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「特別な人達」の気持ちに寄り添う
国内シェア1位のクラウド会計ソフトfreeeなどを展開するfreee株式会社。2012年の創業以来、着実な成長を続ける同社のCMOが川西康之さんだ。学生時代に起業し、経営者として10年あまりのキャリアを持っていた川西さんは、freeeをどう変えていこうとしているのか。そして同社の大きな強みである綿密な情報共有のノウハウと、フラットな組織を支える大切な価値基準のあり方について、話を聞いた。
写真=矢郷桃
「この2年半、いろいろなことを経験させてもらいましたが、どれもすごく楽しかったです。振り返ると、まぁ、そこそこ頑張ったと言ってもいいかなと(笑)」
語るのは、シェアナンバーワンのクラウド会計ソフトfreeeなどを展開する、freee株式会社の川西康之さん。川西さんは学生時代から10年以上にわたる会社経営を経て、2016年に同社に入社した。
「僕は前職が経営者で、それまで会社員の経験がありませんでした。その上でこの会社に入ろうと考えた時、自分が本当に通用するのか、そもそも会社に対してどんな価値を発揮できるのかが、まったくわからなかった。
freeeという会社は僕にとって『スタートアップ界のニューヨーク・ヤンキース』なんです。自分自身が前職でfreeeを使っていて、ここはすごい人が集まって作った会社で、マーケティング施策も本当にイケていることを知っていた。だから気持ちとしては、草野球の四番でエースが、ヤンキースにチャレンジするようなイメージでした(笑)。正直かなりビビっていたのですが、最悪、球拾いでも草むしりでもいい、と覚悟を決めて入社したんですよ」
個人事業主やスタートアップ、そして中規模企業までが使える「クラウド会計ソフトfreee」や、給与計算や年末調整、入退社手続きなど、煩雑な人事労務の業務フローを改善する「人事労務freee」などを展開するfreee株式会社。2013年に会計ソフトのクラウド型サービスを始め、わずか5年で100万事業所が導入するまでに成長した。
「会社は2012年の創業で、今年で丸6年。ソフトのローンチからは5年強が経ちます。僕が入社したのは2016年の5月。SBP事業本部長として個人事業主向けビジネスを統括するとともに、今年1月からはPRとマーケティングを見るCMOに就任。オンライン上のプロモーションや、ユーザーと認定アドバイザーのマッチング業務の紹介、パートナー企業との連携やプレスリリースの配信など、情報を世に広く届け、より多くの方にfreeeを知っていただくためのブランド認知に力を入れています。
マーケティングについては昨年から管轄していましたが、肩書きがないと動きにくいということもあり、今年から正式にCMOに就任しました。freeeはもともとスタートアップですし、大企業のようなきれいに整った組織にはなっていませんから、顧客目線で考えると事業部云々はあくまで便宜的な切り方に過ぎないということです」
川西さんは、freeeのマーケティングにおける今の課題についてこう語る。
「freeeが提供しているのはクラウドサービスなので、感度の高い人はそのよさをすぐに気づいてくださいます。実際ユーザーはfreeeのことをすでに知っておられて、その上でご興味を持って下さった方が非常に多い。
ただしそういう方は、日本全体で見ればまだまだごく一部に過ぎません。実際のところ、例えば確定申告一つ取っても紙でやっている人の方が、まだまだ多い。法人の決算や経理処理も、エクセルで会計処理をして、レシートを紙に貼ったものを提出して精算するのが、今も当たり前。日本全体でいえば、そういう個人や会社が圧倒的です。
そこにfreeeを導入したら、どれだけ変わることか…。でも、本来その利益を最も享受できる人達が、それを知らない。今していることがいかに非効率的であるか、多くの会社が、個人がそれに気づいていない。それが現状です。いかにして彼らに認知していただくかが、僕らの最大の課題です。
そのためには『freeeを使えば時間が生まれます』『これまで3日かかっていたことが1日でできます』と伝えていてはダメ。『freeeを導入すると経営が変わり、あなたの会社は儲かります』というメッセージを、明確に発信する必要がある。
実際にfreee を使い、毎月の収益レポートをしっかり見ている会社の成長率は、世の中の一般と比べて高いです。freeeをちゃんとお使いになっていただくだけで、儲かるんです。だって、どんぶり勘定で経営している会社がほぼすべてですから。それは、かつて自分もそうだったからよくわかります。今の経営状況を昨年と比較して毎月ちゃんと見る。それだけで、いつの間にか努力しているものなんです。レコーディングダイエットと一緒ですよね」
では、そのメッセージを実際、どのように発信していくのか。新たな顧客にリーチするには、これまでのようにデジタルのみで考えず、より多くのチャネルから発信していく必要がある。そのためには協業するパートナー企業の力を借りたり、展示会のようなオフラインのB to Bマーケティングチャネルをフル活用することを考えている。そこに、近道はない。
「当社のサービスは、継続的にご利用いただかないとビジネスとして成立しません。freeeを導入したお客様がその後ちゃんと使ってくださり、収益を上げていく。そんなカスタマーサクセスの考え方が重要になってきます。
freeeのユーザーは、個人事業主などスモールビジネスのオーナーや経営者がほとんど。彼らはある意味特殊な人達で、濃密な人生を送っている。そこには、普通の会社員にはわからない感覚が、たくさんある。例えば資金繰りに困って『やばいな来月どうしよう』と思って眠れない社長の気持ちとか、逆にビジネスが上手くいって『やった!』と微笑みながら請求書を出す時の思いは、一般の会社員には理解できないでしょう。
それでも、彼らの気持ちにどれだけ寄り添うことができるか。そこが僕らのビジネスの肝です。幸い僕自身には昔の経験があるので、今のfreeeのユーザーの気持ちがある程度わかる。じゃあfreeeのプロダクトと考え方を、どうやって届けるのか。自分の昔の経験とfreeeの優位性を上手く融合させ、それをメッセージとして一人でも多くの人に伝える。それが、僕がこの2年半やってきたことだと思っています」
次回Part.2は、川西さんのこれまでのキャリアについて。