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マーケターの大事な役割。すべてに対する新たなセンスメイキング
新春第一弾に登場いただいたのは、世界中の次世代ビジネスのトレンドを紹介するウェブマガジン「Social Design News」を運営し、昨年、著書『ビジネスモデル2025』を上梓したイノベーションリサーチャー/経営コンサルタントの長沼博之さん。テクノロジーの発展による「技術的失業」がリアルに迫り来る2016年、世界そして日本はどう変わり、その中でわれわれマーケターは、どのような役割を果たしていくのだろう。今月は長沼さんへのインタビューを、特別企画としてお届けする。
文=前田成彦(Office221) 写真=三輪憲亮
-長沼さんが昨年リリースされた著書『ビジネスモデル2025』を拝読させていただきました。その中に書かれていた『今、経済は新たなパラダイムの入り口にある。その経済は、収入にかかわらず生活水準を上げていける社会であり、紙幣経済、物々交換経済、贈与経済などが高度に融合していく世界である。それは、誰もが安心感を持って価値創造に挑戦していける社会へと進化していくことを意味する』という部分。資本主義をベースとした現代経済社会が徐々に崩れ、テクノロジーの発達とともに経済が新たな複雑化したパラダイムに入っていくことには、大きな危機感とともに無限の可能性も感じることができました。そんな中でわれわれはマーケターとして、どのような目線を持つべきなのでしょう。
「まず私が思うのは、今まさに『生きることそのものの意味を見出ださねばならない時代に入りつつある』ということです。ある意味、人間としての存在までをも問われるトレンドにあり、既存の経済システムが変わっていく状況の中、根本的な認識を変えていかざるを得ない。現代がそんなシビアな状況であることは、間違いありません。
今までのある種、操作主義的なマーケティングの定義は、これだけソーシャルメディアが普及したこの時代においては、むしろマイナスイメージとなりかねません。これからのマーケティングを考えていく上で、マーケターはもう一度、社会、働き方そして人生についても、あらためて認識をし直さねばならないと思っています。つまり必要なのは単なるアイデアやコンセプトよりも、概念の発明。マーケターの仕事は、新たな概念を作り出すことです。すべてに対する新たなセンスメイキング=意味の生成によって世界をもう一度認識し直し、概念を再構築する。それがマーケターの重要な役割になります。
例えばある会社が商品を開発したとしましょう。今を生きる人達がこの商品を見た時、どのような人生における意味合いを持って広がっていくのか、まで想像していく必要がある。マーケターは、そのために概念をピカピカに磨き込み、例えるなら『ああ、これは現代のポケットベルだね』というように、メタファーにまでしっかりと落とし込むことが大事。コピーライティングやメディア戦略は、あくまで概念の先にあるものだと思います。本質的なセンスメイキングができないマーケターは、時代を動かすような仕事は難しい。それほどまでに、社会の中でのさまざまな認識が変わってきています」
-時代を読み取り、メタファーにまで落とし込む。その力が問われるのは間違いありません。そして、今後は誰に対してもチャレンジの扉が開かれたオープンな社会になっていく一方、ビジネスの成長~成熟~衰退サイクルは一気に短縮化します。つまり個人も、そして企業も規模に関係なく、絶えずチャレンジをし続ける社会が到来する。その中で、マーケターはあらゆる状況を、スピード感をもって判断していかねばなりません。昨年、堀江貴文さんが「飯炊き3年、握り8年」といわれる寿司職人の修行について批判的なツイートをしたことが、インターネット上で大きな議論を巻き起こしました。今の時代、時代は圧倒的なスピードで流れていきます。既存の日本的な仕事の習得システムが、現代のスピード感にそぐわないものになっているのではないか。個人としてキャリアを形成していく上で、大きな議論となってしかるべきことだと思います。
「その点は、よく考えてほしいところです。確かに、ご飯をしっかり炊けるようになるまで3年かかる、という事象を市場経済の中での生産性やキャリアという点で見ると、とても非効率。この3年はムダかもしれない。でも、果たしてそれがすべてか、という問題もあります。『人間として』『人生として』というレイヤーで語れば、厳しい環境で師弟の関係を学ぶことが、これからの人生100歳時代における重要な財産になる可能性だってあるわけです。
つまり、一つのレイヤーだけで物事を語ることは難しい、ということです。どのようなレイヤーから語るかによって、その良し悪しはインタラクティブに変化していく。それが現代の大きな特徴なのだと思います。3年の修業はムダなのかそうじゃないのか、という単純な議論では終わるものでもありません」
-正しい、間違っている、善と悪。そういった単純なスタンスは成立しにくい、ということですね。その例で言えば先日、フランスで起きたテロ事件への哀悼の意味で、facebookのプロフィール写真をトリコロールであしらうことの是非も、議論の的になりました。
「それについても、さまざまなレイヤーが存在します。宗教的背景もあり、表層面を単なる善悪で語るのは難しいですよね。もちろん人を殺すことは決して許されないし、法律は守らねばなりません。それは前提としつつも、浅はかな『善か、悪か』といった議論がほとんど価値を持たなくなっている。
そもそも価値とは、関係性の概念です。モノと人、モノとモノ、人と人、といった関係性によって変化します。その変化のスピードが情報社会によって、どんどん速くなっている。レイヤーがより細かく緻密になることで、価値がインタラクティブに変わっているわけですね。そして、そのフランス国旗のような話題は、それこそ無限に存在する。そのようなことばかりに意識を取られすぎて、いつの間にか人生の貴重な時間を奪われるのは非常に怖いし、気をつけねばならないことです」
-自分なりの考え方とスタンスを構築していくことの重要性を、あらためて痛感させられます。そんな時代の中、個人としてのキャリアのあり方はどのように変わっていくのでしょう。
「今、パラレルキャリアもめずらしくなくなってきている。副業禁止の企業が今は圧倒的に多いですが、副業を許可する会社も出て来ていますからね。また、例えばAirbnbの台頭と法の整備で、日本にやって来る観光客を自宅に泊める"民泊"でお金を稼ぐ人などが、ますます増えます。
そして今後、働くことの価値観と生きることの価値観を一致させたいと考える人はもっと増えるでしょう。世界的にベーシックインカムの話題が盛り上がり、来年から再来年のうちに、多くの人がそのトピックに目を向け始めるはず。
例えば、一般的なサラリーマンと言われるような大企業の管理職は労働者100人に対し3人程度しかいません。そして20代~30代は、上のポストが詰まっていて、多くが『自分達が部下を持つのはいったい、いつになるだろう?』と言っています。彼らは終身雇用に対して非常に懐疑的ですし、個人で仕事をしていくことにも、それほど抵抗はありません。
そもそも50年前は、60%以上が自営業でした。そういう時代に少しずつ戻っていくと考えればいいだけです」
-次にうかがいたいのは、これからの企業のあり方です。企業の存在価値は2016年以降、どのように変わっていくのでしょうか。
「既存の経済システムの変化に伴い、まず旧来の企業はパワーをどんどん結集し、組織として巨大化していきます。大企業は合併を押し進めて自らの社会的影響力を高め、立ち位置を絶対的なものにしていこうとするでしょう。どの業界にも4社までしか残らないといわれています。ただ儲かる企業はトップの1社だけ。しかも2位はだいぶ利益が落ち、3位4位は赤字ギリギリ。そんな状況になるでしょう。これはどうしようもない。
そんな時代の中、大企業はこれまでのビジネス哲学を見直すフェーズに入ると思われます。先ほど申し上げたように、価値とは関係性によって変動するもの。顧客や社員との関係性を再構築することになる。これまではスタートアップや個人のワークデザイン、働き方について注目が集まっていました。それが今年から一気に大企業の多くに広がっていくでしょう。
そして価値観が多様化し、オーダーメイドな対応を求められる時代の中、大企業はプラットフォーム化を加速させていきます。日本の多くの企業はこれまで、クローズドな世界を作っていました。大企業は関連会社を含めたグループを形成し、その資産の中で事業を営んできたわけです。『ウチにはこれだけの人材とネットワークがある。その中で価値を創造しなさい』ということですね。
でも、今後はそこも変化していきます。要は、どんな大企業でも自社ネットワークの中だけではもう無理なんですね。そのネットワークを超えて、いろいろな会社や個人、グループと組んで事業を行っていくオープンなプラットフォームとして、自らを再定義せざるを得ない。そんな状況にますますなっていく。
大企業のプラットフォーム化を別の言い方で定義すると、大企業は生活に欠かせないインフラになっていく、ということでもあります。GoogleもAmazonも、最終的には人類の生活を支援するインフラ企業として、評価されることになると思います」
-個人のあり方とともに、大企業のあり方も大きく変貌していきますね。
「大企業のプラットフォーム化の一方で、個人を輝かせていくトレンドは更に広がりを見せます。今年は、大企業などの“既成の権力側”とフリーランスとそのネットワークといった“新たなパワー”、この二つの存在がより亀裂を深めていくように、一見見えるはずです。
でも大事なのは、そのどちらも否定しないこと。大きな会社にいる人は個人を軽視し、個人でやっている人は権力を叩きたくなるかもしれない。でもこれからの時代、特にマーケターはどちらの立場も理解し、どちらに対してもバランスよく接するべきです。
もちろん自分の信念は持っているわけですが、物事の関係性によって価値がどう変わろうと、立ち位置を決して崩すことなく、坂本龍馬のように、あらゆる場所で柔軟に自分の価値を発揮する。大企業でも中小企業でもスタートアップでも個人でも、どんな立場となっても、自分の力を発揮できる。そういう人が2016年以降、輝いていくでしょう。マーケターとして今の時代を生き抜くには、どちらの動きもしっかりとらえ、両方とも敵にしない。そんな絶妙なポジショニングが求められてくると思います」
第2回では、2016年の大きなキーワードとなるであろう「シェアリングエコノミー」と「ボットソーシング」について、詳しく話を聞いていく。
社団法人ソーシャル・デザイン代表理事。経営コンサルタント。大企業から中小企業、スタートアップまで、業種業態を問わず経営及び事業開発の支援を行う。近未来の社会やビジネスモデル、働き方、メイカーズ革命やクラウドソーシング等についてテレビや雑誌からの取材多数。「Social Design News」を運営。
著書に『ワーク・デザイン これからの<働き方の設計図>』(CCCメディアハウス)『Business Model2025』(ソシム)がある。
※ 会社、役職、年齢など、記事内容は全て取材時のものです