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人との関わり。それが、僕らのコアコンテンツ
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人との関わり。それが、僕らのコアコンテンツ
宮崎県の地鶏など、さまざまな地元食材を楽しめる「塚田農場」が人気だ。現在、直営店とフランチャイズを合わせ、全国で約200店舗を展開。その飛躍的な成長の背景にあるものが、生販直結の仕入れ体制と徹底したサービス体制だ。創業者であり代表取締役の米山久さんが生み出した「食のあるべき姿を追求する」という理念を軸に、さまざまなマーケティング戦略を立案・実行している副社長の大久保伸隆さんに、EIS(従業員感動満足度)向上戦略をベースにした「エー・ピーカンパニー流ファン作り」の極意をうかがう。
文=前田成彦(Office221) 写真=三輪憲亮
東京のウォーターフロントエリア・天王洲アイルに、昨年12月オープンした塚田農場天王洲アイル店。仕事終わりのサラリーマンでにぎわう店内は活気にあふれ、学生のアルバイトスタッフ達がにこやかな笑顔でお客さんをもてなす。そんな同店を切り盛りする「店長」が、32歳の若さにして塚田農場の運営母体、エー・ピーカンパニーの副社長を務める大久保伸隆さんだ。多忙を極める副社長はなぜ、店長を兼務し続けているのか。今月のインタビューは、そんな疑問をぶつけるところから始めたい。
「まず一つが、僕らのマーケティング戦略と現場の店舗運営を乖離させないためです。塚田農場というブランドが、お客様にどう響いているのか。僕らの戦略と実際のマーケットの動きとの整合性、そして、スタッフとして働く今の若い人達が考えていること、などを、僕自身が現場にいることで、確かめることができます。
もう一つの理由が、人材育成です。実はこの店で働いているアルバイトのスタッフは、全員が今月、エー・ピーカンパニーに入社した新卒者です。彼らはこの店舗の立ち上げから入社するまでの3カ月間、ここで僕と一緒に働きました。つまり入社前に、実際の店舗運営をみっちりと学ぶことができたわけです。
僕は副社長であり、エー・ピーカンパニーにおける人材育成の責任者でもあります。新卒社員に座学で店舗運営を教えるよりも、僕自身が現場で彼らに細かいことまでを徹底的に教え、鍛える。一見、非効率的に見えるかもしれませんが、人材育成というポイントから長期的に考えると、実はその方が、効率性がいいのです」
塚田農場の飛躍的成長の理由。そのまず一つ目が、生販直結の仕入れ体制だ。宮崎県の「みやざき地頭鶏」、北海道の「新得地鶏」、鹿児島県の「黒さつま鶏」など、各地に自社養鶏場を設立。周辺の農家と直接提携し、餌や飼育環境に徹底的にこだわった安心・安全な地鶏を育てている。そのおいしさに惹かれるファンは多い。
「中間の流通を排し、それぞれの地域で農家が育てた地鶏を直接購入することで、客単価4000円でおいしい地鶏を提供することが可能になりました。お客様には高品質な地鶏をリーズナブルに提供できますし、生産者に対しては地鶏の全量買い取りを行うことで、収入の安定、ひいては生活の安定につながっています。それにより後継者問題の解決になるなどの効果も表れています」
この生販直結システムを構築したのが、創業者であり代表取締役の米山久社長。米山社長が生み出したこのシステムと「食のあるべき姿を追求する」という理念を軸に、人材育成を始めとする実際の戦略を立てるのが、副社長である大久保さんの役割だ。
もう一つの人気の理由が、スタッフの徹底したサービス体制だ。大久保さんは責任者として、この部分をつかさどる。そんな大久保さんが今「人の生かし方、という観点から異常に気になっています」と語るマーケティング事例が二つある。
「TSUTAYA、そしてハウステンボスの『変なホテル』。この二つが気になって仕方ありません(笑)。 まずTSUTAYAはスターバックス併設店をTSUTAYA TOKYO ROPPONGI店で始め、代官山蔦屋書店、そして二子玉川に蔦屋家電を作りました。運営会社CCCはこのわずか数店舗を出しただけで、ブランドイメージを一気に押し上げることに成功しました。
そもそも、本と家電はどちらも斜陽。でも、それが今のトレンドを色濃く表すイメージを持たれるようになっている。例えば蔦屋家電のカメラ売り場にはただカメラがあるだけでなく、旅行の本や写真の本が置かれている。そして、そこにプロのコンシェルジュがいる。要は、モデルさんが洋服をお勧めするようなものですよね。プロレベルのコンシェルジュという、人材の力を大いに生かしている。
その一方で、変なホテル。これもまたすごいと思います。ロボットを使うことで人件費を3分の1に抑え、フロアで人と会うことがほとんどない。不平不満をいっさい言わず、24時間働くロボット。非常に魅力的です(笑)。人を雇うというのは大きな博打ですから、ウチとはまさに真逆の業態だと思います。人を雇うことの意味を真剣に考えさせられますし、ロボットに勝たなくてはいけない、という現実を知らされる、非常にありがたい素材だと思います。個人的にロボットの進化に不安はなく、非常に楽しみ。今後、ロボットは社会の中でどういう役割を果たしていくのか。もはや人間とロボットの境目がなくなるのか、そこを含めてすごく興味深い。
ただし僕が手がけたいのは、あくまで、人との関わりからのビジネス。人の深い部分や、人の可能性を極限まで生かす。そんな仕事をしていきたい。そもそもウチのビジネスは、生産者や従業員など、人との深い関わりから生まれてきたものですから。つまり人との関わりは、僕らのコアコンテンツだということです。
ロボットは文句こそ言わないけれど、つまらない。言うことをすべて聞くからイラつくことはありません。でも、面白くない。人間にはたまに反抗されるので、腹が立つこともある(笑)。でもそれを受け、なぜ上手くいかないから考える。そしてその結果、自分が成長できる。だから僕は人と関わっていきたいし、人間の可能性を突き詰めていきたい」
その思いの背景にあるものが、大久保さんのこれまでの経歴だ。大学時代に居酒屋でアルバイトを始め、500本がランダムに並ぶ、ニックネームの書かれたボトルの並びをすべて覚えるなど、夢中で働いた。不動産会社勤務を経てエー・ピーカンパニー入社後、葛西店を地元ナンバーワンの人気店に育て上げ、錦糸町店では圧倒的な売り上げを記録。のちに他店で"スーパー店長"となる人材を何人も育てた。その経験から、わかったことがある。
「『おいしいこと』と『店がきれいであること』を大前提とすれば、お客様のリピートの決め手は、ホール側になります。ホールは顧客との接点がある場所。ここをいかに大事にするかが、最大のポイントです。
そのために大事なのは、アルバイトスタッフのパフォーマンスをいかに向上させるか、です。つまりCIS(Custmer Impressive Satisfaction=顧客感動満足度)が向上すれば売り上げも増え、アルバイトがやりがいを感じるので、EIS(Employee Impressive Satisfaction=従業員感動満足度)も上がる。そう考えたわけです。
顧客にだけ満足してもらっても従業員がおざなりになるし、従業員だけ満足させても単なる自己満足に過ぎません。大事なのはその二つのバランスを取ること。つまりCIS=EISなのです」
従業員と顧客を同時に100%満足させる方法はないのか。大久保さんの頭の中には、常にその考えがあった。一見、相反する要素とも思えるEISとCIS。この二つを同時に実現するため、大久保さんはどのような手を打ったのか。
次回より塚田農場が掲げるリピーター戦略について、話を掘り下げていく。
1983年千葉県出身。大学卒業後、大手不動産会社に入社するも約1年で退職。大学時代にアルバイトした飲食店の仕事の面白さが忘れられず、2007年エー・ピーカンパニーに入社。わずか3カ月で葛西店の店長に昇格し、地元一の人気店に成長させる。
2008年、錦糸町店の店長に抜擢。ユニークなリピート戦略を打ち出して年間2億円の売り上げを記録。錦糸町店はのちに伝説の繁盛店と呼ばれるように。
2011年「塚田農場」事業部長、2011年取締役営業本部長就任。
2012年常務取締役営業本部長、2014年に30歳で取締役副社長就任。
2016年3月、経営論をまとめた初の著書『バイトを大事にする飲食店は必ず繁盛する』(幻冬舎新書刊)を出版した。
※ 会社、役職、年齢など、記事内容は全て取材時のものです