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思い描く社会の理想像を、現実に変えていく
週休4日・月収15万円の実験的な働きかたを25歳以下の若者に提供する「ゆるい就職」。この企画が成立した背景にあるもの。それは、今の若者が感じている違和感だ。対象とする若者と近い経験を経て就職した宇佐美さんだからこそ、考案・実施できた企画ともいえる。
「僕自信は大学に6年間在籍していましたが、後半3年間は、ほとんど大学に行っていませんでした。当時、『こういう仕事をしたい』という理想や希望はありましたが、「この会社」に入ればそれが実現できる、という確信を持てておらず自分の生き方を模索する時期を過ごしていました。
会社に所属して仕事をすること自体は、当時からそれなりにできる自信は持っていました。でも安易に就職しレールに乗ることで、本当に自分が向かいたい方向へと進めるのか。もしかしたら、望まぬ方向に進まざるを得なくなるのではないか。自分が就職する会社の敷いたレールに自分のキャリアをコントロールされてしまっていいのか。そういった懸念が拭えませんでした。
自分もそうですが、今の若者は、今の社会や企業というものを疑って見ています。世の中的には『立派だ!』ともてはやされている会社が不祥事を起こしたり、リストラをしたり、買収されたりしてしまう、社会保障や年金などの仕組みが持続不可能に思えて、自分の将来に不安を感じてしまう…これから先の社会に楽観的な希望を持つことができず、何が起こるか不透明です。だからこそ、社会や企業の敷いたレールに乗ることに抵抗感を覚えているのだと感じます。
今の若い人も、昔の自分が抱いていたものに近い違和感や問題意識を持っているように感じます。そしてその違和感とは、決して今の社会にいる大多数のオトナから評価されるものではないことも、彼らはよくわかっている。『ゆるい就職』や『変態×マジメ採用』は、自分のパーソナリティとも重なる部分があり形にできた企画です。対象となる若者と僕が近い世代で、かつ違和感を共有できているからこそ、生みだすことができたのかもしれません。」
では当時、宇佐美さんが取り組みたかった仕事、そしてビースタイルに入社した理由とは何なのか。
「もともと教育や、人がキャリアを形成していくプロセスに携わりたいという気持ちがありました。そこで、学生時代はキャリア教育を行うNPO法人や社会人向けの教育会社を中心にインターンをしていました。その中で『人の成長って何だろう』『社会が求める人を育てるために、必要なことは何だろう』といった悩みを抱くようになりました。
ビースタイルの選考を受けたのは、大学6年目の夏でした。人材ビジネスを選んだ理由は、学生時代の活動を通じて社会で活躍する人はどういう能力や経験が評価されているのか、どうすれば組織が個人のポテンシャルを引き出すことができるのかを、自分自身がまだ理解できていないと気づいたから。それなら人材ビジネスというフィールドに入り、社会で評価される人材になるために必要なことを学び、そこから事業を興すなりすればいい、と思ったのです」
ビースタイルは2002年の創業時より、どうすれば結婚、子育てをしている主婦が社会で活躍できるか、どのように彼女達が活躍しやすい職場や仕事を創るのか、というテーマを追求。既婚女性を中心に就業支援を行ってきた。宇佐美さんが入社した2009年当時も、既婚女性が働くための環境は未整備の状態だった。
「当時、ダイバーシティという言葉はすでに存在していました。でもそれを実践できている企業はごく一部だけ。既婚女性が働く場所も、独身の方も含めた女性が第一線で活躍する機会は、まだまだ少なくその必要性も多くは語られていませんでした。ですから、女性の活躍がどれだけ会社に価値をもたらし、今後の組織運営においていかに重要であるかを、理解していただく必要がありました。
入社当時、既婚女性の採用と能力の活用はまだまだ啓蒙のフェーズにあったわけです。そのため、入社してからしばらくの間は、主婦がいかに優秀で価値があるかを企業に正しく伝えるための取り組みに、多くの時間を割いていました」
2009年に入社した宇佐美さんは新規事業立ち上げの部署で、キャリアをスタートさせた。
「最初に配属されのは新規事業の立ち上げ部署で、現在『キャリ・チェン』と呼ばれるサービスの立ち上げでした。このサービスはビースタイルにとって主婦以外の女性を対象とした人材サービスの第1号で、非正規雇用で働く女性の正規雇用化するためのサービスです。本当に0からのスタートで提供するサービス内容も決まっていない状態だったので、どうやって求職者を集め、キャリアカウンセリングを行い、どのようにお客さんから案件をいただいき、それをマッチングするのかといったことを身を持って知ることができ、人材サービスの全体像を体感することができました。
その後は、主に法人向けのマーケティングや営業推進を手がけました。学んだのは法人の意思決定プロセス、そして、どんな価値訴求やキーワードが喜んでもらえるのか、どのように顧客の購買意欲を高めるのか、といったことでした。
やはり、BtoBマーケティングには独特の難しさがあります。BtoCマーケティングにおいては、消費者が抱える悩みや欲求を刺激することが大事。でもBtoBマーケティングで結果を出すためには、別のアプローチが必要だと理解しました」
この時に培ったこと。それは「決済を通す」ための基本スタンスだった。
「企業には担当者と決裁者が別れていることが多いので、担当者ではOKだったものや乗り気だったものが、決裁者の決定でひっくり返されることがあります。確率をあげるために必要なことは、担当者のミッションと決裁者の判断基準についてしっかり理解することです。それをよく考えず、クライアントのご担当者様に役割外のメッセージを届けても反応をいただけませんし、自分事に思ってもらえません。
彼らの仕事における役割、責任、上長から任されているミッション、感じている不満を理解することで反応率をあげることができます。その上で、決裁者に受け入れてもらえる企画に仕上げていきます。そのためには、精度の高い仮説を立ててコツコツとPDCAを回すこと。現場をよく知っている営業マンと一緒に仮説を立て、それに基づいてコンテンツを作りこみ、実施・検証するプロセスを回していく。その繰り返しで精度をあげていきました」
そんな宇佐美さんがビースタイル全体のブランディングプロジェクトを手がけるようになったのは、2013年のこと。まずミッションに据えられたのが、コーポレートブランドのリニューアルだった。
「まず会社の拠り所としての企業理念は「best basic style ~時代に合わせた価値を想像する~」です。世の中の変化に合わせて『こういう社会になったらいいよね、なるべきだよね』という求められる理想像を提案し、それを現実のものにする。それが、ビースタイルという会社のあり方です。また、創業から11年経過し、事業領域が主婦だけではなく、女性全般を対象としたものに拡大していたため「ビースタイル」という社名から連想してもらいたいサービスが主婦領域だけではなくなっていました。そこで、事業のブランドとコーポレートのブランドを見直し、適した形にアップデートする必要がありました。
そのためにはまずあらためて、社外のコンサルタントの方の力も借りながら弊社の代表二人が考えていること、大事にしていることを棚卸し、企業理念・経営理念・行動規範等に価値体系を整理しました。そして弊社の名前の由来にもなったスローガン『Best Basic Style~時代に合わせた価値を創造する』の目指す方向性を伝播しやすくするために、タグラインとして『新しいスタンダードをつくる』を設定しました。『ゆるい就職』などの企画は、この理念やタグラインを体現するために生み出されたものです。
ただし、タグラインを設定することで制約も生まれます。それは、設定したタグラインに反することをしてはいけない、ということ。タグラインに反する意思決定や行動をしてしまうことで、社外的にも社内的にも、築き上げてきたブランドを毀損することになります。僕らは企画を考える上で『これは本当に「新しいスタンダードをつくる」ことなのか。そして、今の世の中で価値のあるものになり得るのか』ということを、常に自問自答し続けています。」
次回は、宇佐美さんが手がけてきた「面接をしない新卒採用」「変態×真面目採用」の企画背景と狙いについて、話を聞いていく。
※ 会社、役職、年齢など、記事内容は全て取材時のものです