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横浜という都市の特異性を、チームへの愛に変えるには
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横浜という都市の特異性を、チームへの愛に変えるには
池田さんは横浜生まれ。幼いころから大洋ホエールズ~横浜ベイスターズを観て育った。大学卒業後、商社を経て博報堂で新規顧客開拓から大手クライアントのマーケティング戦略の立案など、ほぼ一貫してマーケティング畑を歩いてきた。いかなる形で情報を伝え、顧客にアプローチするか。そのためにはどんな仕掛けをして、ターゲットを絞り込むか。それが、これまでのキャリアにおいてずっと手がけてきたことだ。そんな池田さんの球団社長としての強みが、横浜出身であること。マーケティングの豊富な知識とともに、横浜という街の特異性についての感覚的な理解があることも大きい。
「横浜は人口約370万人。"日本一大きな地方都市"です。そして住んでいる人達は地元愛がとても強く、街を誇りに思っている。進学や就職などで一度東京に出ても、横浜に戻ってくる人も多い。そういう意味で、潜在的なベイスターズファンはたくさんいます。そのポテンシャルは阪神や広島といった球団とも遜色ないはずです。
ただし、横浜は東京からわずか30分の距離にありながら、東京とはまったく違う個性が随所にあります。だから、エンタメや余暇の過ごし方における選択肢はとても多い。例えば『横浜-(マイナス)ベイスターズ』を考えると、ベイブリッジ、ランドマーク、みなとみらい、中華街、そして地元のプロサッカーチーム、バスケチーム…すごくいろいろなコンテンツが残ります。だから、マーケットとしては大きいけれど、プロ野球観戦を選択肢に入れてもらうためには、球団が必死に頑張らないといけない。たくさんのエンタメがある中、挑戦し続けて、進化し続けて、さまざまな発信をして、エンタメの力もチームの力も成長させ、街の誇りとして認めてもらわないと、街のアイデンティティにはなれない。この街にはそういった、日本一大きな地方都市が故の難しさがある。
それを表す存在が、前回、前々回で申し上げたライト層の"隠れファン"。みんな昔から、ベイスターズのことは決して嫌いではない。実は一番好きだけれども声高には言えない。一番はジャイアンツだけども二番目に好きなチームではあったりもする。横浜の人は、情報感度が高くいて、カッコいい、ダサイについての判断力が高い。そして遊びの選択肢は他にたくさんあるから、さして話題が届かなかったり、弱いだけのベイスターズを観に、わざわざ横浜スタジアムに行くほどの気持ちにはならない。それが、球団を買収した当初の現状だった。横浜の人達に愛されるには『今のDeNAベイスターズって強くなったよね』『横浜スタジアムに行くってケッコーいいよね』という、強さとブランド感を兼ね備えた存在になる必要があるんです」
つまりディー・エヌ・エーによる買収当初、ベイスターズは『日本一の地方都市にある日本一観客数が少ない球団』だった。そこから脱却するため、チーム内外でさまざまな試行錯誤を続けてきた。
「ただ強ければいいのであれば、お金をたくさん使ってFAや日本の外国人選手の中で人気と実力のある選手で補強しまくるという方法もある。一時は盛り上がるかもしれないが、本当の意味で、それではなかなか受け入れてくれないのも、横浜。思い入れの持てない選手を、ストーリーの無いチームを、地元のアイデンティティとして応援してくれるかというと、難しい、と私は思います。皆さん本当に感度の高い街ですから。
そんな状況の中、私たちが大事に考えているのが『生え抜き』と『成長』というキーワード。横浜出身であればなおよしですが、まずはドラフトで獲得した生え抜き選手を育てる。その上でチームを成長させていくことを考えています。
彼らが育ち、活躍するようになる。その姿を見守っていくことで、『石川(雄洋)がリードオフマンに定着してきてさぁ…』『筒香(嘉智)が今年は本当にどうにかなりそうだよね』というように、語れる要素が生まれる。それが多いチームにほど、本当の愛が生まれると思います。
実は、この3年間のドラフト戦略は中長期的な視点で行ってきていて、同時に育成のシステムの構築にも取り組んできたこともあり、2011年の買収以前の生え抜き選手も、育ってきている。「生え抜き」というキーワードが、お客さんが会話する中での楽しみとして提供し続けていかなくてはならないと考えています。
もちろん優勝はしなくてはならないですが、生え抜き選手が活躍してチームが強くなっていければ、チームとしての結果も出ていけば、それも受け入れてもらえる大切な要素だと思います。実際、昨年は5位でしかなかったですが、観客動員数は増えています。生え抜き選手個人の成長とチームの成長がシンクロして、強くなっていく。それにより、共感を得ることができると考えています」
ただし、生え抜き選手だけで今すぐ簡単に勝てるチームになるほど、プロ野球は甘くない。チーム編成上の足りない部分を、外国人選手の獲得やFA、トレードで補強することも大切な戦略だ。
「補強についても、ファンの皆さんにしっかりと期待を持ってもらえるとともに、楽しんでもらえるとうれしい。例えばクリーンナップに『ブランコ、バルディリス』と並ぶと、名前を聞くだけで強そうですよね(笑)。外国人打者が横浜のかつてからの特徴でもあるので、そういうわかりやすい補強にまつわる話題も、私個人としては魅力になると思っています。
今年はピッチャーも、阪神から久保(康友)、アメリカから(高橋)尚成が加わりました。これによってまた一つ、会話を楽しめる要素が増えたはずです。愛される可能性のある選手をドラフトで獲り、生え抜きとして育てる。そして、戦力補強として正しくてそして話題となる補強を行う。この両輪を上手く回すことで、チームは『語れる』ものになると思います」
ディー・エヌ・エーによるオーナーシップの始まりとともに、球団は着実な成長を遂げてきた。
最終回となる次回は、その背景にある、池田さんが行ってきた意識改革についてお話をうかがう。