の時代なりのキャリア形成の在り方がみつかるかもしれません」
時代の変化に合わせて、その時代を生きる人に新しい働き方を提案していく。それを自ら実践することで、ビースタイルが、新しいスタンダードをつくろうとしている会社であることを、より多くの人に感じてもらう。すべての根っこにあるのは、その考えだ。次回は宇佐美さんとビースタイルのこれまでを紐解きながら、彼が考案するブランディング施策の背景にあるものを掘り下げていく。
※ 会社、役職、年齢など、記事内容は全て取材時のものです