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「ハラール」。それは300兆円超の巨大マーケット開拓のキーワード
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「ハラール」。それは300兆円超の巨大マーケット開拓のキーワード
「ハラール」という言葉をご存じだろうか。「イスラム法において合法なもの」を指すこの言葉。実は東京オリンピック・パラリンピックの開催される2020年に3000万人の観光客誘致を目指す日本にとって、非常に大きな意味を持つ。今回登場いただくのは、その2020年に向 けて、世界の食や文化にまつわるインバウンド事業を主軸に、ECサイト、SNS、カフェ、キッチンカー、イベント等を巧みに連携させてハラールに関する 啓蒙にも力を注ぐ日本SI研究所の友野健一さん。今、話題となりつつある「ハラールマーケティング」、そして友野さんの「これまで」と「これから」について、お話をうかがっていく。
文=前田成彦(Office221) 写真=三輪憲亮
「観光立国」を目指す日本。2014年の訪日外国人数は約1400万人で、'13年の約1000万人から大きく伸びている。政府が目標として掲げているのが、東京オリンピック・パラリンピックの開催される'20年の目標も、当初の2000万人から、3000万人に上方修正された。
「その際の大きな課題の一つが、食です。ベジタリアンやヴィーガン、オーガニック、そしてムスリム(イスラム教徒)など、多くの外国人を迎え入れ、彼らに心置 きなく日本を満喫してもらうには、宗教やライフスタイルをベースにした、世界の多様な食文化についての知識と理解が欠かせません」
語るのは現在、IT企業の日本SI研究所で食にまつわるインバウンド事業を手がける友野健一さん。友野さんがコンセプト作りを行った浅草の「SEKAI CAFE」 は、いち早く外国人観光客増加の流れに対応。豚肉やアルコールを一切使わないムスリム向けや、動物性食品を排したベジタリアンやヴィーガン向けメニューの 他、トランス脂肪酸や遺伝子組み換え食品を使用しないオーガニックメニューも提供。毎日、多くの外国人でにぎわっている。
「宗教やライフスタイルによって、世界にはさまざまな食の制限があります。例えばイスラム教では、豚肉やアルコールは禁止。また中国や台湾には『五葷』、つま り、ニンニク、ラッキョウ、ニラ、ネギ、アサツキを食べることを禁じる仏教系のベジタリアンが中国で6%、台湾で10%います。また欧米には、MSG(グ ルタミン酸ナトリウム)など、科学調味料や遺伝子組み換え食品、化学処理された食品を嫌うオーガニック指向の人も多くいる。SEKAI CAFEは、そういったあらゆる人達の食をサポートしていきます」
SEKAI CAFEのコンセプトは「世界中の人と同じテーブルを囲んで楽しむ」ことで、彼らの食に関するさまざまな要望に対応している。そしてこの店が対象としている、観光で浅草を訪れる外国人の中で今後最も伸びが期待されている存在が、ムスリムだ。
「現在の訪日外国人約1400万人のうち、約800万人がアジア系といわれています。そのうち中国、韓国、台湾の方々が8割程度。そして残りの100~150万人がASEAN諸国の方々です。この中で今、増えてきているのが、インドネシアやマレーシアからの観光客。その数は2014年でいえば、インドネシアは2013年比107%、マレーシアは2013年比63%の増加を見せています。そして'20年にかけて、その数は間違いなく増えていきます。
マレーシア、インドネシアからの観光客が増えた理由の一つ目が、ビザの取得免除と発給要件の緩和です。'13年夏からはマレーシア国民が観光やビジネス目的で短期滞在する際のビザが免除され、'14年秋にはインドネシア国民に対するビザの発給要件が緩和されました。そして二つ目が、エアー。特にLCC(格安航空会社)が相次いで就航したことも、大きな要因となりました。そして、円安の影響もありますね。これら3つは、クールジャパン事業のPRよりも効果が高いでしょう。そしてマレーシアやインドネシアの後は、ベトナム、カンボジア、ミャンマー、バングラデシュといった国の人達も、経済成長とともに連鎖するかのように、日本へどんどん訪れることになるはずです。
それらの国の一つの特徴が、多くのムスリムがいること。例えばインドネシアは人口の88%に当たる約2億5千万人、マレーシアは人口の61%に当たる約3千万人がムスリムです。東京オリンピック・パラリンピックが行われる'20年にかけて、それらの国から多くの人達が日本へやって来ます。そしてそこには、さまざまなビジネスチャンスが存在しているのです」
ところでイスラム教と聞き、皆さんは何を想像するだろう。例えば砂漠、石油、紛争…それらはこの宗教を取り巻く多面性の、あくまで一部分に過ぎない。
「今、ムスリムの数は16億人といわれています。つまり、全世界の4人に1人が、イスラム教を信仰しているのです。しかもその人口は、'30年にかけて約22億人に増えると予想されています。そして多くのムスリムは東アジアから中東、北アフリカにかけて居住していますが、約16億人のうち10億人がASEAN諸国の人達です。つまり今やASEAN諸国は、中東圏を上回るムスリムが暮らしているエリアなのです」
そして、ムスリムを対象とするマーケットの規模は300兆円超と推測され、経済発展による所得向上や消費活動の多様化により、さらなる拡大が見込まれている。今後、多くのムスリムの観光客を受け入れる日本にとっての、この巨大マーケットを開拓するためのキーワード。それが「ハラール」だ。
「ハラールとは『許されたもの』という意味で、イスラム教の教義における健全な商品や活動のことを指します。食という意味で話題になることが多いですが、実際には生活用品や医薬品、そして金融や各種サービスにおいて、ハラールとハラーム(許されないもの)が存在します。
例えば食事に関して言えば、アルコールや豚肉、豚の脂や、それに由来する成分が入ったものはハラーム。そのため、みりんなども、使ってはいけません。そして 牛肉や鶏肉は、それ自体ハラームではありませんが、イスラムのルールに則って屠畜されている必要があります。そして商品の製造ラインや輸送、保管について も、ハラームとは分離させねばなりません。他にも、生活の中でさまざまなハラールとハラームが存在します。それを理解しないと、ムスリム相手のビジネスは 成り立ちません」
ただし、ハラールに関しては複雑なルールが存在するため、ムスリム以外がそれを理解することは非常に難しい。そのため、ハラールか否かを審査し、認証を行う第三者機関が存在する。
「第三者機関で有名なのは、NPO日本ハラール協会と宗教法人日本ムスリム協会です。この二つは、マレーシア政府ハラール認証機関(=JAKIM)の相互承認 を受けており、信用度は非常に高いです。これら以外の機関は日本で独自に立ち上げられたもので、日本に住むムスリムにとって拠り所にはなりますが、例えば ハラール商品として輸出する場合などは、受け入れてもらえない場合も出てきます。
認証を取るまでには、やはり手間 はかかります。新規で店舗を作る場合は新品を入れてしまえば問題ないのですが、もともと豚やアルコールを扱っていた厨房のある店の場合、ムスリムによる宗 教洗浄が必要になるなど、面倒なこともあります。他にも、冷蔵庫などの設備を入れ替えねばならない、といったケースも多々…きっちりすべてやろうと考えると、それなりの認証対応が必要になって非常にハードルが高いし、認証後の維持も大変です。
そうした流れを受けてか、最近は、認証に頼るのではなく、食品の原材料情報を開示してムスリムに判断してもらう、という新しい流れが出てきています。ベー スとして、ハラーム食品などを『こういったものは入りません』としっかりお伝えし、その上で、例えば肉はハラル肉を使うとか、アルコール類は使用しないと か各店舗でのポリシーやルールを決め、それをメニューなどに明記しておく。それでOKならばぜひ食事をして下さい、という形で情報開示をして、最終的な判 断は来た人に任せるというものです。私どものSEKAI CAFEもこの流れを用いて、ムスリムの方々に来店いただいています。また、こうした食の情報開示は、ベジタリアン、アレルギーをお持ちの方々にも、有効な手法と感じています。
ムスリムにも厳密な人と、そうでもない人もいるといわれています。アラブ系の国々に比べ、ASEAN諸国のほうが、個人差があるとも聞きます。あくまで神様と個人の約束なので、信仰度合いは人によってまちまち。食以外、ファッションについても同様で、女性がかぶるヒジャブでいえば、ほぼ黒色を好む方々もいれば、華やかな色や、柄を纏う方もいます。マレーシアの伊勢丹の広告では、女の子は 華やかなヒジャブをまとって下にデニムを履いていたりします。日本国内ではあまり意識しないかもしれませんが、ムスリムへのアプローチとして今後、大切なのは、宗教のベースを理解した上で、地域毎の多様性をリサーチすること。そうした多様性に、特にエネルギーを感じるASEANのムスリムマーケットには、 大きなビジネスチャンスを感じます。」
では、友野さんは今、どのようなスキームによってムスリムにまつわる食のインバウンド事業を進めているのか。
第2回では、友野さんがSEKAI CAFEとともに手がけるEコマース事業、そしてメディア戦略のディテールに迫っていく。
1968年2月28日東京都出身。中央大学を卒業後、’90年に1期生としてNTTデータ通信入社。システムエンジニアとして金融機関やコンビニエンスストア向け のシステム構築を行う。勤務と並行してNPO多文化共生センター東京やNPO向島学会でさまざまな地域活動を行い、東京スカイツリーの建設決定に伴って ’07年、景観シミュレーションイベント「光タワープロジェクト」を手がける。’08年に㈱NTTデータを退職。同年よりコンサルティング会社にてプランナーとして日本橋の地域活性化事業、’10年からは一般社団法人墨田区観光協会にて広報・メディアプロデューサーとして墨田区の地域活性化事業に携わる。 ’15年より株式会社日本SI研究所にて、「食」と「IT」にフォーカスしたインバウンド事業をスタート。
※ 会社、役職、年齢など、記事内容は全て取材時のものです