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アイドルは”下から攻めていく”存在
「アイドルとは、マーケティングである」。鶴見さんがそう断言するのは、どのような理由からなのか。それを紐解くに当たり、鶴見さんにここ10年余りのアイドルビジネスの潮流を語っていただいた。
「モー娘。の全盛期は1999~2003年ぐらいですね。その後しばらくは"冬の時代"。モー娘。と似たようなグループが出て来ては消え『アイドルカルチャーは死んだ』と言われていました。そんな中、AKB48は2005年にデビューし、認知されるようになったのは2008年ごろ。本格的にブレイクしたのが2010~2011年ごろです。
このころ、今に続くアイドルカルチャーが定着。多くの芸能事務所がアイドルを世に出し、グループは爆発的に増加していきます。ももいろクローバーがデビューしたのが2008年。そして2010年には『アイドル戦国時代』という言葉が生まれました。
ご存じの通り、今もアイドルカルチャーの中心にいるのがAKB48。彼女達は『会いに行けるアイドル』というスタンスを確立し、かつては神格化されていたタレントという存在を、身近なものに変えていきました。つまり彼女達が行ったのは、アイドルという価値の転換。そのビジネスモデルの核は劇場、そして握手会です。劇場や握手会に足を運べば彼女達の姿を毎日のように見れますし、触れ合うことだってできます。そして彼女達は、選抜総選挙などの独特の競争論理に基づき、ファンを加熱させていった。
彼女達のファンマーケティングの成功により『アイドルはテレビ局にコネがないと売れない』という時代は、はっきりと終わりました。そしてAKB48はバラエティなどテレビ番組で活躍していますが、今や多くのアイドルはSNSや動画コンテンツを上手く利用して、独自の活動を行っています。
つまりアイドルビジネスは、メディアの進化と完全にシンクロしている。ももクロはその典型でしょう。彼女達は1万人クラスの集客ができるようになるまで、テレビ番組への出演はほとんどありません。つまりテレビに出演し、パッケージでCDを売ることだけをビジネスにしていた時代は完全に終わりました。
今、ももクロを始めとする多くのアイドルが展開しているのはライブビジネス。一番の収益源はライブとグッズです。インターネットを中心としてメディアを上手く使い、ライブを最大の価値にしていくわけです。その草の根的な足腰の強さが、今のアイドルの大きな特徴だと思いますし、この傾向は当面続くでしょう」
「アイドル戦国時代」の到来によって、広告業界にも変化が訪れる。AKB48の活躍によって、2010年ごろから「アイドル」と「モノが売れる」ことが、リンクするようになっていく。
「アイドルをプロモーションで使うと、モノが売れる。その現象に多くの人が気づき始め、彼女達をプロモーションに起用するサイクルが生まれていきました。つまりこのころから、アイドルはマーケティングとして優れていることがはっきりしてきた。なぜでしょうか。
そもそもアイドルとは、必ずしもかわいい子ばかりでも、歌やダンスが上手な子ばかりでもありません。もちろん乃木坂46のように、美人ぞろいのアイドルグループもいます。でも、すべてのアイドルがそうではない。各事務所も意図的に、それほど美人ではない子、踊りが上手ではない子を採っている、ともいえます。そんなアイドルの、何がすごいのか。
まず、商品をマーケティングとプロデュースの力で売る、という点で、アイドルと広告ビジネスは非常によく似ています。世の中で一見、それほど価値がないと思われているものでも、マーケティングとプロデュースの力次第で、いくらでも売れるようになる。実際に価値がないわけではなく、ある所ではある。そんな存在をいかにして売るか。その切り取り方、プロデュースの仕方は、広告ビジネスと非常に近い。
例えばももクロは、所属事務所スターダストでは『スター』と『ダスト』の『ダスト組』と自分たちでも言っていました。でも『全力で頑張る』という1点にひたすらスポットを当て続け、それを価値にしてブレイクしました。そして妹分の私立恵比寿中学。彼女達がデビューした時のキャッチフレーズは『キレのないダンスと不安定な歌唱力』。つまり、ダメな部分でも売りにすることができるわけです。スペックが低くても勝負できるし、トップに立てる可能性すらある」
特にベンチャー企業はアイドルから学ぶことがとても多い、と鶴見さんは語る。
「そもそもアイドルは”下から攻めていく”存在。つまり、何か既存のシステムを壊さないと、勝つことはできません。そういうものです。実は、何かを壊さないといけないのは、博報堂もまったく同じです。電通の半分の人員と売り上げで勝負しなくてはならない僕らがしているのも『何かを壊さないと勝てない勝負』そのものですから(笑)。
ちなみに、アイドルグループがうまくいかなくなる時の一つのパターンが、決定権者が現場から遠くなってしまうこと。この現象が起こると、どんなアイドルも不思議とうまくいかなくなってしまうことが多い。裁量権が現場から一つでも上に行ってしまうと、もうアウト。ベンチャー企業もこういう失敗をするケースが非常に多いです。
これは、昨今のアイドルビジネスの変化と大きな関係があると思います。先ほど申し上げたように、今はライブアイドルの時代。そして、アイドルマーケットは半年ですべてが変わる世界です。つまり、現場に来ない人が何かを決めていると、すぐにダメになってしまう。大手事務所が、テレビなどマスメディアを利用したアイドルのパッケージビジネスには成功していても、ライブアイドルビジネスでの成功例が多いわけではないことからも、これは確かです。
顧客との現場のコミュニケーションを大事にして、いかに短いスパンでPDCAを回していくか。大事なのはそれです。なぜならヲタクは、最も目が肥え、最も厳しい舌を持つ人達だから。少しでも感覚のずれを作ると、彼らはすぐに、そこからいなくなる。
例えばAKB48の握手会には『支配人部屋』があります。ここは結構な人気があり、握手会に来たファンの人達が、運営側の人に直接、言いたいことを言える。つまりカスタマーセンターと上層部が直結しているわけで、これは本当にすごいことだと思います」
アイドル=マーケティング。その真意を理解いただけただろうか。
第3回では、鶴見さんのキャリアと最近のアイドルビジネスのトレンドについて、語っていただく。
※ 会社、役職、年齢など、記事内容は全て取材時のものです