絵馬に見る日本人のこころ Vol.1:本音と建て前[恋愛絵馬篇 其の一]
「絵馬に見る日本人のこころ研究会」(略称:絵馬研 よみ:えまけん)では、日本各地の神社に願掛けしてある「絵馬」を研究題材としています。「絵馬」の歴史を紐解くわけでもなく、文化人類学や民俗学的な学術的な分析をしているわけでもなく、「絵馬」に書かれている一般生活者の“願い事”を研究しています。その言葉や文面には、日本人の“こころ”がつぶさに書き記されていて、マーケティングの観点から「消費者の生活ニーズ」の集積と言っても過言ではありません。「恋愛」「学業」「健康」「安全」などさまざまなカテゴリーに分けられますが、「絵馬」を深く読み解くことで日本人の生活におけるニーズに応えうる商品やサービスの開発に役立つ研究成果を示していけることを目指して、研究を進めています。
第1回目は「恋愛絵馬」に観る“本音と建て前”と題して、願い事の書き方に法則が見られそうだというお話です。
誰に教えてもらったわけでもなく、みんな似たような書き方や表現を用いている不思議
過去に絵馬を書いたことがある人、そうでない人、何度も絵馬を書いたことがある人、絵馬は書かないが、神社へ参拝に行ったときに願掛けをちらっと見たことがある人など、「絵馬」への関与度は人それぞれです。絵馬には、独特の“いいまわし”があります。それをいくつかご紹介します。
1.「…………ますように。」
これは思い当たる節がある人が多そうです。「だって、願い事だからそう書くんじゃないの?」と思ったあなた!そうなんです。神様にお願いするわけですから、この末尾で締めくくられる願掛けがとても多いです。「絵馬」だけでなく「七夕」の短冊にも書かれたり、祈るときにも「………ますように。」と唱えたりしていますよね。でも、なぜ日本人が共通してこの表現を絵馬に用いているのだろうか。その答えは絵馬研では出せていません。もしかしたら、歴史学や言語学的に調べられている人がいるかも知れませんね。
2.四文字熟語
絵馬を社務所で1体(※絵馬の単位は「枚(まい)」ではなく「体(たい)」なんです。元々絵馬のルーツは、馬そのものを神社に奉納していたことから、そう呼ばれています。)購入して、願掛け台に向かいます。ペンは手に取ったものの、「はて、何を書こうかな…」となったことありませんか?「何かを書かなくては…」と少し焦ってしまったりします。こんな心境の時とは限りませんが、ついつい書きがちなのが「四文字熟語」です。絵馬には、定型となった四文字熟語が数種類の願書きされています。
■四文字熟語の願書き例
「恋愛成就」「良縁成就」「無病息災」「商売繁盛」「開運厄除」「家内安全」「世界平和」
「交通安全」「病気平癒」 など。
なお、成田山深川不動堂の公式HPには、「願意(お願いごと)」と題して以下の四文字熟語が記されています。http://fukagawafudou.gr.jp/kitou/index.html(成田山深川不動堂HP)
・四文字
1、家内安全 2、商売繁昌 3、交通安全 4、災難消除 5、厄難消除 6、方難消除
8、身体健全 9、心身向上 10、息災延命 11、無病息災 12、当病平癒 13、傷病平癒
14、心病平癒 15、心願成就 16、開運成就 17、良縁成就 18、学徳向上 19、学業成就
20、合格成就 21、入学成就 22、就職成就 23、事業繁栄 24、社運隆昌 25、工事安全
26、工場安全 27、社内安全 28、作業安全 29、能率向上 30、上棟安全 31、組合安全
32、航空安全 33、海上安全 34、旅行安全 35、子授成就 36、子育安全 があります。
・四文字以外
○必勝 ○安産 ○御礼 ○六三除 ○八方除 があります。
切羽詰まっているわけでもなく、特別に困っているわけでもない状況で、絵馬に願掛けを書く場合、思いを巡らすことなく、即座に便利に願書きに使えるのが四文字熟語なのかもしれません。本音というよりは建て前の表現になっているとも言えるでしょう。この「本音と建て前」については、後程詳しく話します。
3.「本音と建て前」を並列に書く
少し分かりにくいかもしれませんが、イラスト1を見てください。これは健康に関して書かれている「絵馬」です。前半には「家族みんなが何事もなく健康でいられますように。」と書かれています。続いて「私の病気が早く良くなりますように。」とあります。
次に、イラスト2を見てください。これは恋愛に関して書かれている「絵馬」です。前半には「心から大好きと想える人と付き合い、幸せになれますように。」と書かれています。続いて「できれば、○○くんと付き合えますように❤ 良い縁となりますように‼」とあります。
「本音」と「建て前」の順番は、絵馬によってまちまちです。数百枚の絵馬を読み解いてきたなかで、今のところ絵馬研では「建て前」を書いてから「本音」を書くという順番のほうが比較的多いと分析しています。2枚のイラストを改めて見てみると、イラスト1は“家族の健康を祈る”のが「建て前」で、“自分の病気が治ることを祈る”のが「本音」だと推察できます。いかがでしょうか?イラスト2は“心から好きと思える人と出会って幸せになりたい”というのが「建て前」で、実は“できれば、○○くんと付き合いたい”という具体的な交際の対象を明らかにしている「本音」と推察できます。
日本人は、他人と会話するときに「建て前」を話しながら相手の「本音」を探るということを行っていると言われています。日頃から、「本音と建て前」を無意識に使い分けているのです。それは、日本人が社会的生活をするために備わっているコミュニケーション手段なのかもしれません。
ということは、マーケティングを実践するうえで、顧客の声を直接聞いてみよう!とグループインタビューのようなリサーチ手法を取る際に気を付けなければならないのが、この「本音と建て前」の見極めです。マーケターは、顧客の発言をそのまま鵜呑みにするのではなく、その真意や背景、因果関係など発言の裏側にある「本音」を探り当てることを怠ってはいけないことになります。定性調査で得られる情報は、アイデアやヒントの宝庫です。デジタル社会だからこそ、人の気持ちを深く読み解くことができるのは、人の感性とマーケターとしてのスキルによるのだと信じたいですね。
次回は、「絵馬」に書かれている内容そのものを消費者ニーズ分析の観点で、恋愛に関する絵馬に注目して話を進めます。
「絵馬研」は、その読み解きをするにあたり50年近く消費者ニーズに寄り添い、「消費者ニーズ研究」の第一人者でありつづけた“梅澤伸嘉”氏の体系化された行動理論を用いています。何気なく書かれた「絵馬」の願書きを、消費者ニーズの表現の“場”として捉えて、思い付きではない体系化された理論に基づいて、“絵馬を書く”という行動がどんなニーズに起因しているのかを読み解いていきます。
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