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CIS=EISを組み込んだ昇進システム「鳥耕作」
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CIS=EISを組み込んだ昇進システム「鳥耕作」
スタッフ自ら発案する顧客サービス「ジャブ」により、大久保さんが店長を務めていた錦糸町店の顧客のリピート率は上がった。だが大久保さんの頭の中には「ジャブだけでは、いつまでも顧客を引きつけ続けることは難しい」という思いがあった。「この先も来店し続けてもらうためにも、新たな一手を生み出したい」と考える中、思いついたのが「鳥耕作」と名づけた名刺による昇進システムだった。塚田農場に初来店した顧客はその日「主任」の名刺をもらうことができる。そしてその後、来店回数に応じて「課長」→「部長」→「専務」と、「出勤(=来店)」回数に応じて「昇進」する。そんなシステムだ。
「来て下さったお客様に名刺を渡し、ご来店回数に応じて昇進していく。それだけならば、他店が真似することは何ら難しくありません。でも、このシステムをリピート率アップにつなげられている店は他にありません。なぜだか、わかりますか?」
その理由をうかがう前に、このシステムを作った経緯から話を聞いていく。
「多くの店が行っているリピーター戦略として、ポイントカードがあります。言ってしまえば、どこの店でも行っている取り組みです。僕も以前から、塚田農場でもポイントカードを作ることを考えていました。
でもよくよく調べてみると、他店のポイントカードの90%は有効に働いてるようには見えません。そして実際に、多くのアパレルやファミレスチェーンが、ポイントカードによるリピーターの獲得には失敗していました。理由は何なのか。
答えは『インセンティブが単なる値引きだから』です。ポイントを貯めた結果、得られるインセンティブが値引きだと、店舗の利益率はその分、下がってしまいます。常連ほど値引きの額が大きくなれば、リピーターを増やすことが売り上げの安定にはなりません。それに、スタッフにとっても魅力的でなければ、自らお客様に勧めることもないでしょう。だから、上手くいかないのです。
それならば、値引きの代わりにどんなインセンティブを提供すればいいのか。1年間悩んだ結果、出た答えは『経済的報酬より、精神的報酬なのではないか』ということでした」
では、具体的にはどのような形で、顧客に精神的報酬を与えるのか。「鳥耕作」と名づけたこのシステムが生まれたきっかけは、ある時、書店で漫画コーナーを眺めていた時のこと。当時は錦糸町店の店長だった。
「僕は困ったときの本頼みというか、本からヒントを得ることが多いのですが、この件については何を読んでも、頭でっかちになるばかりでいいアイデアが生まれなかった。それでもいつものように、書店をぶらついていると、漫画のコーナーに『課長島耕作』の単行本が並んでいた。「課長」の隣には「部長」、その隣には「取締役」「常務」・・・。
どんどん出世し続けるタイトルを眺めていると、『島耕作』の『島』が『鳥』に見えてきまして(笑)。そして『鳥耕作…これ、ひょっとしてイケるんじゃないか!?』という思いが生まれてきました。
ご存じの通り、島耕作は課長からスタートして、部長、取締役、社長と上り詰めていきます。思えば出世とは、日本人なら誰でも知っている、とても大きな精神的報酬です。そこでお客様へ精神的報酬として、リピートして下さるとどんどん出世していくシステムを作ってはどうか、と考えたのです」
先ほど述べたように、単なる仕組みだけならば、他店が真似をすることはたやすいはずだ。しかし実際のところ、これと同じシステムを巧みにオペレートし、リピート戦略として使いこなしている店は他にない。ここに、塚田農場ならではのすごさがある。
「このシステムがなぜ、パクられないのか。実は他店は、このシステムの最も重要なポイントに気づいていません。最大のポイントとは、この名刺は『スタッフが配りたくなる』ものだ、ということです。
どういうことか。まず名刺には、日付と『島』の印鑑、そして、その顧客を接客したスタッフの名前が書いてあります。ここが大事なところです。心を込めて接客し、名刺を渡した結果、その顧客がリピーターとして再び塚田農場に訪れ、渡した名刺が返ってくる。その時『○○さんが渡した名刺が返ってきた』というように、スタッフの仕事の成果がはっきりとわかるのです。渡した名刺とはすなわち、スタッフが努力して接客した成果。自分が渡した名刺や、自分が教育したスタッフの名刺が自分の元に帰ってきたら、うれしいですよね。
帰ってきた名刺が与える喜びややりがいは、前回接客したアルバイトだけでなく、その周りにも波及します。「塚田農場」ではアルバイトがアルバイト教育の一端を担う文化があります。なので、他店の名刺でも、裏に教育などで関わったアルバイトの名前を見つければ、先輩アルバイトのアルバイトリーダーも等しく喜びを感じるのです。珍しい例では、日本で教育したスタッフが渡した名刺が、シンガポールの元先輩アルバイト(現在は社員)のところに返って来たことがあります。そうした驚きや喜びがスタッフのやりがいとなり、それが自発的な行動につながる、というわけです」
システムの表層を盗むことは可能でも、それを一人一人のスタッフにまで落とし込み、店舗で実際に行動させるノウハウは、他店には決してないものだ。
「ウチではスタッフが、とても楽しそうに名刺を配ります。どうやって配れば、お客さんが喜んで受け取ってくれるか。例えば名刺をデコレーションして、オンリーワンのものにすれば、お客さんに喜んでもらえる。それはすなわち、CIS(Custmer Impressive Satisfaction=顧客感動満足度)です。そして名刺が返ってきたら、それはみんなの成果となり、EIS(Employee Impressive Satisfaction=従業員感動満足度)になります。つまり、名刺にCIS=EISを組み込んだことが最大のポイント。この名刺は、僕らの企業文化を落とし込んだものなのです」
アルバイト一人一人にまで経営理念を浸透させることは、並大抵のことではない。だがその積み重ねにこそ、塚田農場そしてエー・ピーカンパニーの強さがある。
「週に数回のシフトで働くアルバイトにまで理念を浸透させるために、大事なことは二つあります。まず一つが、企業として非効率の必要性を認識すること。そして二つ目が、理念に共感してもらうことです。
そもそも、弊社の米山(久・代表取締役社長)が考えるミッションを浸透させることが、副社長としての僕の役目です。そのためには常に発信し続ける必要があります。その点で、僕がいち店長として十数名のアルバイトに会社の理念を直接伝えることは、効率がいいとは言えないかもしれません。でも直接の対話でしか、伝えられないこともある。その結果CISが向上したり離職が減ったりするなら、長期的な視点で考えて効率的ともいえる。そこを認識できるか、でしょう。
そして、ぶれない理念であること。米山は、塚田農場が1店舗しかなかった時に、宮崎に自社の養鶏場を作りました。それにより行政や生産地に『覚悟』が伝わり、生産者との深いつながりができた。つまり大事なのは『目的を持って行動し続ける』ということ。それによって『食のあるべき姿を追求する』という米山の理念に多くの結果が肉づけされ、ぶ厚いものになる。そしてこれが一つ一つの言葉となって、アウトプットされていくのです。
最近、生販直結は一つの流行になっています。でも、うちのアウトプットは他よりも確実に質が高いと自負しています。これは、決して盗めません。先ほど申し上げた名刺のシステムも同じ。表層は盗めても、僕らの組織力はパクれない。このノウハウの蓄積が、エー・ピーカンパニーの何より大きな強みだと考えています」
最終回の第4回では、引き続き塚田農場のEIS戦略について語ってもらうとともに、エー・ピーカンパニーの今後の展開についても話を聞いていく。
1983年千葉県出身。大学卒業後、大手不動産会社に入社するも約1年で退職。大学時代にアルバイトした飲食店の仕事の面白さが忘れられず、2007年エー・ピーカンパニーに入社。わずか3カ月で葛西店の店長に昇格し、地元一の人気店に成長させる。
2008年、錦糸町店の店長に抜擢。ユニークなリピート戦略を打ち出して年間2億円の売り上げを記録。錦糸町店はのちに伝説の繁盛店と呼ばれるように。
2011年「塚田農場」事業部長、2011年取締役営業本部長就任。
2012年常務取締役営業本部長、2014年に30歳で取締役副社長就任。
2016年3月、経営論をまとめた初の著書『バイトを大事にする飲食店は必ず繁盛する』(幻冬舎新書刊)を出版した。
※ 会社、役職、年齢など、記事内容は全て取材時のものです