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よき出会いを経て生まれた、新たな化学反応
2006年に独立し、茅場町に立ち上げた森岡書店。そこでは写真集や現代アートなどの古書を扱いつつ、展示や出版記念イベントも手がけていた。そして、店を作って8年が経った2014年に、大きな変化が。きっかけは、株式会社スマイルズ代表・遠山正道さんとの出会いだった。
「当時は、あと2年で茅場町の店舗が10周年というタイミング。節目を迎えるに当たり、次の10年は新しいことをしようと考えていました。『1冊の本を売る』という現在のコンセプトは、その時すでに頭にありましたね。
実は私がずっと考えていたコンセプトはそれだけではなく、『1冊の本を売る書店+アトム書房』というものでした。アトム書房とは1945年、原爆投下直後の広島に誕生した書店で、当時21歳だった若者が、広島の復興を担うために始めたもの。その店のようすをフォトグラファーの木村伊兵衛さんが写真に収めたことで、名が知れるようになりました。
私の考えは、東日本大震災からの復興を重ね合わせてアトム書房を復活させ、そこで1冊の本を売ろう、ということ。とはいえ森岡書店の経営状況は、それをすべて自分でできるほどではありません。新しいことを始めるとしても、金融機関からお金を借りる必要がありました」
ちょうどそのころに「表参道にあるtakram design engineeringでスマイルズの遠山正道さんがプレゼンのイベントを行うので、何かやってみないか」という打診があった。
「takram design engineeringに渡邊康太郎さんというアートディレクターさんがいらっしゃいます。レナード・コーエンさんが書いた『Wabi-Sabi わびさびを読み解く』という作品の翻訳本で、あと書きを一緒に書くことになったことで知り合った方です。その方から、takram academyという勉強会的なイベントに誘われまして。その時は、遠山正道さんがビジネスをテーマに講演を行い、その後、参加者が自分が考える新たなビジネスについてプレゼン。遠山さんがそこから優れたアイデアを選ぶ、というものです。
ちょうどその少し前に、遠山さんが書いた『やりたいことをやるというビジネスモデル-PASS THE BATONの軌跡』という本を、友人が編集していた関係で読んでいたのです。遠山さんの『ビジネスでアートをする。アートでビジネスをする』という考え方に感動しており、以前からSoup Stock Tokyoも好きでしたので、ぜひ参加させてほしいと返事をしました」
これまでSoup Stock TokyoやPASS THE BATONなど、斬新なビジネスを立ち上げてきた遠山さんも、常に新しいアイデアを探していた。
「Soup Stock Tokyoはファストフード、PASS THE BATONはリサイクル。扱っているものはそれぞれ違いますし、いずれもすでにある業態です。でも、既存のものを遠山さんが手がけると、ああいう形の違った世界観が生まれる。それが素晴らしい。
二つ返事でOKし、さっそく渡邊さんに取り次いでいただきました。あとで聞くと渡邊さんには、僕が何かのアイデアを持っている、という直感があったそう。『遠山さんと会わせたら化学反応が起きそうだ』という野生のカンのようなものが働いたのかもしれません。
「きっと理解してもらえる」という気持ちでプレゼンに臨んだのは、今も忘れぬ2014年9月2日のこと。結果、森岡さんは「遠山正道賞」を受賞。遠山さんのサポートを受けることで、「1冊の本を売る」というコンセプトに、生命が吹き込まれていく。
「その時は『1冊の本をアートととらえ、それを多くの人と共有する』という基本コンセプトをお話しました。それと出版業界の事情も踏まえ、出版社の倉庫に戻されて断裁される前の本をもう一度展示する、という話もしました。『いったん役目が終わったものに、もう一度光を当てる』という考え。おそらくそれが、遠山さんが手がけたPASS THE BATONの考え方に近かったのだろうし、それまでになかった価値を遠山さんが評価して下さったのだと思います。そこから、スマイルズのメンバーとの相談がはじまりました。
アトム書房のアイデアについては最初、面白いとなっていたのですが、そこから話を詰めていくうちに、ビジネスとしては慎重に考えるべきだと思い、外しました。原爆の惨禍を前提とした商売はするべきでないし、広島ならともかく、東京でやるのも少し違うんじゃないか、ということが理由です」
こうして徐々に固まっていったコンセプト。最終回となる次回は、銀座に現在の店舗を立ち上げた経緯と、森岡書店のこの1年を振り返った上での今後の企みについて、話をうかがう。
※ 会社、役職、年齢など、記事内容は全て取材時のものです