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研究職から戦略プランナーへ
多くの企業のブランディングや新規事業開発を手がけ、現在は大手企業のリブランディングや新規事業の創出を行う大畑慎治さん。戦略とクリエイティブを起点としたブランドコンサルティングにおける大切な考え方、そして自らプロデュースする新規事業創出プロジェクト「Social Out Tokyo’18」について、お話をうかがう。
写真=三輪憲亮
子供のころからの夢は科学者だった。大学時代は工学部で研究に没頭。有機化学の研究室で、光化学反応という分野の研究を行っていた。
「そのまま研究を続けたいという思いから、卒業後は大学院に進学しました。でも大学院で、だんだん物足りなさを覚えるようになってきました。なぜかというと、物質は原理原則に基づいて反応をするので、原理を理解してしまえば、結果は実験前にある程度見えてしまう。実験自体がだんだんと、すでに答えが見えているものを証明する作業のように感じるようになり、もっと面白い化学反応はないだろうか、と考えるようになりました」
そんなタイミングで就職活動が始まった。食品や化粧品分野の研究職を志望していたが、ある時、たまたま話を聞いた広告代理店の説明会で気づきがあった。
「人間と広告の関係は化学反応に似ていることに気づきました。広告や商品を打ち出すことは、社会の中で目標とする人に購買行動をしてもらうためのアプローチ。それが、化学反応の『何と何を混ぜて、どういう環境に置いて、どう工夫したらこれが生まれるのか』という考え方に近いと感じたのです。
ただ、化学において原理原則は変わりませんが、マーケティングでは人の価値観や社会情勢、トレンドの変化などにより、同じことをしてもタイミングなどによって反応がまるで変わります。その複雑さを解明することはきっと楽しいし、そのためにはずっと勉強し続けなければならない。その点で、僕は実は勉強が好きだったんだと自覚し始めていた時期でしたし、勉強を一生続けられる仕事は素晴らしい。だから、マーケティングの世界に行きたいと思いました。
でも理系の学生なので、会社に入っていきなりマーケティングのプロを目指すことは難しい。そして、これまで学んできた化学の分野でどれだけ活躍できるのかを知りたい、という気持ちもあった。そこで、まずはインテリア系のメーカーに研究職として入社し、自分が取り組んできた化学で社会に貢献しつつ、マーケティングを学んでいこうと考えました。商品を作りつつ、実際に消費者に近いところにいる会社ならば、それができると思いました」
最初に入った会社ではまず、研究者として商品の基礎研究を手がけた。
「研究開発の部署にいましたが、業界を問わずに新たな技術や研究を取り入れて行くチームに所属していましたし、営業担当やマーケティング担当と日々話をするので、インテリアのトレンドなどのさまざまな情報も入ってきます。その中で、インテリアに限らずさまざまな情報を集め、人脈を築いていった。この時の経験が『異業種同士がコラボして新しいものを作る』という考えの原点になっているのかもしれません。
ただし、もともと研究職して入社しているので、マーケティングのプロとして認めてもらうのはなかなか難しかった。そこで、仕事を続けながら大学院に通ってMBAを取得。そこから商品企画開発、新規事業の立ち上げやマネージメントというように、徐々にキャリアをシフトしていきました」
そして入社10年が経過。当時、会社からは「研究職として上を目指してほしい」という要望があった。インテリアという業界のプロになるか、それとも新規事業開発のプロになるか。二つの選択肢から、選んだのが後者だった。
「当時思ったのが『新規事業ばかり10年近くやった人は、世の中にそういないだろう』ということ。ITやデジタル系の事業ならまだしも、それ以外ではきっと少ない。そして、MBAで一番熱中して学んでいたのはブランディングの分野だった。そう考えると、自分にとってベストのキャリアは、ブランドコンサルティングファームの戦略プランナーに転身することだと考えました。僕は経営の勉強もしてきましたし、経営レイヤーで物事を考えることも好きでしたから。そこで、アクサムという会社で約1年、アミダスという会社で約1年半のキャリアを積み、昨年10月に現在勤めるAM/Dに入社しました。
AM/Dはこれまでクリエイティブ領域で多くの制作の仕事を手がけ、しっかりとした実績がありました。その上で、もっとクライアントのビジネスの上流から入り込んで、企業としてももっと成長していくんだという想いを持っていました。それが、僕が入社した理由です。経営レイヤーでのブランディング事業を大きくしていくことが、僕に課されたタスクでした」
最終回となるPart.4は、大畑さんのブランディングにおける心がけ、そして今後の展望について。