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日本酒、焼酎と同じムーブメントが今、ビールにも起こりつつある
昨年来、徐々に大きなムーブメントになりつつあるクラフトビール。その中でも今、特に話題となっているのが「日本食に合うビール」として知られる「馨和KAGUA」だ。販売元である日本クラフトビールの代表取締役・山田司朗さんは、もともとファイナンスのスペシャリストという異色の経歴を持っている。彼はどのような考えからクラフトビールの世界に足を踏み入れ、今後、いかなるブランドバリューを構築しようと考えているのだろう。
文=前田成彦(Office221) 写真=三輪憲亮
山田さんは大手ベンチャーキャピタルからサイバーエージェント、オン・ザ・エッヂ、などを経て、日本クラフトビールを設立。もともとファイナンスのスペシャリストであり、ビールに関しては、いわばまったくの門外漢であった山田さん。彼がなぜ、クラフトビールを作ろうと考えたのか。その詳細を聞く前に、まずは現状のビールマーケットについて分析していただいた。
「ビールの製造・販売はすでに成熟産業で、大手メーカーの寡占状態にある。新聞報道では、9年連続過去最低の売り上げを記録している、などという話も出ていますよね。今後伸びることはなく、シュリンクしていく市場。そんなイメージで見ている方が、きっと大半だと思います。
ただし切り口次第では、ビールは成長中のマーケットともいえます。そこにあるのは、二つの切り口です。
まず一つ目が、グローバルな成長。世界的に見ると、ビールのマーケットは20年以上連続して伸びています。これを主に牽引しているのが、中国やブラジルなどのBRICSといわれる新興国です。日本を始めとする先進国では、ビールは確かに伸び悩んでいます。でも新興国では中産階級が増え、所得水準が上がって豊かになり、ビールを飲める層の人達が増えている。簡単に言えば、今までビールを飲まなかった層がビールを飲むようになってきたわけです。ライフスタイルの西欧化の影響もあるでしょう。
もう一つが、ビールを細分化すると、その中に伸びているカテゴリーがあるということ。そのうちの一つが、クラフトビールなんです。
実は今、クラフトビールのマーケットは爆発的に成長しています。アメリカでは年20%程度伸びていて、すべてのビールのうち15%近くを、クラフトビールが占めているといわれているんです。アメリカのビール市場はざっくり言うと10兆円。そのうちクラフトビールのマーケットは1兆5千億円です。日本のビール市場全体で2兆円強ですから、アメリカのクラフトビール市場はすでに、日本のビール市場に近い規模があるんです。
クラフトビールとは、アメリカ発祥のムーブメントです。ただし、アメリカでいきなり始まったものではなく、'70年代から徐々に大きくなってきたものです。そのころから、キットを買って自宅でビールを作って飲むホームブルーワーが草の根的に増えてきて、そういった人達が小規模な商業ブルワリー(マイクロブルワリー)を立ち上げるケースが増えてきたんですね。それが今もまだ続いていて、成長を続けているわけです。誰かが仕掛けたブームではなく、グラスルーツなのでものすごく強い。アメリカには今、3千のマイクロブルワリーがあるといわれています。一般の人がビールを作り、おいしく作れる人がその先のステージに行く、という流れができているんです。
かたや日本には、ビールメーカーをすべて合わせても200程度しかありません。そして日米の比較でいえば、アメリカは今、全売り上げの14%がクラフトビールです。それに対して、日本はまだ1%未満といわれています。日米で10%もの差があるということは、大きな伸びしろがあることを意味します。日本でもこの数年の間に、クラフトビールはもっと大きなマーケットに間違いなくなります」
山田さんが日本クラフトビールを設立したのは2011年9月。
その当初から「2013年~2014年に、クラフトビールは必ずブレイクする」と言い続けてきた。
「クラフトビールの世界に興味を持ち始めたのが2008年ごろ。そのころから会社を作る準備を始めました。いろいろなイベントを回ったり、雑誌のビール特集をチェックしたりしていましたが、当時すでにブームの兆しはあったんです。それが雪の玉が雪上を回転して大きくなっていくように、徐々に大きなムーブメントになっていった。それがビールマニアだけではなく、一般の人にも見えるぐらいの大きさになってきたのが2013年~2014年。そう解釈しています。当時から、クラフトビールのマーケットは必ず伸びると思っていました」
クラフトビール市場の伸び。その背景には、日本人の生活のどのような変化があったのだろうか。
「それに関しては、ほとんどありません。実は、他のプロダクトを見ても同じサイクルを辿っておりまして。例えば日本酒。戦後から高度成長期のある時期までは、すごい勢いで伸びていました。供給が足りず、アルコールを添加して薄めた日本酒を出しても足りない。そんな時代もありました。しかし、その時に残念ながら日本酒全体の品質が下がってしまい、消費者が悪いイメージを持ってしまった。そして市場は頭打ちとなり、そこから今も下がり続けている。
ただし、そこであったのが地酒ブームです。もともと地酒は、その土地に行かないと飲めないものだった。ところが'80年代のある時期から、越乃寒梅を皮切りに、都会の居酒屋やレストランで地酒が飲めるようになった。これが第一次地酒ブームですね。そして第二次ブームとか吟醸酒ブームなどと呼ばれるブームが起こるたび、新しい造り手が出てきた。十四代や新政、最近では悦凱陣や竹鶴など西日本の骨太なお酒が注目を集めるようになってきた。面白い銘柄がどんどん出てきています。
かつては日本酒というと、大手メーカーの白鶴、大関しか知られていなかった。居酒屋にも日本酒はそれしかなかった。でも、今やどの店でもさまざまな地酒を飲めるようになった。いったん消費者が地酒のおいしさを覚えると、もう後戻りはできません。マーケットが成熟するとともに銘柄の味も種類も細分化し、人の好みも多様化していった。
焼酎も同じですよね。本格焼酎ブームが始まったのが2000年ごろ。それまで、例えば九州の焼酎は東京ではまったく飲めなかった。でも、あっという間にどこの居酒屋でも九州の芋焼酎や麦焼酎を飲めるようになった。そして今、ビールでも日本酒や焼酎と同じことが起こりつつある、というのが僕の見方なんです」
次に「クラフトビール」という言葉の定義を明確にしたい。まずクラフトビールとは、いわゆる「地ビール」とは何が異なるのだろう。クラフトビール=地ビール、と考えて差し支えないのだろうか。
「いや、実は微妙に違うんです。地ビールとは、日本国内のみで使われる言葉。地ビール=クラフトビール、ではありません。クラフトビールの条件とは①小規模なブルワリーで作られている②大手メーカーからの独立性のある製造者により作られている③伝統的な製法で作られつつ、作り手のポリシーや創意工夫が反映されている、です。そこには『地域に根差したもの』という視点はありません。確かに地ビールの中には、クラフトビールと呼んで問題ないものはたくさんある。でもクラフトビールという世界規模のムーブメントは日本の地ビールの成立背景とは、切り離して考えた方がいいと思います」
クラフトビールという言葉はもともと、アメリカが発祥です。しかし当然ながら、ヨーロッパに関しても古くからビール作りは盛ん。ヨーロッパ各地で伝統的に小さな醸造所がビールを作っており、例えばドイツでは4000、イギリスでは1000以上の醸造所がある。
「クラフトビールとはアメリカ発のムーブメントなので、ヨーロッパの小さな醸造所で作られたビールをクラフトビールと呼ぶかは、正直、微妙なところです。でもヨーロッパでも、アメリカと同じ考え方で多くのマイクロブルワリーが多様なビールを作っています。昔からさまざまなビールを楽しめる土地柄なのは、間違いありません」
そんな山田さんが代表を務める日本クラフトビールが現在販売している銘柄は二つ。
まず一つが「馨和 KAGUA」。そして今年5月に販売を開始した「FAR YEAST」である。
「KAGUAのコンセプトは『ハイエンドな空間で、日本食と一緒に楽しんでもらうビール』。アルコール度数は高く、じっくり飲むものです。かなりユニークなポジションのビールですね。瓶内二次発酵をさせた、熟成に適したビールです。
ただし、ビールの魅力はそこだけではない。爽快に飲みたい時もありますよね。そして、東京を始めとするアジアは蒸し暑い場所が多い。そういう気候でもおいしいと感じられるように考えたビールがFAR YEAST。工場から直接フレッシュなものを届ける。そんな、新鮮さをイメージしたビールです。
FAR YEASTは『東京』というコスモポリタンなイメージをバックグラウンドに持たせました。インターナショナルで新しいもの、ということです。いわゆる『FAR EAST』=『極東』とは、世界の中心がイギリスだったころの東アジア・日本の呼称。今までビールはアメリカやヨーロッパが中心。ビールの文化や歴史の重要な部分はそこで生まれ、価値が付加されてきました。それに対して日本は、ビールのメインストリームから外れたフロンティアだったんですね。そこを逆手に取り、辺境から面白いことをやろう、という意味を込めつつ、ビールの魂ともいえる酵母(=yeast)をもじって、このように名づけました」
この二つの銘柄が誕生するまでに、どのような紆余曲折があったのか。
次回はその魅力についてさらに深く掘り下げつつ、山田さんのこれまでの経歴についても迫っていく。