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「1冊の本を売る」というコンセプト
銀座の裏通りにある、わずか5坪の小さな書店。その大きな特徴は「1冊の本を売る書店」である、ということ。今月はそんな「森岡書店」の店主・森岡督行さんに、少々トガったビジネスモデルのディテールと森岡さんの人となり、そして開店からのこの1年間について、お話をうかがっていく。
文=前田成彦(Office221) 写真=三輪憲亮
銀座一丁目の静かな裏通りにひっそりとたたずむ、レンガ造りのビル。昭和4年竣工の、東京都選定歴史的建造物に指定されたこの建物の1階に「森岡書店」はある。店内のスペースはわずか5坪。オープン1年になるここの面白さは何といっても、店のコンセプトだろう。
「扱う本は、1週間で1タイトルのみ。販売するのは1冊の本と、そこから派生するグッズや作品です。言い換えれば『1冊の本から派生する展覧会を行う書店』とも呼べますね」
語るのは、店主の森岡督行さん。森岡さんはなぜ、このユニークはコンセプトを思いついたのだろう。
「森岡書店を初めて10年になるのですが、この店は以前、茅場町にありました。当時はこのような営業形態ではなく、写真集や現代アートなどの古書を専門的に扱ってました。そして年に何度か、著者を招いて新刊の出版記念イベントを開いていたのです。
イベントをやってみて、気づいたことがありました。当時の場所は、わざわざ足を運ぶような街でもない茅場町の、決して便利とはいえない場所のビルの3階。そこに多くのお客さんが、1冊の本のために集まって下さっているわけです。
例えばお菓子などのお土産に持ってきてくれたお客さんが『出版おめでとうございます』と言って本を買う。著者はそれにお礼を言い、本にサインを入れて渡す。そんな会話から生まれる関係性は、本当に素敵なものでした。著者と読者が直接接するイベントが、いかに素晴らしい機会か。それに気づいたわけです」
好きな本の著者に接したお客さんも、読んでくれる人とじかに触れ合えた著者にとっても、売り上げが立つ出版社と森岡書店にとっても、うれしいことだった。
「まさに、皆がハッピーになれる仕組み。そしてもしかすると、1冊だけあれば他の本がなくても書店として成り立つんじゃないか、とも思いました。本を作った人と、買って読む人が密接につながることのできる環境を作れたら、どれだけ素晴らしいだろう。そんなことをぼんやりと考えるようになったのが始まりです。
実はこのアイデア、8年ぐらい前から考えていたようです。自分も忘れていたのですが、お客さんが覚えてくれていました。2006年に独立して茅場町の店を作り、開店して1年経ったころにこの話をしていたと、教えていただきまして(笑)」
何も知らずに前を通りかかると、森岡書店は一見、ギャラリーのようである。
「先週は植物の本を扱ったので、お花屋さんのようでした。でも先々週は肉の本を扱っていたので、瓶詰したレバーペーストが並んでいました(笑)。来週は写真のギャラリーのようになり、再来週からは缶バッジの本を扱うので、雑貨店みたいになります。つまり展示によって、イメージはがらりと変わる。
それは、この場所だから、というのもありますね。このビルはもともと、日本工房という編集プロダクションがあり、多くのクリエイターが集った場所。そのため、何でも受け入れられることができる懐の深さがあるように思います。
その中で守っているのが、店のレイアウトの中心に本を置くこと。それをしないと、ギャラリーとの違いがなくなってしまう。1冊の本を売る、というコンセプトの中で、立ち上げから変えずにこだわっているのはそこです」
一般の書店のように、ただ書籍を販売するわけではない。著者との接点など、さまざまな体験とともに本を売る。つまり森岡書店とは、銀座の裏通りにある古いビルの一角を利用した、たった5坪の集客拠点。そのアプローチは、ライフスタイルを提案する中で本を売らんとする蔦屋書店や、ビールとともにイベントを毎日開催する下北沢の本屋B&Bとも共通点があるように思える。
「ご存じかと思いますが、書籍の利益率はよくて3割。これだけメディアが多様化している今の時代に、本の売り上げだけで書店をやっていくのはかなり厳しいです。そうなると、書籍から派生した物販が収益のメインになってくる。そのビジネスモデルは最初から想定していました。ある意味『本屋をやりたいからこそ、物販をちゃんとやる』わけです。
時代の流れの中で、紙の本の役割は大きく変わりつつある。私自身、ウェブ媒体を見ますしSNSもよく使います。そしてアマゾンで買い物をすることもあります。そんな時代の中で紙媒体を扱う一番の理由。それは、コミュニケーションの手段として秀逸であることです。
著者が読者に、直接手渡すことができる。そして『ここを一所懸命作ったんですよ』といった会話が生まれていく。そんなコミュニケーションを生み出す『モノとしてのよさ』。それこそが、電子書籍にない紙の本ならではの魅力。本は一つの作品であり、オブジェとして本棚に並べることもできる素晴らしいアート。その部分はきっと不変だと思います」
※ 会社、役職、年齢など、記事内容は全て取材時のものです