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渋谷という街が発する「サブカルのにおい」
bar bossaのある、渋谷という街。そこには、さまざまな境遇の人達がやって来る。
「バーは、街の一番大きな会社の城下町になりがちです。この近辺で最も大きな会社といえば、NHK。NHKでは2万人が働いていますし、関連会社や取引先の人なども含めると、プラス2万人ぐらいが出入りします。
マスコミの方は、何かしらのこだわりがある店、特徴がある店に行きたがります。そして、すごくボサノヴァに詳しいほどではなくても、新しいもの、流行しているものが好きだったりする。ですからNHK関係の方達は、ウチの大切なお客様になって下さりました。
実は店を作った当初は、NHK色が強くなりすぎることが少し怖かったのです。ところがやってみると、その心配は無用でした。オープン以来、実にさまざまな方に来ていただきました。これは、時代背景もあったと思います。
'90年代の終わりごろは、いやらしさのないナチュラル思考がトレンド。ですからバブル時代に流行した、バーテンダーが膝をついて接客するような店はカッコ悪いものとされ、女性を連れて行くと警戒されるような状況でした。ブームは、もっとアコースティックなカフェで、そういった所ならば女性を誘いやすい。bar bossaにはその流れに合致した部分があった気がします」
そしてカフェの流行に伴い、いわゆる「カフェミュージック」が流行した。
「この時に『渋谷系』と呼ばれていた人達が、ボサノヴァに注目。その結果、ボサノヴァ=オシャレという価値観ができました。そのおかげで、感度の高いDJの方や広告代理店、レコード会社や出版社の方などがいらっしゃるようになった気がします。
また、渋谷は映画の街でもあります。たくさんの映画館と映画関係の会社がありますから、そういった方もよく来られます。また、この近辺から富ヶ谷、代々木方面は『奥渋谷』といわれるゾーン。SHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERSや編集プロダクション、そしてアパレル会社もたくさんあります。そういった方々も、頻繁に来て下さった。
この、渋谷という街がもつ『サブカルのにおい』。店にさまざまな境遇の人がいらっしゃるようになったのは、その影響が意外と大きいんじゃないかと思います。これは、例えば銀座には決してないものです。ウチに感度の高い人達がたくさんいらっしゃることに気づいたのは、店を初めてしばらく経ってからのことでしたが…」
バーに来る客層は、時代を表す鏡のようなもの。'90年代から2000年代、そして2010年代と時代が移り変わると、頻繁に来る客層も変化していく。
「オープンした'97年から2000年代にかけての時期は、領収書を切って飲む方が多くいらっしゃいました。あのころは『暗黒の時代』といわれますが、景気は決して悪くありませんでしたよ。当時は8千円~1万円のワインが、普通に出ていましたからね。
2000年代半ばまでは、レコード会社や出版社の方がよくいらしていました。しかしリーマン・ショックが起こると、お見えにならなくなりました。映画関係の方は、作品が当たっている時期はよくいらっしゃいますが、最近はあまりお見かけしません。また、一時期はアプリ開発を手がけている人がよく来ましたが、だいぶ減りましたね。そしてテレビ局や広告代理店の方の領収書は、最近ほとんど書くことがありません。
要は『今、売れている業界』の方々が来るわけですね。最近多いのが、渋谷にある大手IT企業の方々でしょうか。広報担当の方や、ITコンテンツの制作をなさっている方が多い気がします。最近は『bar bossaは"ネット文壇バー"だね』などと揶揄されることもあります(笑)。領収書は、世間の景気を反映している。つくづくそう思います」
そんなbar bossaがここまで変わらずに続いてきた理由の一つ。それは、女性に好まれる内装のアレンジだろう。
「男性の方が好む内装を女性の方が好むことは、まずありません。『あの店に、もう一度行ってみたい』と思わせるためのポイントは『かわいい』です。うちの内装はほぼ、妻が考えています。大事にしているポイントはいくつかありますが、まず、トイレのくさい・汚いは絶対にNG。トイレが不潔な店を、女性がリピートすることは決してありません。
ちなみに、ウチのトイレはなかなかかわいいと思いますよ。清潔に保つ他、特に気をつけているのが、高価ないい石鹸を使うこと。いい石鹸が置いてあるのはいい店。そんな気がしています。
あとは、花ですね。男性がオーナーで男性のバーテンダーがいる店の多くは、花を飾ることはありません。花はいい値段しますからね。毎日飾っていると、月に数万円の出費になる。それでも、それ以上の効果があると確信しています。生花があると、女性は気持ちがアガるものです」
bar bossaが約20年わたり、大きく変わることなく続いてきた理由は、他にもたくさんある。
第3回では、バーに来るお客さんとの関係の作り方、そして林さんが大切にしている心がけなどについて、話を聞いていく。
bar bossa(バールボッサ)店主。1969年徳島県出身。18歳で上京し、20歳で中古レコード店に勤務。その後ブラジル料理店とショットバーを経て’97年、bar bossaをオープン。’01年にはネット上にBOSSA RECORDSを立ち上げ、CDライナーへの執筆も多数手がける。著書に『バーのマスターはなぜネクタイをしているのか? 僕が渋谷でワインバーを続けられた理由』(DU BOOKS)。電子メディアcakesに連載中のコラムをまとめた『ワイングラスの向こう側』(角川書店)。
※ 会社、役職、年齢など、記事内容は全て取材時のものです