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心の動きや機微、暮らしの変わり方。ヒントはそこにある
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心の動きや機微、暮らしの変わり方。ヒントはそこにある
佐藤さんは博報堂入社後4年間、マーケティング部に在籍。その経験について「データ分析をたくさんしたことで、数字を徹底的に見れるようになった。それは非常に大きいけれど…」と語る。
「実は入社2年目の時、上司に宣言したんです。『今後もう、エクセルは触らない』って。なぜかというと、数字だけを見ても、そこにマーケティングの本質はない、と思ったからです。
そういった資料がダメとは決して思いませんし、数字を見ることに意味はない、と断定するつもりもありません。でも、数字より大事なものがある。それは感覚。大切なのは『今、社会で起きていること』。マーケティングのヒントは、人の気持ちや機微、暮らしの変わり方、といったところにある。そこをつかみ取って、人の心に訴えかけるアウトプットやアクションを生み出したい。そう考えて、クリエイティブに異動しました」
クリエイティブへ異動後、数々のヒットを生み出した。博報堂時代を通じて学んだのは、人の心を動かすための具体的な術。「広告を勉強したというより、人の心を動かすコンセプトの作り方を修業した」という。
「今、社会で起きている現象で、まだ言語化・記号化されていないことはたくさんある。マーケターに大事なのは、それを捕らえていくことです。例えば最近なら、スマートフォンに使う『サクサク』という言葉。『スマホがサクサク動く』という感覚自体が新しくて、誰かがそれをサクサクと名づけ、言語化されていった。
また、僕のある先輩は、20年前から持っていた自転車をすべて分解し、6万円かけてレストアした。それを見て、僕はとてもカッコいいと思った。6万円も出せば、たぶんそれよりもいい自転車を買える。しかも、決してエコでもロハスでもない。でも今の時代、そのスタンスっていいですよね。そういった生きる姿勢、暮らしの態度みたいなものは、たぶんまだ言語化されていない。時代がどんどん動いていく中、そういうものが日々生み出されていく。
また今、モノの価値観が大きく変わってきています。例えば、お金。僕らの少し上のいわゆるバブル世代が若いころは、お金をたくさん使ってぜいたくをすることに価値が置かれていた。例えば旅行に行けば、高級ホテルのプールサイドでカクテルを飲む。それがプレミアムな喜びだった。
でも、今の若い人はそういったことより、風呂にも入らず三日三晩ひたすら歩いて、たどり着いた土地で珍しい料理を食べてみる。例えばそんなことに、大きな価値が置かれています。そういう風に、社会の流れや人の心の機微、気持ちの持ちようが確実に変わってきている。僕らはそれを敏感に読み取り、動きに対応していかねばならないんです」
日々動き、変化を続ける社会。そして価値観の変遷の中で、気持ちや機微、暮らしの変わり方、社会の潮目、気持ちの潮目を読む。それを実践する素晴らしいマーケターとして、佐藤さんは意外な名を挙げる。
「マドンナは数年前、レコードメーカーから、コンサートプロモーターであるライヴ・ネイションに移籍しました。おそらく、新しい曲を作ってミリオンを狙うよりも、すでにミリオンは多数あるので、ライブでリアルな感動体験を与えて、みんなに過去の曲をネットで買ってもらう方が時代に合っている、と考えたのだと思います。今の音楽の買い方とマーケット状況、自分の持っているエクイティの使い方を考えての行動でしょうし、その読みは実に上手いですね」
社会や気持ちの潮目を読み、クライアントの状況に対応して、よりよいソリューションを提案をする。そこで必要なのは、時代に対応する“反射神経”や“身体能力”だという。
「マーケティングスキルは身体感覚に近い。今、外の社会で何が起きているか。それを考えてクライアントに提案を投げかけながら、それをスピーディに転がして、変えていく。リサーチをして、あれをしてこれをして何か月、とやっていると、もう遅い。そういう意味で、時代に対応する反射神経や身体能力のようなものが大事なんです。
前回にも述べましたが、例えば1年前に考えたマーケティング戦略を何の疑問もなく今も使うというのは、基本的におかしいと思っています。僕らはクライアントのパートナーとしておつき合いをする時、決めたことをどう遂行するかよりも、常に伴走しながら新しく起きていることに対応し、転がしながら動かしていきます。その“対応力”こそ、今の時代に最も問われているものではないでしょうか」